第四話 痛み
エミリーに名前を呼ばれたギルバードは、途端にビクッと肩を震わせてエミリーの方を見た。さっきまで泣いていたのか、目が赤く腫れているエミリーの顔を。
エミリーはそのときになってギルバートが傷だらけであることに気づいた。
エミリーはギルバートに近づき、なるべく優しく声をかける。
「ギル、傷だらけじゃない。治療してあげるからこっちに来て」
ギルバートの手をとり、エミリーは体育館ではなく、空き教室へと連れていった。今のギルバートの精神面からして、人の多いところは無理だと思ったのだ。
それに、二人きりの方が話を聞きやすいし、話しやすいだろうから。
エミリーは例の風船のようなものを出して、ギルバートの傷口に当てる。
「“リカバリー”」
風船を出せる数には制限があるので、足りない分は自身の手をかざしてそう能力の名を口にし、温かな光で傷を治癒する。
その作業をしながら、エミリーは少し躊躇いながら話し出した。
「あのね、ギル。私のお母さんとね、ギルのとこのおばさんとおじさん、亡くなったの」
本当は、今のギルバートに伝えるべきではないのではとも思った。もう少し落ち着いてからでも、と。
だけど、早いうちに伝えなければとも思ったから、伝えた。できるだけ辛気くさくならないように、優しい口調で。
ギルバートは、亡くなった、という言葉に肩をぴくりと揺らした。
「……そうか」
ただそれだけ、ギルバートは答えた。
エミリーはそんなギルバートの様子を、心配そうに見ている。こんな憔悴しきっている彼を見るのは初めてだったから。
だけど、エミリーはそれ以上何も話さなかった。ギルバートが心の整理をして話してくれるのを待っているから。
「エミィ」
やがて、ギルバートにそう呼ばれて驚いてエミリーはギルバートを見た。
小さい頃はずっとそうやって呼んでいてくれたが、いつからかそう呼ばれなくなった。
この愛称で呼ばれるのは、感情的になっているときか何かあったとき。今回の場合は後者だ。
エミリーはギルバートの顔を見こそしたが、追求はしなかった。下手に聞き出そうとすれば、話さなくなりそうだったから。
だから、エミリーはギルバートの次の言葉を待った。
ギルバートは少しうつむいていたが、なんとなく表情はうかがえた。躊躇いや葛藤などが入り雑じった表情。
しばらく待つと、やっとギルバートは言葉を口にした。
「フィルが、死んだ」
最初、エミリーはその言葉に驚いて、何も言葉が出てこなかった。
だけど、やっと言葉が飲み込めて、消えるような小さな声で
「うそ……」
と、呟く。
だから、あんなに怒っていたの?
こんなに憔悴しきっているの?
すべては、フィリップが死んだから。
エミリーは涙が込み上げてきそうになるのを必死でこらえた。今泣いたら、もっとギルバートを苦しめてしまう。
だから、エミリーはギルバートに背を向けて、ドアに手をかけた。
「ギルはここで待ってて」
そう言って、エミリーは空き教室を出ていった。
まだ涙は流さない。
向かう先は、遺体安置所だ。
一人残されたギルバートは、自分の中を渦巻くありとあらゆる感情を消化している最中だった。
エミリーの顔を見たとき、エミリーの方でも何かあったのだと察し、ギルバートはおとなしくエミリーについていった。
エミリーが自身の母やギルバートの両親が亡くなったと告げたときはもちろんショックではあったのだが、実感があまり湧かなかったのとフィリップの死で頭がいっぱいだったからそこまで精神的に堪えることはなかった。
エミリーはそれこそ一人で三人の死を見たのだからかなりのショックだっただろうに、そんなことは微塵も見せずにギルバートのことを心配して優しく接していた。
そんな彼女に、ギルバートはどれだけ救われただろうか。
救われたと同時に、申し訳なくも思った。エミリーだって傷ついているのに、と。
「……くそっ」
フィリップの死に顔とエミリーのショックを受けた顔が、頭から離れない。