第四十四話 カルロス
ルーインのアジトに戻ってきたフィリップは鬼婦人と別れ、そのフロアの中でも仰々しい扉の前に立った。静かにノックしたのち、ギィッという古びた音を立てて扉を開く。
開いた先は薄暗く、広い部屋。大きなテーブルと椅子が十脚。だが、それらが使われているとことをフィリップは見たことがない。
「戻りました」
フィリップは部屋に入り、扉が閉まるほどの場所で立ち止まった。そして、奥に立っている人影に声をかける。
「あぁ、ご苦労。それで、調子はどうだ?」
人影はフィリップの方を振り返らない。それはいつものことなので、フィリップは気にも留めず、話を続ける。
「変わりないですね。未だに進展はありません」
「そうか。まぁ、よい。慎重にやらなければならない事案だからな。焦る必要はない」
焦る必要はない。いつもそう言われているけれど、いつまでそう言ってくれるのか。フィリップは内心、気が気ではない。
もしも、心変わりをされたら。用済みとなって消されることは容易に考えられる。そうならないために、うまく立ち回らなければ。
「鬼婦人とはうまくやれているか?」
「そう、ですね……」
不意に、いつもはされない質問を投げかけられた。そのことに若干驚きつつ、平静を保ってフィリップは歯切れ悪くも答える。
正直に言って、答えにくい質問だ。ある部分ではうまくやれていると思うし、ある部分ではうまくやれていないとも思う。鬼婦人は単純なようで思慮深い人間だ。
「フィリップ」
フィリップの答えに特に興味はないのか、何も触れられなかった。
ならばなぜ聞いたのだと突っ込みたくなるが。下手に口を挟めば首を飛ばされるかもしれないので、フィリップはただ真っ直ぐ人影の方に視線を送るのみにとどめた。
「私は幹部の中でも下っ端だ。だが、なんとしてもルーインでのし上がりたい。そのためには、力が必要だ。だからこそ、お前を蘇らせた」
何度も何度も聞いた言葉。あぁ、また始まったかと、フィリップは一応は真面目そうな顔を作る。
この話が始まったということは、もうすぐ話は終わるということ。少し辛抱していれば、この薄暗い部屋から出て、妙な緊張感からも解放されるだろう。
人影は、フィリップが聞いているか聞いていないかなど気にもせずに、言葉を続けていく。
「すべてはお前にかかっていると言ってもいい。だから、お前はお前が成すべきことを完璧にこなせ。どれだけ時間がかかろうとも。そして」
人影はそこで言葉を区切って、ほんの少しだけフィリップの方に顔を向けた。
覗く鋭い視線に、フィリップはほんの少し厳しい顔つきになる。
「このカルロスを、ルーインの頂点に君臨させろ」
無論、そうなった暁には、フィリップの願いをなんでも叶えてやる。
その言葉をどこまで信じていいのかわからない。
ただ言えることは、フィリップにとってはただルーインに従うのではなく、このカルロスという男に従った方がメリットがあるということ。それは願いを叶えてくれるかどうかで判断しているわけではないということ。
フィリップは「お任せください」とだけ答えて、カルロスのいる部屋を後にした。




