第四十二話 エミリーVS鬼婦人
鬼婦人の言葉の真意。
それを聞きたければ、力づくで聞けばいいと言う鬼婦人に、エミリーは戦闘態勢に入った。
大丈夫。落ち着いている。
でも、だからといって勝てるほど甘い相手でないこともエミリーは理解している。だからこそ、エミリーは鋭い視線を向けて、鬼婦人の動きを一つも漏らさないように見つめていた。
「行くぞ、娘」
鬼婦人はそう合図をすると、目にもとまらぬ速さでエミリーのそばまで迫った。
エミリーはそれに怯むことなく、能力を発動する。避けられはしない。ならば、発動するべきは無効化。
鬼婦人が勢いよく振り上げた右足は、エミリーに見事に攻撃を入れたものの、その威力は全くエミリーには届かず、軽々と腕で防御された。やはり、脚力増強が鬼婦人の能力の一つと見ていいだろう。
エミリーはそのまま鬼婦人の足を振り払うように腕を動かし、そのまま胴体を回転させて今度はエミリーの方が蹴りを入れた。だが、エミリーの蹴りは空を切るだけ。鬼婦人は寸前で距離をとって避けていた。
エミリーは無理に距離を詰めようとはせず、遠距離攻撃を仕掛けた。近くの小石や枝などを適当に拾い、一気に鬼婦人に向かって発射する。威力はそこまでないが、距離を詰めさせないためには十分な攻撃だろう。
まだ、鬼婦人のもう一つの能力が何かがわかっていない。その状況で距離を詰めるのは自殺行為でしかない。いくらエミリーが多能力者とはいえ、それは神のような完璧な存在などではないのだから。
エミリーはさらに雷でできた針のようなものを降らして鬼婦人をかく乱していく。
近づけさせないことには成功している。ただ、いつまでもこの状況のままでもいられない。いくら接近戦が自殺行為とは言え、このままではいつまでも決着がつかないまま。無駄に体力を消耗し、エミリーの手の内を明かしてしまうだけだ。
(大丈夫。躱すだけなら……)
覚悟を決め、エミリーは鬼婦人へと駆け出した。
そんなエミリーを、楽しそうな笑みを浮かべて鬼婦人は迎え撃つ。
「いいのぉ。接近戦は好きぞ。思う存分いたぶれるから、のぉ!」
ぎらついた瞳。それがエミリーを射程距離に捕らえた瞬間、振り払うように蹴り上げた。勢いをつけた脚は、エミリーには当たらなかったが、地面を揺らし、エミリーの体勢を崩すには十分だった。
だが、そこで油断するような鬼婦人ではない。この程度でエミリーが怯むはずもないと、接近戦ではありつつも若干の距離をとってエミリーの次の行動に注目する。
エミリーはぼそぼそと何かを唱えた。鬼婦人にその言葉が鮮明に聞こえることはない。
聞こえたところで、何を言っているかはわからないだろう。呪文のような、他の人が聞いても意味の分からない言葉の羅列なのだから。
「っ……!?」
エミリーが何かを唱え終わった瞬間、鬼婦人の視界がぐにゃりと歪んだ。同時に、石にでもなってしまったかのように体が動かなくなる。まるで金縛りだ。
かろうじて口は動かすことができたため、鬼婦人はエミリーと言葉を交わす。
「この力があれば、向かうところ敵なしじゃったろう?」
「……そんなことは」
「あぁ、そうじゃの。わしらルーインがいたのぉ」
嫌らしく笑う鬼婦人に、エミリーは鋭い視線を向けた。
「じゃが、それも娘が護るために力を使っている故。壊す方に力を使えば、そう思うこともなかったじゃろう。どうじゃ?今からでも、そういう道を選ばんか?その方がきっと、娘にとって楽な道となるぞ」
「……断るわ。そんな道を選んでも、私が楽になることは絶対にない。私はギルとともに、正しい道を歩む」
「いいや、楽な道になるさ。今はわからずとも、いずれはわかる時が来るじゃろう」
「え……?」
あまりにもはっきりと断言する鬼婦人に、エミリーは困惑した。
いったい、なぜそんなことが言えるのか。なぜ、エミリーのためともとれるような言葉を吐くのか。
いや、今はそんなことはどうでもいい。早くこの戦いを終わらせて、ギルバートのもとへと行かなければならない。
エミリーは余計なことは考えず、もう動けないはずの鬼婦人に一気に距離を詰めた。
だが、鬼婦人に向けた拳は当たることはなく、回転するように体を捩った鬼婦人に躱される。
想定外のことに、エミリーは目を瞠った。なぜ、動けるのだろうか。考える暇などなかった。
眼前に、鬼婦人の足が目に入る。
やばい。エミリーがそう思った時、一気にその足は何かに引っ張られるように離れていった。
遠く、遠く。ギリギリ視界に入るか入らないかのところまで鬼婦人の姿が遠ざかる。
そのそばには、もう一人誰かがいるように見えた。
「フィル……!」
エミリーはほとんど人影としか認識できない人物の名を、ある程度の確信をもって叫んだ。
鬼婦人に攻撃される前に引き剝がしてくれた、手助けとも取れる行動をした、かつての幼馴染の名前を。




