第四十話 今ここで倒さねば
今はギルバートを殺さない。
そう宣言したフィリップはその言葉通り、何か手を出してくることはなく、ただただ会話を続けていた。だが、あれ以上何か核心に迫るような発言はなく、ギルバートとしてはさっさと話を切り上げてエミリーのもとに戻りたかった。
いつもいつもギルバートだけが攫われて、一人残されるエミリー。
きっと、不安や恐怖でいっぱいだろうに、それを前面には見せない。それがエミリー。
だからこそ、ギルバートは時々不安になる。そのうち、エミリーの中で何かが崩れてしまうのではないかと。
そう。いつかのギルバートのように。
「エミィが心配?」
そんなギルバートの考えを見透かすかのように、フィリップが声をかけてくる。
心配かどうかなんてわかりきっているくせに。ギルバートは小さく舌打ちをする。
「心配しなくてもエミィは強いし。何より、こんなところにいるギルよりはずっと安全な場所にいる。心配いらないさ」
「そういうことじゃ」
「わかってるよ」
そういうことじゃない。そう言い切るよりも前にフィリップが口を挟むので、ギルバートは怪訝そうな顔をした。
わかっているって、いったい何を。そう問わなくても、フィリップは答えてくれた。
「心配なのは、精神的な面だろう?でも、それも大丈夫だよ。君が無事にエミィのもとに戻れば、何の問題もない。そうだろ?」
エミリーの精神面を心配しているのは確かに合っている。そして、ギルバートが無事に戻れば、今は消耗してもすぐに安定することも。
だが、そういう問題でもない。こうしている間、エミリーが心をすり減らしている事実は何も変わらない。先のことよりも今の方が心配なのだ。
「そんなに睨まないでよ。あー、もう、わかった。もう帰してあげるよ。ちょうどエミィも近くまで来たようだしね」
フィリップがわざとらしく肩をすくめて言ったことに、ギルバートは目を瞠った。そして、この場所がどういう場所にあるかはわからないが、四方を囲む壁の外に意識を向ける。
遠く、遠く。かすかに聞こえる声。それがエミリーのものであるということを理解するまで、時間はかからなかった。
ギルバートを心配している声が聞こえる。早く戻って、お互いに安心しなければ。
そう思うけれど、そうしたらまた、フィリップを逃がしてしまう。どこで何をしているのかわからないけれど、野放しにしてしまう。
次がいつになるかなんてわからない。そんなものはフィリップの気分次第というところだろう。ならば、なんとしてもここで、何かしらの爪痕は残しておきたい。
ギルバートは素早く拘束を解いて、フィリップに迫った。拘束がただのロープでよかった。ギルバートの能力で簡単に焼き切れる。
フィリップの眼前に翳した右手はオレンジ色に光って、一気に炎を纏った。
フィリップの瞳はオレンジに染まったけれど、一瞬にしてその炎は凍って勢いを失った。一瞬は驚いた顔をしたくせに、今は冷たい目をしてギルバートの右手首をつかんで凍て尽くしている。
ギルバートは舌打ちをしつつ、足に風を纏い、一気に蹴り上げた。それを氷で衝撃を弱め、ギルバートから距離をとることでフィリップは躱す。
「危ないなぁ、ギル。でも、残念だったね。君の能力は僕には相性が悪い。やるならもっとうまくやらないと」
パキパキと音を立てて、フィルの手に氷の剣が出来上がっていく。
「今すぐエミィのところに戻るなら見逃してあげる」
「誰が……!」
今ここでフィリップを倒してしまえば、残る問題はルーインだけになる。早めに倒せるのであれば倒した方が得策だろう。
それに、今ここで倒してしまえば、エミリーに背負わせる必要もない。きっとエミリーは、ギルバートには背負わせまいとするはずだから。
そう考えて、ギルバートは再度攻撃を仕掛けようとした。
だが。
ふと、エミリーの声が聞こえなくなったことに気づいた。ついさっきまで、ギルバートを呼ぶ声がかすかに聞こえていたはずなのに。
その違和感に気づいた瞬間、地響きのような轟音が響き渡った。
ギルバートが驚き、エミリーの身を案じたとき、フィリップもまた苦い顔をしていた。
「……鬼婦人め」




