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世界は哀に溢れている  作者: 衣月美優
第三部 ルーインとの衝突
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第四十話 今ここで倒さねば


 今はギルバートを殺さない。

 そう宣言したフィリップはその言葉通り、何か手を出してくることはなく、ただただ会話を続けていた。だが、あれ以上何か核心に迫るような発言はなく、ギルバートとしてはさっさと話を切り上げてエミリーのもとに戻りたかった。


 いつもいつもギルバートだけが攫われて、一人残されるエミリー。

 きっと、不安や恐怖でいっぱいだろうに、それを前面には見せない。それがエミリー。


 だからこそ、ギルバートは時々不安になる。そのうち、エミリーの中で何かが崩れてしまうのではないかと。

 そう。いつかのギルバートのように。


「エミィが心配?」


 そんなギルバートの考えを見透かすかのように、フィリップが声をかけてくる。

 心配かどうかなんてわかりきっているくせに。ギルバートは小さく舌打ちをする。


「心配しなくてもエミィは強いし。何より、こんなところにいるギルよりはずっと安全な場所にいる。心配いらないさ」

「そういうことじゃ」

「わかってるよ」


 そういうことじゃない。そう言い切るよりも前にフィリップが口を挟むので、ギルバートは怪訝そうな顔をした。

 わかっているって、いったい何を。そう問わなくても、フィリップは答えてくれた。


「心配なのは、精神的な面だろう?でも、それも大丈夫だよ。君が無事にエミィのもとに戻れば、何の問題もない。そうだろ?」


 エミリーの精神面を心配しているのは確かに合っている。そして、ギルバートが無事に戻れば、今は消耗してもすぐに安定することも。

 だが、そういう問題でもない。こうしている間、エミリーが心をすり減らしている事実は何も変わらない。先のことよりも今の方が心配なのだ。


「そんなに睨まないでよ。あー、もう、わかった。もう帰してあげるよ。ちょうどエミィも近くまで来たようだしね」


 フィリップがわざとらしく肩をすくめて言ったことに、ギルバートは目を瞠った。そして、この場所がどういう場所にあるかはわからないが、四方を囲む壁の外に意識を向ける。

 遠く、遠く。かすかに聞こえる声。それがエミリーのものであるということを理解するまで、時間はかからなかった。


 ギルバートを心配している声が聞こえる。早く戻って、お互いに安心しなければ。

 そう思うけれど、そうしたらまた、フィリップを逃がしてしまう。どこで何をしているのかわからないけれど、野放しにしてしまう。

 次がいつになるかなんてわからない。そんなものはフィリップの気分次第というところだろう。ならば、なんとしてもここで、何かしらの爪痕は残しておきたい。


 ギルバートは素早く拘束を解いて、フィリップに迫った。拘束がただのロープでよかった。ギルバートの能力で簡単に焼き切れる。

 フィリップの眼前に翳した右手はオレンジ色に光って、一気に炎を纏った。


 フィリップの瞳はオレンジに染まったけれど、一瞬にしてその炎は凍って勢いを失った。一瞬は驚いた顔をしたくせに、今は冷たい目をしてギルバートの右手首をつかんで凍て尽くしている。

 ギルバートは舌打ちをしつつ、足に風を纏い、一気に蹴り上げた。それを氷で衝撃を弱め、ギルバートから距離をとることでフィリップは躱す。


「危ないなぁ、ギル。でも、残念だったね。君の能力は僕には相性が悪い。やるならもっとうまくやらないと」


 パキパキと音を立てて、フィルの手に氷の剣が出来上がっていく。


「今すぐエミィのところに戻るなら見逃してあげる」

「誰が……!」


 今ここでフィリップを倒してしまえば、残る問題はルーインだけになる。早めに倒せるのであれば倒した方が得策だろう。

 それに、今ここで倒してしまえば、エミリーに背負わせる必要もない。きっとエミリーは、ギルバートには背負わせまいとするはずだから。

 そう考えて、ギルバートは再度攻撃を仕掛けようとした。


 だが。


 ふと、エミリーの声が聞こえなくなったことに気づいた。ついさっきまで、ギルバートを呼ぶ声がかすかに聞こえていたはずなのに。

 その違和感に気づいた瞬間、地響きのような轟音が響き渡った。


 ギルバートが驚き、エミリーの身を案じたとき、フィリップもまた苦い顔をしていた。


「……鬼婦人め」


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