第三十九話 今は
──────俺はお前をフィルだとは認めねぇ
ギルバートのその言葉に、少しばかり真剣な、冷たい目をするフィリップ。
しばらくは睨み合いの膠着状態となったが、フィリップのため息とともにそれは破られた。そのころにはもう、フィリップの表情も元に戻っていた。
「……まぁ、別にいいよ。認めてもらうとかもらわないとか、そんなことは別に重要なことじゃないしね」
その言葉は本心なのだろう。特に何の感情も込められずに発せられる。
「ただね、ギル。僕が誰であろうと、君を狙っていることには変わりない。君は邪魔なんだよ」
「俺にとってはお前が邪魔だけどな」
「……そうだろうね。まぁ、僕には関係ないけど。でも、そうだなぁ。僕と君とじゃ、相手を邪魔だと思う度合いが違うと思うな」
「そりゃそうだろ」
「そうなんだけど、そういうことじゃなくて。うーん……まぁ、これくらいは教えてもいいかな」
どういう会話になっているかはわからないが、どうもこの会話は何か重要なことが隠されているらしい。その重要なことを聞き逃さないように、変に刺激をしないようにギルバートは会話を進めていく。
「一つだけ、教えてあげるよ」
フィリップはそう前置きをして、ギルバートを見つめた。
「僕は君に宣戦布告したけど、今すぐに君を殺すつもりは全くないよ。そうしたら、僕にとっては面倒なことが起きるからね」
フィリップの言葉に、ギルバートは少し目を瞠った。
今すぐにギルバートを殺すつもりはない。それは、容易に予想できたことだ。もしも今すぐに殺すつもりなのであれば、毎回何もせずにギルバートを返すわけがない。
今日までギルバートが生きている。そのことが、フィリップの言葉に信頼性を持たせる。
それよりも、ギルバートを今殺すことで起きる、フィリップにとって面倒なことの方が気になる。
そもそも、フィリップにとって不都合なこととは何だろうか。フィリップはルーインについているようで、そうではないように見える部分もある。ギルバートへの宣戦布告がその一つだ。
どこまでがルーインからの指示で、どこからがフィリップの意思なのか。
ルーインはフィリップを使って何をしたいのか。
フィリップはルーインに身を置いて何をしたいのか。
すべてが謎に包まれている。
フィリップがルーインに身を置く理由は、洗脳や蘇らせてくれた恩があるのかもしれない。でも、それ以外の部分は何一つとして可能性すら思い浮かばない。
「……面倒なことって何だ?」
「一つだけって言っただろ、ギル。これ以上は教えないよ」
フィリップは笑ってそう言う。それに対して、ギルバートは怪訝そうな顔をすることしかできない。これ以上、詮索したところで、何も答えてくれるはずがないとわかりきっている。
「ただ言えることは」
だが、意外にもフィリップはその後も口を開いた。
面倒ごとについて、核心を突くようなことは言わないだろう。ただ、何かしらのヒントは口にしてくれるかもしれない。そんな期待を込めて、ギルバートはフィリップをまっすぐに見た。
「その面倒ごとが起こったらルーインが成しえたいことの一つを成しえなくなり、僕が用済みになって消されるだろうね」
だから、今は殺さないよ。そう言って、フィリップはギルバートの額に人差し指を突きたてた。
「賢い君は、この情報をどう読むかな」




