第三話 荒れる心
──────死ぬぞ
戦場だというのに、その言葉だけがギルバートとフィリップ、二人の空間に響いた。
まるで、この場は二人だけの空間のようだった。
「はは……そうだね」
フィリップはまだ笑ってギルバートに答える。
「っ!」
その言葉とその表情に、ギルバートの顔がさらに厳しくなり、怒っているのだと感じ取れた。
それでも、フィリップは笑みを崩さない。そして、ギルバートの忠告にも耳を貸さずに、言葉を続ける。
「しょうがないよ……むしろ、僕なんかがここまで戦えたことが凄いことなんだから」
「……喋んなっつってんだろ」
忠告を聞かないフィリップに、ギルバートの瞳はさらに鋭くなった。
「喋っても喋らなくても変わらないよ……僕は死ぬんだ」
「黙れ!」
フィリップの息がヒューと嫌な音をたてていることに、ギルバートは嫌悪感を示す。死ぬことをなんとも思っていないような態度にも。
いや、まるで他人事のように言っていることに、ギルバートは腹をたてているのだ。
ギルバートはフィリップにズカズカと近寄り、無理やりに抱き起こす。
「死ぬとか言ってんじゃねぇ!まだ生きてんだろーが!!」
ギルバードはそう叫ぶ。
だが、なおもフィリップはヘラっと笑って
「そうだね。でも、もう永くはない」
と、言う。
こんな状況だからか何なのか、二人の感情、テンションがおかしなことになっているんじゃないだろうか。
いや、こんな世界で冷静でいろと言う方が無理な話だろうか。
ギルバートはとにかく、はやく避難所である中心部に向かおうとフィリップを担いでいこうとした。
フィリップはそれに抵抗したいようだが、もうそんな力は残っていない。ただ流れに身を任せている。
「ギル、僕のことは置いていけばいい。もう治療したって助からない」
「誰が置いていくか!俺は国民のために働く戦闘員だぞ!そんな俺に、お前は見捨てろって言うのか!?」
叫び続けるギルバートに、フィリップは冷静に告げる。
「お願いだ、ギル。聞いてくれ。君だって傷を負っているんだ。僕を連れていっていたら、君だって命を落としかねない」
今のフィリップには、ギルバートを説得することしかできない。いや、この状態のギルバートを説得するなんて、無理に日としけれど。
それでも、説得を試みることしか、フィリップに出来ることはない。ギルバートにまで命を落とされては困るのだ。
「うるせぇ!こんな傷、どうってことねぇんだよ!」
「君の生存確率をあげるためだ。ギル、君は強い。この国に必要な戦力だ。そんな君を、僕が道連れにするわけにはいかない。それに、エミィはどうするんだ。僕だけじゃなくギルまでいなくなったら、彼女がどれだけ傷つき、悲しむと思ってる?」
だから、どんなに叫ばれても、ただただ説得するために言葉を紡ぐ。
どうせ死んでしまうんだ。喋れるうちに喋っておかないと。
その想いだけでフィリップは喋り続ける。
「俺は死なねぇ!だから、お前も死ぬんじゃねぇ!!」
だけど、ギルバードは諦めない。フィリップと共に生きて帰ることを。
いや、ただの願望なのかもしれない。二人で生きて帰りたい。またエミリーと三人でいつもの日々を過ごしたいという。
結局、ギルバードは二時間かけてフィリップを連れて中心部までやって来た。
フィリップがとっくの昔に冷たくなっていることを知りながらも。
エミリーは、表が騒がしいことに気づき、救護室である体育館を出た。
母やギルバートの両親を喪ったことで、仕事にほとんど手をつけられず、また、もうここに運ばれてくる人も少なくなったことで手が空いていたのだ。
外に出ると、二人の男性とギルバートが言い争っているのが見えた。
「やめろ!そっちに連れていくな!こっちで診てもらわねぇとダメだろ!?」
「無駄だよ。もう彼は──────……」
「黙れ!」
「落ち着きなさい。君だってわかっているだろう?」
「うるせぇ!」
あまり内容は聞き取れなかったが、ギルバートの様子があまりにもおかしくて、エミリーは不安になった。
「ギル……!」
エミリーは不安そうな面持ちのまま、ギルバートに声をかけた。