第三十七話 元無能力者
鬼婦人と接触してから、一カ月ほどが経った。あれからは平穏そのもの。
ただ、それはルーインの件は進展していないということを指していた。
とはいえ、気を引き締めていなければならないのは変わらない。二人は常に一定の緊張感を保っている。
いつ、どこで、どのような理由で襲ってくるかわからない。それは鬼婦人との時に学んだ。同じ轍は踏まない。
ただ厄介なのは、ワープ系統の能力だ。こればかりは瞬時に防ぐことが難しい。
実際に、前にもギルバートはワープ系統の能力の所為でフィリップのもとへと飛ばされた。少なくともフィリップのそばにワープ系統の能力を持つ人間がいることは確かだ。
エミリーの多能力だって万能ではない。エミリーが特化して伸ばした能力であればどうとでもなるかもしれないが、何でもかんでもうまく扱えるわけではない。防ぐにしても仕掛けるにしても限界がある。
そしてそれは、ギルバートの能力も同じだ。
この世にはごまんと能力がある。似たような能力はあれど、完全に一致する能力などない。それぞれがそれぞれの力を伸ばしている。何が得意で何が不得意かは人それぞれだ。
だから、相手の得意な部分と苦手な部分を分析することは重要なことだ。もっとも、自分よりも強い相手を前にそれが完璧にできるかと言えば、それは難しい話だが。近いところを当てられるだけでも十分すぎる情報だ。それが勝敗を大きく分けるカギとなることだってある。
今の二人にとって、ルーインにはどんな人物がいるのか、どんな能力者がいるのかということは非常に大事な情報源だ。鬼婦人と接触して、よりそれを実感した。
今の情報源は鬼婦人のみ。ならば、そこから想像していくしかない。
ルーインにとって仲間に率いれたい人物とは、どういうものなのか。
仲間に率いれて得をする能力とは、どういうものなのか。
ただ、それを考えるにあたって厄介になっているのがフィリップの存在だ。
フィリップはルーインにとって必要とするような能力は持っていないはず。何より、彼はもともと何の能力も持っていなかった。
フィリップが能力を手にしたのは、両親の死後の話。
フィリップの両親は事故死した。そんな二人の遺体は、しばらくそのままにされていた。二人とも臓器移植のドナーだったためだ。
フィリップを含めた家族が臓器移植は待ってほしいと掛け合ったため、しばらくはそのままにされていたわけだが、いくら能力等を施しても時間が経てば腐敗してくる。両親の遺体をどうするか、その決断に迫られていた矢先のこと。
フィリップは医者にある提案をされた。
両親の細胞移植を受けないか。
フィリップが生まれつき何の能力も持っていないことを知った医者が、能力を得るために出来得る処置として提案したのがそれだった。
細胞移植。それによって、両親のいずれかの能力を一つでも得られないかという考えだった。
研究自体は進んでいた。だけど、実際に細胞移植をしても必ずしも能力を得られるとは限らない。
フィリップはしばらく悩んでいた。
別に、能力がなくても生きていける。でも、能力があれば、仕事の幅は格段に広がる。何より、フィリップはギルバートやエミリーとともに戦闘部隊に所属することを望んでいたから。
だから、フィリップは細胞移植を受けることにした。
結果、フィリップは氷と腕力増強の能力を手に入れることができた。
最初はうまく扱えなかったけれど、特にエミリーが一緒に特訓してくれたおかげでうまく扱えるようになった。
ただ、やはり生まれつき能力を持っている人たちとは能力と付き合ってきた年数が違う。だからその分、劣ってしまう。
それに、能力自体はありふれたものだ。そんな能力者を得ても、ルーインにとっては大した戦力にはならないはず。
むしろ、ルーインに限らず誰もが得たいと思うのはエミリーのような多能力者ではないだろうか。
エミリーのような多能力者は、そう簡単には生まれてこない。貴重な存在だ。それを、ルーインが欲さないとは思えない。
だけど、エミリーのことを狙う素振りはない。エミリーが多能力者であることを把握しているかどうかすらわからない。
少なくとも、鬼婦人はエミリーの能力のことを知らない様子だった。鬼婦人がルーインの中でどれほどの地位にいるのかわからないが、鬼婦人と同程度の地位の人間ならば知らないことは確かだ。
ぐるぐると一人で思考を巡らせる。それでも、何か新しい発見にはつながらない。
エミリーは少し考えるのをやめて、部屋を出た。そして、隣の部屋にいるギルバートに声をかける。
「ギル、入るよ」
木製ドアの開く音。視界に映るのは、薄暗い部屋だけ。
ギルバートはどこに消えた?




