第三十四話 神の力
「やるのぉ。この鬼婦人さまに傷をつけるとは」
敵の言葉に、ギルバートとエミリーは目を瞠った。
鬼婦人。それは、先ほどまで調べていた鬼人の中の一人。
まさか、本当に鬼人とルーインにつながりがあったとは。二人は驚きを隠せない。
それに、この敵が鬼婦人ということは、そこそこいい年齢のはず。
しかし、この敵の見た目はエミリーたちとそう変わらない、むしろもっと若い少女のよう。話し方と見た目の合わなさは、実年齢からくるものということだろう。
「どうした?鬼婦人さまとわかって、恐れているのか?」
「……相手が誰だろうと関係ねぇよ。ルーインに関わっているなら潰すまで」
「そう来なくては……!」
鬼婦人は、心底楽しそうな表情を浮かべてギルバートに迫った。
その様子を少し離れた場所で見ていたエミリーは、緊張のためかじっとりと汗ばみながら考えていた。
早く、ここから離れなければならない。鬼婦人と距離を取らなければならない。そうしなければ、またギルバートがあの頃に戻ってしまう。
だから、そうならないための策を。
でも、いい策は思いつかなくて、焦るばかり。
(何か……何かないの!?)
ルーインの人間でなければ。鬼婦人でなければ。何かあったかもしれない。
でも、エミリーもギルバートも戦闘部隊の人間だったとはいえ、平和な国での戦闘部隊だ。戦闘経験が豊富なわけではない。だから、圧倒的な経験値の差がある。
ギルバートは完全に頭が血が上っている状態だ。冷静な判断など全くできていない。
だからこそ、どんな無茶だってするだろう。それを無茶ともわかっていないかもしれない。
止めなければ、ギルバートが傷つく。心も体も。
もう、傷ついてはほしくない。傷ついてほしくないから、共に歩いている。
だから今、無茶をするならエミリーの方だ。冷静な判断ができるエミリーが無茶をするしか、道はない。
(ギルだけは失いたくない。誰にも、奪わせない)
ギルバートがいるから、エミリーは今も生きている。
だから、ギルバートを失うわけにはいかない。そんな日が来るのなら、エミリーも間違いなく命を絶つだろう。
鬼婦人は楽しんでいた。
ルーインを恨んでいる奴は根絶やしにするだとか、後輩の尻ぬぐいだとか、いろいろと言ったけれど。結局のところは、単純に殺し合いが好きだからこうして戦っている。すべて建前だ。
だけど、ギルバートにとってはそんなことはどうでもいいことだろう。ただ目の前の憎い奴を倒したい。それしか考えていないはずだ。
そうやって、憎んでいる奴を目の前にする人間の表情というものも、鬼婦人にとって好きなものであった。苦痛にゆがむ顔、勝てないとわかっていながら挑んでくる愚かさ、そうしたものを見るのが最高に楽しい。
さて、ギルバートとはどれだけ楽しめるだろうか。もはやそれを考えるだけでも楽しい。ギルバートが想像以上に立ち向かってくれるから。こんなに長く戦いを楽しんだのは久しぶりのことだった。
「楽しいのぉ……もっと楽しませておくれ」
「こっちは楽しませるためにやってんじゃねぇんだよ」
静かに怒りを見せるギルバート。その目に、声色に、鬼婦人はゾクゾクする。
せっかくだから、もう少し楽しみたい。今すぐ殺すのは惜しい。
だから、あと三十分。三十分経ったら、ひどく痛めつけて殺そう。
そう鬼婦人が考えた瞬間のことだった。
「……っ!?」
鬼婦人とギルバートの間に、とてつもない稲妻が光った。視界を奪われたかと思えば、黒い靄が現れて鬼婦人はそれに包まれる。
「動かないで」
気づいたときには靄はなくなっていたが、靄に触れた身体にはいくつもの傷がついて血が流れている。だというのに、不思議と痛みはない。
そして、いつの間にかさっきまで戦っていたギルバートは離れたエミリーのもとにいて、そのエミリーの分身と思われるものが鬼婦人の目の前にいた。
これらは、二つの能力でできることではない。だとするならば──────……
鬼婦人は信じられないものを見たというように目を瞠り、そのままエミリーに向かって呟いた。
「娘、その力は神のものだ。早々に手放した方がいい」
その言葉とともに、鬼婦人はその場から霧のように消えた。




