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世界は哀に溢れている  作者: 衣月美優
第三部 ルーインとの衝突
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第三十四話 神の力


「やるのぉ。この鬼婦人さま(・・・・・)に傷をつけるとは」


 敵の言葉に、ギルバートとエミリーは目を瞠った。


 鬼婦人。それは、先ほどまで調べていた鬼人の中の一人。

 まさか、本当に鬼人とルーインにつながりがあったとは。二人は驚きを隠せない。


 それに、この敵が鬼婦人ということは、そこそこいい年齢のはず。

 しかし、この敵の見た目はエミリーたちとそう変わらない、むしろもっと若い少女のよう。話し方と見た目の合わなさは、実年齢からくるものということだろう。


「どうした?鬼婦人さまとわかって、恐れているのか?」

「……相手が誰だろうと関係ねぇよ。ルーインに関わっているなら潰すまで」

「そう来なくては……!」


 鬼婦人は、心底楽しそうな表情を浮かべてギルバートに迫った。


 その様子を少し離れた場所で見ていたエミリーは、緊張のためかじっとりと汗ばみながら考えていた。

 早く、ここから離れなければならない。鬼婦人と距離を取らなければならない。そうしなければ、またギルバートがあの頃に戻ってしまう。

 だから、そうならないための策を。


 でも、いい策は思いつかなくて、焦るばかり。


(何か……何かないの!?)


 ルーインの人間でなければ。鬼婦人でなければ。何かあったかもしれない。

 でも、エミリーもギルバートも戦闘部隊の人間だったとはいえ、平和な国での戦闘部隊だ。戦闘経験が豊富なわけではない。だから、圧倒的な経験値の差がある。


 ギルバートは完全に頭が血が上っている状態だ。冷静な判断など全くできていない。

 だからこそ、どんな無茶だってするだろう。それを無茶ともわかっていないかもしれない。


 止めなければ、ギルバートが傷つく。心も体も。

 もう、傷ついてはほしくない。傷ついてほしくないから、共に歩いている。


 だから今、無茶をするならエミリーの方だ。冷静な判断ができるエミリーが無茶をするしか、道はない。


(ギルだけは失いたくない。誰にも、奪わせない)


 ギルバートがいるから、エミリーは今も生きている。

 だから、ギルバートを失うわけにはいかない。そんな日が来るのなら、エミリーも間違いなく命を絶つだろう。







 鬼婦人は楽しんでいた。

 ルーインを恨んでいる奴は根絶やしにするだとか、後輩の尻ぬぐいだとか、いろいろと言ったけれど。結局のところは、単純に殺し合いが好きだからこうして戦っている。すべて建前だ。


 だけど、ギルバート(目の前の男)にとってはそんなことはどうでもいいことだろう。ただ目の前の憎い奴を倒したい。それしか考えていないはずだ。

 そうやって、憎んでいる奴を目の前にする人間の表情というものも、鬼婦人にとって好きなものであった。苦痛にゆがむ顔、勝てないとわかっていながら挑んでくる愚かさ、そうしたものを見るのが最高に楽しい。


 さて、ギルバート(この男)とはどれだけ楽しめるだろうか。もはやそれを考えるだけでも楽しい。ギルバートが想像以上に立ち向かってくれるから。こんなに長く戦いを楽しんだのは久しぶりのことだった。


「楽しいのぉ……もっと楽しませておくれ」

「こっちは楽しませるためにやってんじゃねぇんだよ」


 静かに怒りを見せるギルバート。その目に、声色に、鬼婦人はゾクゾクする。


 せっかくだから、もう少し楽しみたい。今すぐ殺すのは惜しい。

 だから、あと三十分。三十分経ったら、ひどく痛めつけて殺そう。


 そう鬼婦人が考えた瞬間のことだった。


「……っ!?」


 鬼婦人とギルバートの間に、とてつもない稲妻が光った。視界を奪われたかと思えば、黒い靄が現れて鬼婦人はそれに包まれる。


「動かないで」


 気づいたときには靄はなくなっていたが、靄に触れた身体にはいくつもの傷がついて血が流れている。だというのに、不思議と痛みはない。

 そして、いつの間にかさっきまで戦っていたギルバートは離れたエミリーのもとにいて、そのエミリーの分身と思われるものが鬼婦人の目の前にいた。


 これらは、二つの能力でできることではない。だとするならば──────……


 鬼婦人は信じられないものを見たというように目を瞠り、そのままエミリーに向かって呟いた。


「娘、その力は神のものだ。早々に手放した方がいい」


 その言葉とともに、鬼婦人はその場から霧のように消えた。


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