第三十三話 鬼婦人
後輩のフィリップが世話になっている。その敵の言葉に、エミリーとギルバートは顔を強張らせ、同時に思った。
(ルーイン……!)
まさか、こんなにも早くに現れてくれるとは思わなかった。急展開に戦慄が走る。
「お前たちはルーインに恨みがあるようじゃからのぉ……邪魔な存在になる前に、芽を摘みに来たんじゃよ」
敵は怪しい笑みを浮かべながらそう言う。その言葉に、ギルバートはほんの少し反応を示した。
「恨み……?」
その声色、表情に、エミリーの表情が強張る。
この流れはまずいと、エミリーはギルバートを止めようとした。けれど、止めるのがほんの少し遅かった。
「ギル、待って──────……!」
「恨みがあるなんて当然だろっ!」
ギルバートは、凄まじい勢いの炎を腕に纏い、その腕を振りかざす。その瞬間、炎が勢いよく敵に向かっていった。
けれど、敵は焦るでもなく、好戦的な笑みを浮かべて勢いよく右足を地面に叩きつける。パワー系か土を操る系なのかはわからなかったが、間違いなく敵の能力だろう。ただ足を地面に叩きつけただけで、地面が隆起して敵を守るように分厚い壁ができた。おかげで、ギルバートの攻撃はあっさりと防がれる。
それどころか、敵は攻撃を防いだその瞬間に自信が作り出した分厚い壁を殴って破り、一気にギルバートに距離を詰めた。眼前まで振りかざされた拳を、ギルバートはギリギリのところで避けた。それでも、完全に避けきることはできなくて、頬を掠める。
ギルバートはそのことにすら臆することはなく、またも攻撃を繰り出した。ギルバートの能力による炎の所為で、熱気が集っていく。
ギルバートが敵と戦っている間、エミリーはただギルバートを止めることだけを考えていた。
(このままじゃダメ。これじゃ、またあの頃に……!)
ギルバートの目は、またあの頃の目に戻っていた。フィリップが死んで間もなかったころ。休もうともせず、心も体も傷つけていたあの頃に。
あの頃に戻っては絶対にいけない。そうならないためにも、エミリーはギルバートの後を追ったのだから。
多少、強引になっても止めなければ。エミリーは決意を宿した瞳で、ギルバートを見据えた。
ギルバートは完全に頭に血が上っていた。もはや、冷静な判断などみじんもできていない。ただただ、目の前の敵を倒すことしか考えていない。
ただでさえ、ついこの間フィリップに会って気が立っていた。そんなところへ、フィリップの先輩を名乗るやつが現れて、恨みなんて言葉では片付かない感情をさもわかっているかのように言われて。腹立たしいことこの上なかった。
ルーインにフィリップを殺された。両親を殺された。国をズタズタにされた。
フィリップを殺したくせに、無理やり生き返らせた。そして、意思に反することをさせている。あんなものは、フィリップの姿をした別人だ。
これらのことはギルバートにとって絶対に許せないことだった。エミリーにとってもそうであるはずだ。
だから、この敵はここで潰さなければならない。ルーインの人間であるならば、なおさら。
「いいのぉ、炎か。燃え上がらせれば、あっという間にその辺の町は煤になってしまうだろうなぁ」
「誰が、んなことするか。お前らルーインと一緒にするなよ」
「ふむ……わしは別に、ルーインにいるからこういう生き方をしとるわけではないんだがのぉ」
言葉を交わしながら戦いを繰り広げているが、正直なところギルバートには言葉を交わす余裕はない。それでも、できるだけそれを悟らせないように何とか言葉を交わす。
だというのに、この敵はずっと余裕そうで。まったくもって息が乱れる様子も戦い方が乱れる様子もない。余裕を崩さずに戦えるのは、それだけ戦い慣れているということだろう。
(どこまでもムカつく女だ……)
ギルバートは殺気を隠そうともせずに敵にぶつける。敵はその殺気に怪しげな笑みを浮かべるだけだ。
「わしは戦場にいけるから、いろんなものを捻り潰せるだろうからルーインと手を組んだ。元来、戦うことが、人を痛めつけることが好きな性質でねぇ……」
「……悪趣味だな。ますます気に入らねぇ」
「そうかい?守るより壊す方が簡単で、すっきりして、楽しいもんじゃぞ?」
敵の言うことは、ギルバートには全く納得できない。まともな人間なら、大概そうではないだろうか。
早く倒さなければならない。こんなやつをいつまでも野放しにしていてはいけない。単身でやってきた今が、倒す最大のチャンスのはずなのだ。
だけど、この余裕そうな怪しげな笑みを、ギルバートは崩せる気がしない。それほどまでに、この敵が強者であることを、この短い時間で理解している。
ならば、後先考えずにぶつかるまで。多少の無理をしても、攻撃をぶつけられればいい。
ギルバートは炎を右手の掌の中にため込んだ。そして、左手で風の能力を使い、右手にため込んだ炎とともに敵に向かって放つ。凄まじい熱風は広範囲に広がり、さすがの敵も避けきれずに熱風で肌を焼いた。
敵は面白いというような好戦的な笑みを浮かべて、赤く焼けた頬に手を触れた。
「やるのぉ。この鬼婦人さまに傷をつけるとは」




