第二話 溢れる涙
今もなお、たくさんの負傷者たちが運ばれてきている中、エミリーは母とギルバートの両親の治療に奮闘していた。
息をふぅっと吐き出すようにして透明な風船のようなものを作り、それを傷口に当てる。この風船のようなものが、エミリーの治癒能力によってできるものだ。
エミリーの治癒能力はかなりのものだが、命の危機にさらされている三人には時間との勝負になりそうだ。
でも、エミリーは薄々感じていた。このままでは三人とも命を落としてしまうことに。
救わなければという使命感からか、エミリーの額には、じっとりと汗が滲んでいた。
「エミ、リー……」
「お母さんっ……!喋っちゃダメ!」
母の力ない声にエミリーは少し顔を歪める。指先が震えて、受け入れたくない現実を拒んでしまう。
「エミリー……最後に会えて、よかった、わ」
「最後とか言わないで!絶対、助けるから……!」
エミリーの叫びを聞いて、母は優しく笑った。
「ごめんね……先に、お父さんのところに、いくね」
「っ……!」
母の言葉に、エミリーは何も答えられない。答える言葉が見つからなかった。
母は覚悟を決めている。自分が死ぬ覚悟を。
エミリーの父は、エミリーが十二歳のときに殉職した。戦闘部隊として、近隣の国の争いを止めるために派遣され、そこで命を落としたのだ。
父はかなり腕利きの戦闘員で、国の中ではわりと有名な人だった。
だからこそ、亡くなったという報せが届いたとき、エミリーや周りの者だけではなく、多くの人が悲しんだ。
「私ね、お父さんみたいな戦闘員になるから。だから、そのときは一緒に戦おうね!」
「おっ!そうか、そうか。じゃ、お父さん楽しみにしてるからな」
「うん!約束ね!」
幼い頃、エミリーは父とそんな約束を交わしていた。
父が亡くなったときにその約束を思いだし、もう叶えられなくなったのだと悲しみに明け暮れた。
だから、父の墓前に誓ったのだ。
「私、強い戦闘員になるから。みんなを守れるような人になるから。だから、見守っていてね」
みんなを守れるような人になると父に誓ったのに、母すら守れていない。救えない。
そんな想いがエミリーの中を渦巻いた。
「お母さん、お願い……!もう少し、頑張って」
エミリーはそう口にするが、母はもう話すこともできなくなっていた。
ギルバートの両親も意識が朦朧としているようで、目の焦点が定まっていない。
もう助からない。
それがわかっていても手を止めるわけにはいかない。止めたらダメだ。
だから、震える手で三人を治療する。
やがて、三人の息が小さくなってきた。
「っ……!」
息を引き取ったのを感じ取り、エミリーは涙を流す。
「おばさん、おじさん……っ、お母、さんっ……!」
ぼろぼろとエミリーの頬を涙が伝い、エミリーの表情も悲しみなどで歪んでいく。
ついに耐えられなくなったエミリーは、母に覆い被さるようになって、声をあげて泣いた。
もう、こんな風に失いたくなどなかったのに。三人とも助けることができなかった。
その心の悲しみを、苦しみを、きっと一生抱えて、エミリーは生きていくことになるだろう。
だからせめて、泣くことができるときは。
思う存分泣けばいい。その悲しみを否定することは、どんな状況だったとしても、誰にもできないのだから。
エミリーが泣きじゃくっている頃、中心部に近い敵を倒し終えた戦場で、ギルバードは立っていた。
「……あぁ、ギル」
ギルバードの目線の先には、明らかに致命傷を負っているフィリップが力ない笑みを浮かべて仰向けに倒れている。
「喋んな。それ以上喋ると──────……」
ギルバードは厳しい目つきで躊躇うように言った。
「死ぬぞ」