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世界は哀に溢れている  作者: 衣月美優
第二部 やめるわけにはいかない旅
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第十六話 本当、だとは思えない


 夜が明けて、エミリーは未だに外でベンチに座って手で顔を覆いながら泣いていた。

 ギルバートとの突然の別れを、まだ受け入れられないのだ。


「……エミリー?」


 声をかけられて顔をあげると、そこにはラウルが立っていた。


「ラウ、ル……」

「どうしたんだ……!?何、泣いて──────……」


 ラウルの顔を見たら、もう駄目だった。抱えきれない想いが、全部押し寄せてきた。

 エミリーは驚くラウルをよそに、声をあげて泣き出した。







 エミリーはしばらく泣いていたが、ようやく落ち着きを取り戻した。


「落ち着いたか?」

「うん、ごめんね」


 泣いている間、ずっと隣に座ってエミリーが落ち着くのを静かに待っていたラウルが、心配そうに訊く。

 エミリーはそれに力なく答えることしかできなかった。涙を止めることができても、受け止めきれない現実が消えたわけではないのだから、消耗した心は回復しない。


 ラウルは二週間に一度くらいのペースでこっちにやって来ている。

 そして、偶然か必然か、今日がその日だったのだ。


 もしも、今日ではなかったのなら。エミリーはきっと今も泣いていて、もうどうしていいかわからなかっただろう。

 ラウルが今日、ここに来てくれてよかった。エミリーは消耗した心でも、そんなことをぼんやりと思った。


 でも、今考えるべきはギルバートのこと。


「一体、何があったんだ?」

「っ……」

 

 まだ何も知らないラウル。エミリーの様子を見ながら訊いてきたその言葉は、今のエミリーにはすぐに答えることは難しくて。でも、ギルバートの親友である彼には、きちんと伝えなければならないのだと、エミリーは意を決して口を開いた。


「──────……ギルが、国を出ていったの」

「は……?」


 エミリーの震えた言葉。その言葉の意味を、ラウルはうまく飲み込めなかった。


「え……何?ギルバートが出ていった……?嘘だろ?」


 だけど、エミリーの顔を見れば、嘘ではないと嫌でもわかる。


「何で、そんな……」

「私にも、わからないの」


 信じられないという表情のラウルに対し、エミリーは首を横に振って答える。


 どちらにとっても困惑する事実。すぐに現実を受け止めろという方が無理な話だ。

 だからこそ、出てくるのはギルバートが国を出て行った理由となるのだが──────……


「けど、出てく前に話したんだろ?ギルバートは何か言ってなかったのか?」

「言ってた、けど……」

「納得できないのか」

「……」


 ギルバートは確かに、出ていく理由は口にしていた。

 だけど、ギルバートの本心は誰にもわからない。この場にいないから、確認することもできない。したところで、教えてくれないだろうけれど。


 エミリーは黙った。納得できない。それが、事実だから。

 どれだけギルバートの言葉を反芻しても、その考えは消えないのだから。



 ──────フィリップのことは、もうどうでもいい



 ──────せいぜいお前は、あいつのことを忘れずに、一生ここにいればいい



 ──────ここにいたら、一生必要のないものに縛られ続ける



 ──────俺はお前には構っていられない



 それに、もしこれが本当にギルバートの本心だったとしても、これがギルバートの本心だと納得したくもない。


「俺だって、そんなこと言われて納得なんかできねぇよ」


 エミリーから話を聞いたラウルも同じ思いのようだった。そして、彼はエミリーよりも前を向いていた。

 立ち上がってエミリーを見るラウルは、まっすぐに先を見据えているようだった。


「エミリー、ギルバートが言ったこと、本当だと思うか?」


 エミリーはラウルの顔を、バッと見上げて首を横に振る。


「思う、わけない……ギルがあんなこと、本当に思ってるわけない……!そんなこと、私が一番わかってる!」


 そう言って、エミリーは、ハッとした。

 そう、わかってる。そんなことは、ずっとわかっていた、はずなのに。


「ラウル」


 だから、起こすべき行動は一つしかない。


「私、決めたわ」


 さっきまでとは打って変わって、エミリーは強い意志を宿した瞳で言った。







 エミリーは母の形見として持っていた花飾りのついたゴムでポニーテールにした。


「お母さん、私のこと、見守っててね」


 エミリーは必要な荷物を背負って、ラウルのもとへと行った。


「本当に、任せちゃっていいの?ラウルは部隊が違うのに」

「任せろって。何とかするから。お前は、はやく追いかけなきゃだろ?」


 ラウルは親指を立てて答えた。

 エミリーは、戦闘部隊を辞めることを言っていない。それの処理はラウルが何とかすると、買って出てくれた。

 エミリーにすべきことを示してくれただけでなく、そのための手伝いもしてくれる。本当に、ラウルには感謝してもしきれない。


「ギルバートのこと、頼むな」

「えぇ、もちろん」


 おそらく、エミリーやギルバートがここに帰ってくることはない。これからきっと、果てしない旅が待っているだろう。

 でも、寂しさも悲しさも、二人は持ち合わせていなかった。


「ラウル、ありがとう。あなたがギルの親友でよかったわ」

「どういたしまして。俺も、あいつにお前みたいな幼なじみがいて、よかったと思ってるよ」


 エミリーもラウルも、ギルバートを本当に想っている。

 だから、この別れは無駄ではない。つながりが消えるわけでもない。それならば、悲しむ必要などどこにもない。


「それじゃ、行ってきます」

「おう、気をつけてな!」


 二人は笑顔で別れた。

 すべては己が信じるギルバートのために。エミリーの旅が始まる。


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