第十六話 本当、だとは思えない
夜が明けて、エミリーは未だに外でベンチに座って手で顔を覆いながら泣いていた。
ギルバートとの突然の別れを、まだ受け入れられないのだ。
「……エミリー?」
声をかけられて顔をあげると、そこにはラウルが立っていた。
「ラウ、ル……」
「どうしたんだ……!?何、泣いて──────……」
ラウルの顔を見たら、もう駄目だった。抱えきれない想いが、全部押し寄せてきた。
エミリーは驚くラウルをよそに、声をあげて泣き出した。
エミリーはしばらく泣いていたが、ようやく落ち着きを取り戻した。
「落ち着いたか?」
「うん、ごめんね」
泣いている間、ずっと隣に座ってエミリーが落ち着くのを静かに待っていたラウルが、心配そうに訊く。
エミリーはそれに力なく答えることしかできなかった。涙を止めることができても、受け止めきれない現実が消えたわけではないのだから、消耗した心は回復しない。
ラウルは二週間に一度くらいのペースでこっちにやって来ている。
そして、偶然か必然か、今日がその日だったのだ。
もしも、今日ではなかったのなら。エミリーはきっと今も泣いていて、もうどうしていいかわからなかっただろう。
ラウルが今日、ここに来てくれてよかった。エミリーは消耗した心でも、そんなことをぼんやりと思った。
でも、今考えるべきはギルバートのこと。
「一体、何があったんだ?」
「っ……」
まだ何も知らないラウル。エミリーの様子を見ながら訊いてきたその言葉は、今のエミリーにはすぐに答えることは難しくて。でも、ギルバートの親友である彼には、きちんと伝えなければならないのだと、エミリーは意を決して口を開いた。
「──────……ギルが、国を出ていったの」
「は……?」
エミリーの震えた言葉。その言葉の意味を、ラウルはうまく飲み込めなかった。
「え……何?ギルバートが出ていった……?嘘だろ?」
だけど、エミリーの顔を見れば、嘘ではないと嫌でもわかる。
「何で、そんな……」
「私にも、わからないの」
信じられないという表情のラウルに対し、エミリーは首を横に振って答える。
どちらにとっても困惑する事実。すぐに現実を受け止めろという方が無理な話だ。
だからこそ、出てくるのはギルバートが国を出て行った理由となるのだが──────……
「けど、出てく前に話したんだろ?ギルバートは何か言ってなかったのか?」
「言ってた、けど……」
「納得できないのか」
「……」
ギルバートは確かに、出ていく理由は口にしていた。
だけど、ギルバートの本心は誰にもわからない。この場にいないから、確認することもできない。したところで、教えてくれないだろうけれど。
エミリーは黙った。納得できない。それが、事実だから。
どれだけギルバートの言葉を反芻しても、その考えは消えないのだから。
──────フィリップのことは、もうどうでもいい
──────せいぜいお前は、あいつのことを忘れずに、一生ここにいればいい
──────ここにいたら、一生必要のないものに縛られ続ける
──────俺はお前には構っていられない
それに、もしこれが本当にギルバートの本心だったとしても、これがギルバートの本心だと納得したくもない。
「俺だって、そんなこと言われて納得なんかできねぇよ」
エミリーから話を聞いたラウルも同じ思いのようだった。そして、彼はエミリーよりも前を向いていた。
立ち上がってエミリーを見るラウルは、まっすぐに先を見据えているようだった。
「エミリー、ギルバートが言ったこと、本当だと思うか?」
エミリーはラウルの顔を、バッと見上げて首を横に振る。
「思う、わけない……ギルがあんなこと、本当に思ってるわけない……!そんなこと、私が一番わかってる!」
そう言って、エミリーは、ハッとした。
そう、わかってる。そんなことは、ずっとわかっていた、はずなのに。
「ラウル」
だから、起こすべき行動は一つしかない。
「私、決めたわ」
さっきまでとは打って変わって、エミリーは強い意志を宿した瞳で言った。
エミリーは母の形見として持っていた花飾りのついたゴムでポニーテールにした。
「お母さん、私のこと、見守っててね」
エミリーは必要な荷物を背負って、ラウルのもとへと行った。
「本当に、任せちゃっていいの?ラウルは部隊が違うのに」
「任せろって。何とかするから。お前は、はやく追いかけなきゃだろ?」
ラウルは親指を立てて答えた。
エミリーは、戦闘部隊を辞めることを言っていない。それの処理はラウルが何とかすると、買って出てくれた。
エミリーにすべきことを示してくれただけでなく、そのための手伝いもしてくれる。本当に、ラウルには感謝してもしきれない。
「ギルバートのこと、頼むな」
「えぇ、もちろん」
おそらく、エミリーやギルバートがここに帰ってくることはない。これからきっと、果てしない旅が待っているだろう。
でも、寂しさも悲しさも、二人は持ち合わせていなかった。
「ラウル、ありがとう。あなたがギルの親友でよかったわ」
「どういたしまして。俺も、あいつにお前みたいな幼なじみがいて、よかったと思ってるよ」
エミリーもラウルも、ギルバートを本当に想っている。
だから、この別れは無駄ではない。つながりが消えるわけでもない。それならば、悲しむ必要などどこにもない。
「それじゃ、行ってきます」
「おう、気をつけてな!」
二人は笑顔で別れた。
すべては己が信じるギルバートのために。エミリーの旅が始まる。




