第十五話 護るために
──────お前は来るな!
どうして、そんなに拒絶されなければならないのか、エミリーにはどうしても理解できなかった。
「わからないよ……どうして、私はついていっちゃダメなの?どうして、ギルは国を出ていくの?」
エミリーは不安そうな面持ちで、背中を向けたままのギルバートに訊ねる。
「もうこの国にいる必要なんてない。ここには何もない。ある程度の金は貯めてあったし、出ていくことにしたんだよ。そして、これにお前はいらないんだ」
ギルバートの言葉に、エミリーは苦しそうに顔を歪めた。
「どうして、そんなことが言えるの?この国にいる必要がない?そんなことないでしょ?私たちが生まれ育った場所だよ?フィルと一緒に過ごしてきた場所だよ?なのに、どうしてなの!?」
エミリーは、最後には感情を抑えることができずに、声をあげた。
叫びに近いエミリーの言葉を聞いても、ギルバートの表情は変わらない。無表情といった様子だ。
「フィリップのことは、もうどうでもいい」
エミリーは、自分の耳がおかしくなったのかと思った。
フィリップが死んでからずっと愛称呼びだったのにそれをすることもなく、とんでもないことを言い出した。これほど衝撃的なことはない。
頭の中が真っ白になって、言葉が出てこない。体は震えが止まらない。
エミリーの時は止まってしまったかのように、頭も体も動かなくなった。
そんなエミリーのことなどお構いなしに、ギルバートは話を続ける。
「あいつは三年前に死んだ。もういいんだよ。俺はもう、あいつのことは忘れる。せいぜいお前は、あいつのことを忘れずに、一生ここにいればいい」
「やめて……」
「もう何もかも、俺には必要がない。過去の記憶すらも。だから、ここから出ていくんだよ。ここにいたら、一生必要のないものに縛られ続ける」
「聞きたくない……っ」
ギルバートの話に聞く耳など持たず、エミリーは手で耳を覆い、小さな震える声で抵抗する。
「俺はお前には構っていられない。だから、もう行く」
「いや……待って……」
ギルバートの言葉に、エミリーは顔をあげ、首を横に振る。
「じゃあな、エミリー」
「っ──────……!」
一瞬、エミリーの方を向いて別れを告げたギルバートはもう、エミリーに背を向けて歩きだした。
エミリーのことさえも愛称で呼ぶことなく、去っていくギルバートの後ろ姿を見ながら、涙を流してエミリーは膝から崩れ落ち、叫んだ。
「ギル……っ!!」
もう、ギルバートが振り返ることなどないと、わかっていながら。
ギルバートは、エミリーの呼び声を聞きながら、後ろ髪を引かれる想いをしながらも歩みを止めることはなかった。
(悪いな、エミィ)
ただ、心の中で謝ることしかできなかった。
(俺のことを忘れてくれたら一番良いが、それがダメでも、せめて憎んでいてほしい)
ギルバートにとって、エミリーが自分についてこなければ何でもいいのだ。そのためなら、どんな手段だって厭わない。
ギルバートについてくれば、エミリーは絶対に幸せになれない。
ギルバートの願いは、エミリーがこの国でずっと生きていてくれることだ。
何かを背負うのは、自分だけでいい。それが、ギルバートの考えだった。
エミリーに嫌われようが憎まれようが構わない。それでもエミリーが生きているのなら。
エミリーはこの国にいれば幸せになれる。ついてこられては困る。
何もかもを捨てて、何もかもを失ってでも、ギルバートは行かなければならない。
それは、エミリーのためでもあり、自分自身のためでもある。
そして、そんなことをエミリーにまでしてもらいたくはない。
あんな別れ方をしてしまったのは心が痛むが、それでも、ギルバートは立ち止まるわけにはいかない。
自分自身を追い込んで、奮い立たせて歩き続ける。
過酷な旅になることはわかっている。
(それでも、やめるわけにはいかない)
幼なじみの思い出を消してしまわないためにも。
楽しかったことも、悲しかったことも、すべての思い出を守るために。
そのために、これからは力を振るい続ける。
回り回って、エミリーを護るために。




