第十一話 少しでも
ギルバートがエミリーに弱さを見せてから数日。
ギルバートはたまにではあるが、誰かに言われなくても休むようになった。
「エミリー、ギルバートどうしたんだ?」
「え、うーん……ちょっとは前に進もうとしてるんじゃない?」
ラウルに訊かれたエミリーは、言葉を濁した。
あのときのことをわざわざ言うことはないと思ったのと、ギルバートも誰かに話してほしくはないだろうと思ったからだ。
あの後も、エミリーとギルバートはほとんど言葉を交わしていない。
もともとエミリーが声をかけなければギルバートと話すことなんてほとんどなかったのだ。別に大きく関係が変わったわけでもない。むしろ変わりなどない。
ただ、もうエミリーはギルバートへの接し方には悩んでいない。今までと変わりなく接していくことにした。
悩んでいたことの方がおかしかったのだ。接し方を変えてしまったら、二人は二度と昔のような関係性には戻れなくなるのだから。
エミリーはそう考えて、スッと気持ちが楽になることができた。それだけでいいのだ。
「あ、ラウル。これからもギルとときどき話してあげてね。まだ本調子じゃないし」
「あぁ、もちろん」
二人は別れ際にそう言った。
ギルバートは間違いなく、前に向かっている。少なくとも、前を向き始めた。
それだけでも大きな進歩で、エミリーは嬉しく思っていた。
だからこそ、エミリーもギルバートに寄り添って、前に一緒に進みたいと願っているのだ。
どうか少しでも明るい方に進めますように。
どうか二人ともこの縛りから抜け出せますように。
どうかこれ以上、不幸が降って来ませんように。
エミリーにとって願うことはそればかりだった。それだけでエミリーもギルバートも楽になれるのだから。
お互いに家族と幼なじみを喪った、いわゆる同じ境遇に陥っているからこそ、共に乗り越えることが救いとなる。
どちらか一方だけではなく、二人ともが救われなければ、本当の意味では乗り越えられるはずもないのだから。
「エミィ、ちょっと来い」
今日の仕事終わり、ギルバートに呼ばれてエミリーは少し驚きながらも、ついていった。
ギルバートはあれから、ずっとエミリーのことを愛称で呼んでいる。
そのことに、エミリーはちょっとこそばゆく思っている。愛称で呼ばれる方が少なかったのだから、それも仕方ないと言えばそうなのだが。
「どうしたの、ギル?」
ギルバートについていって、いつもの木のそばまで来たところで、エミリーは訊いた。
「お前は……何かないのかよ?」
ギルバートは躊躇うように言った。
「え?何かって……何の話?」
だけど、エミリーには何のことかさっぱりわからない。
「フィルのことで……お前も何か吐き出したいことがあるんなら──────……」
「あはは、なんだ、そんなこと?」
ギルバートの言葉を、エミリーの笑い声で遮る。
「そんなことって……!」
「大丈夫だよ、ギル」
ギルバートはエミリーの表情を見て、目を瞠った。
強い意志を宿した瞳と、覚悟を決めたような笑み。何も心配する必要のないような表情。
「だって、ギルがいるもの。ギルがいてくれるなら、私はどんな世界だって生きていける。一人じゃないから、大丈夫」
エミリーには敵わないとギルバートは思った。
エミリーは芯の強い少女だ。弱音なんてほとんど吐くことはない。
だから、ギルバートは昔からエミリーに直接訊くことにしていた。そうすれば、弱音を吐くこともあったから。
だけど、今のエミリーはそれすらしようとはしない。
大丈夫だと自分に言い聞かせて、奮い立たせている。
その揺るぎない姿に、ギルバートは目を奪われた。
しばしの沈黙のあと、ギルバートは少しうつむき、小さく息を吐いた。
「そうかよ」
いつから、エミリーはこうやって生きるようになったのか。ギルバートにはもう思い出せない。
────一人で抱え込まないで……?
(お前こそ、一人で抱え込んでんじゃねぇよ)
思いこそしたが、ギルバートは口には出さなかった。
エミリーがそれで少なからず前に進んでいるというのなら、ギルバートが口出しすることじゃない。
ただ、エミリーが笑っていられるように、今まで通りに過ごすだけだ。




