第五の刺客 蛇川日南
早見琉奈と初のエンカウントし、さらには家に襲来までされた日から一夜明け
萌斗は学校につくや否や三年生のクラスへと赴いていた。
そう、琉奈との事故の際に体を治してくれたという蛇川日南のもとへ向かったのだ。
教室の中に琉奈の姿を発見する。
「おはようございます、早見先輩」
「お、萌斗じゃん。おはよー」
「蛇川先輩いますか?」
萌斗がそう尋ねると琉奈は不思議そうな顔をしていった。
「あいつなら教室には来ないぞ」
「えっ、どういうことですか?」
「あいつにはあいつ専用の研究室があるしな」
「……は?」
「案内してやるよ」
琉奈は萌斗の手をつかむと走り出した。
そのスピードは瞬く間に上がっていき、萌斗はまるで風に揺れる布のように引っ張られていった。
「ちょっ、はやっ……!」
うまく声が出せないほどの速さだった。
琉奈はそのまま校舎を出て、裏の大きな建物へと入っていく。
そして、いきなり止まった。
琉奈が手を離してしまったため勢いよく前に吹っ飛ぶ萌斗。
轟音と共に壁にめり込む。
昨日の朝に見た景色によく似ている。
「あれ、またやっちまったか……?」
「……。」
「お、おーい萌斗?」
「……。」
「やれやれなんだい大きな音を立てて……」
琉奈が萌斗の心配していると、階段から日南が下りて来た。
「日南ぃ! 萌斗が!」
「って、例の後輩君もいたのか、いまにも亡くなりそうだが」
「助けてやってくれよ!」
「大丈夫さ、今の彼なら時期に目を覚ますよ」
「ほんとか!?」
すると萌斗が本当に目を覚まし、起き上がる。
「いててて……」
「萌斗! ホントにごめんな!」
「あれ、早見先輩」
琉奈は慌てて萌斗に駆け寄り、手を取り謝罪する。
その悲し気な表情に、図らずとも萌斗は可愛らしさを感じてしまう。
しかし、その表情の向こう側に日南を見つける。
「あー!!」
「君も人を見るなり指をさすなんて失礼な奴だな」
「あ、す、すみません」
「まあいいさ、なにか話があってきたんだろ?」
そういうと日南は琉奈の方をちらりと伺い
「そういえば琉奈、もうすぐ一時限目が始まるよ」
「え! もうそんな時間か! あたし戻るわ!」
琉奈は慌てて入口まで戻り、思い出したかのように萌斗の方に振り返った。
「萌斗は戻らないのか?」
「え、ああ、えーっと、俺はあれなんで大丈夫です」
「……? そか、じゃあなー」
そして一瞬にして消えた。
「早見先輩、今ので納得したんですか……?」
「まあ、琉奈はあまり深く考えないタイプだからな」
「考えなさすぎでしょ……」
「そういってやるな、あれでも自頭はいいし成績だって悪くはないんだ」
「意外過ぎる」
琉奈を見送ったあと、日南は萌斗を二階に連れていき椅子に座らせた。
教室のものとはわけが違う、超座り心地のいいやつ。
「さて、後輩君が一時間目をさぼってまで私に聞きたいこととは何だね」
「昨日俺と早見先輩が事故った後、俺の体を治したって言いましたよね」
「ああ、間違いない。じゃなきゃ危ない状態だったからね」
さらっと日南は答えて見せたが
萌斗は自分が生死の境をさまよっていたことに震える。
(え、そんなに危なかったの……?)
「琉奈も言っていただろう、殺しちゃったかもって」
「あ、ああそういえばそんなことも……」
(本気で言ってるとは思わないだろ普通!)
が、萌斗は冷静さを取り戻し本題に入る。
「で、昨日早見先輩がうちに来たんですが」
「おお最近の子はやることが早いね」
「ただご飯食べただけですから!」
「あっはは。分かってるよ、そもそも琉奈に君のお世話を頼んだのは私だ。」
「まったく……」
なかなか核心的なところを離させてくれない日南に
萌斗はわざと話題をそらしているのでは?と疑い始めた。
(なら、回りくどいのはナシだ)
「単刀直入に聞きます、俺の体に何かしたんですか」
「……。」
萌斗がいきなり尋ねると、黙り込む日南。
何とも言えない表情をしている。……え、ほんとにどういう感情?その顔。
「どうしてそう思うんだい」
ようやく口を開いたかと思ったら、日南は萌斗にそう尋ね返した。
「昨日、早見先輩のあー……、攻撃を二回も躱したんです。しかも至近距離で」
「……。」
「極めつけはさっき吹き飛ばされたときもケガをしなかった。」
「それで、私が君に何かしたのではと思ったわけか」
萌斗は日南の目を真っすぐに見つめる。
すると日南は立ち上がり、一つ息を吐いたあと
「隠す必要もないしね。そうだ、君の言った通り私が体を改造した」
「うわああああああ!!」
予想通りであった反面、現実であったほしくないと思っていた萌斗は
複雑な気持ちになった果て、涙を流して叫んだ。
「な、なんだいその反応は。そうはいってもちょっと耐久値と回避能力を上げただけだよ」
「なんですかそのゲームキャラのステータスみたいな扱いは!」
「いいじゃないか、これで琉奈の攻撃にも対応できるんだし」
「なんで攻撃受ける前提!?」
萌斗が声を荒げて講義する中、日南は優しそうな面持ちでこう語った。
「君には琉奈と一緒にいてもらいたくて」
「……は?」
「あの子、あれだけの力があるから普段はものすごく気を遣ってセーブしてるんだよ」
「まあ、そうしないと危なくて近寄れないですからね」
「だから本当の自分なんて出せないし、恋愛なんかもできなかった」
(なぜここで恋愛……? なんか嫌な予感がする)
「でも琉奈はどうやら君のことを好きになってしまったみたいでね、本人は気づいてないが」
「うわああああああ!!」
予感的中。二度目の叫び声をあげる。
「そこで君には琉奈の力に対応できるようになって、そばにいてもらおうと」
「一体いつから……」
「そりゃあ、角でぶつかったときだろう。ベタだし。」
「あのエンカウントは決して普通ではないですが」
ぶつかったとき、萌斗が咥えたパンどころか命を落としそうになっているとき
琉奈は恋に落ちていたと。
(あの出会いのどこにそんな要素あるんだよ!!)
「でも実際、琉奈はいくら殺しかけたとはいえ、あそこまで他人のことを考えたりはしないさ」
「それは考えてあげてよ!」
「世話を頼まれてあんなに献身的に尽くしたりもしないよ」
「あれを献身的といってはいけない」
そういいながらも、萌斗は琉奈の嬉しそうだった顔や
先の本気で心配していた顔を思い出した。
「まあ、悪い人ではないですし。俺でよかったらできるだけ相手をしてあげられるようにします。」
「……! そういってもらえると助かるよ!」
二コリとほほ笑む日南。
長めの前髪から覗くその優し気な顔は萌斗をドキッとさせた。
(あーあー! 先輩にも可愛い人多いなあ!)
「ところで……」
「……?」
萌斗が先ほどの日南の可愛さをかみしめていると
日南がユラリと萌斗に近づいた。
「いくら体に処置を施すとはいっても、君ほどきれいに効果が出る被検体も珍しくてね……」
「ふぇ……?」
「できればほかにも色々と試させてほしいんだけど……!」
「うおっ!?」
口に手を入れられそうになるところを躱す。本当なら入れられてもいいと思ってしまうが、
今彼女が手に何やら錠剤のようなものを持っているのを萌斗は確認した。
「ちっ、回避能力が……」
「お、俺もう戻らなきゃなんで!」
萌斗は過去にないほど全力で走って教室まで戻った。
その途中で誰かとぶつかる。
「おっと!」
「いたた……す、すみません!」
「って萌斗じゃん」
「え?あ、早見先輩!」
いやすごいな、萌斗がぶつかっても微動だにしなかったぞ。
「どうしたんだ? そんなに慌てて。」
「いやその、蛇川先輩に薬とかの被検体にされそうでして」
「あはは! そうかそれはよかったな!」
「なにもよくないんですけど!」
「だってそれって日南が萌斗に惚れてるってことだろ?」
「……は?」
萌斗がフリーズする。
(意味わからないんだけど……惚れてる人間被検体にするの……?)
「第一、極度に人と関わりたがらない日南が研究室に入れてる時点でな」
「そう……なんですか……」
「まあ本人は気づいてないだろうけどなー」
(あはは……これで、六人目か……あはは……)
「うわああああああ!!」
萌斗は本日三回目の叫びをあげた。