エプロン戦争
見事に留学生をモテキの餌食にした萌斗。
しかし、カトラ参戦は彼にとって喜ばしいだけのものではなかった。
「萌斗サン! これなんて読むデスカ?」
「ああ、これは『きょにゅう』って読……む……」
ノートにでかでかと書かれた巨乳の文字を読み上げ、絶句する。
そしてノートの先にいる実物を眺め、さらに言葉を失う。
「誰にこれを聞けと言われた……?」
「フジエダのやつデス!」
(やつと呼ばれていることには同情するが、許さんあいつ)
「萌斗サン、これどういう意味ですか?」
「カトラみたいな魅力的な女の子のことだよ」
「ワタシ、魅力的デス?」
「そりゃもろち……もちろん、たまらないね!」
きりっとした顔で即答するが依然視線は胸にビス止めされたように動かない。
「うれしいデス!ワタシはキョニュウデス!」
とんでもないことを大きな声で言い出すカトラに慌てる萌斗。
だが、彼を含めた男子生徒はなんだかちょっと興奮した。
「そうさ、カトラ!君はきょにゅっ……」
「留学生にセクハラすんな」
「うぐはっ!」
見かねた美琴が萌斗の脳天に拳を落とした。
額がカトラの机にめり込む。小さい体のどこにそんなパワーがあるのか。
「まったく……これだから男は」
「戸神君、巨乳の女の子がいいの……?」
美琴はあきれ返っているが、詩織は自身の小さくも大きくもない胸を触り何やらつぶやいていた。
それをみて少し引きつつも、美琴はカトラにちゃんとした説明をした。
「カトラ、いい? 巨乳っていうのはね……」
大きな声で説明するのは流石に恥ずかしく、耳打ちで話す。
「……ってことよ」
「じゃあやっぱりワタシは巨乳デス!」
「言わんでいい!」
(というか自覚あったの……)
美琴は、ニコニコと巨乳宣言をするカトラのメロンと自分のまな板を比べて……泣いた。
「何泣いてんだよ、美琴」
「萌斗……生きてたの」
「死んだと思った!? 普通『起きてたの』だよね!?」
まあそれは一端置いといてだ、と萌斗は美琴に真剣な顔で向いた。
「な、なに」
「俺は胸の大きさなんかで女の子の魅力を決めつけたりしないよ」
「でもほんとは大きい方がいいと思ってるくせに……」
「それは間違いないな」
「フォロー下手かお前!」
再び美琴の拳が脳天に突き刺さり、机に頭突きさせられる。今度は意識を失った。
萌斗の言葉は、火に油を注いだようなものだったが
一人、加藤詩織だけは目をキラキラさせて喜んでいた。
(戸神君! 私にもまだチャンスはあるよね!)
巨乳騒動からしばらくし、放課後。
カトラはあることで悩んでいた。
「萌斗サン……」
「どうした?」
「明日の調理実習、エプロン必要って聞きマシタ」
「ああ……持ってないのか?」
「あるにはありマス……ただ、胸のあたりがきついデス」
「ぜひそのエプロンでお願いします」
萌斗はパンパンになったエプロンを想像した。
ついでに裸エプロンにした。
「だ、だめだ!ご飯と風呂を二度と選べなくなる!」
「何の話デス……?」
「なんでもないよ!なんでも! とりあえず買いに……」
「買いに行こうよ!みんなで!」
「……カ、カトラ…に…ここら辺のお店も…案内…したいしね……」
急に詩織と美琴が現れた。さっきまでいなかっただろうが。
美琴に関しては息を切らしている。
「嬉しいデス!みんなでお買い物!」
「じゃあ早速行くか」
萌斗たちは高校近くのショッピングモールに向かった。
「ほぇ~、いろいろあるデスネ……」
「ああ、でも今日はあそこの店にしか用がないぞ」
「お休みとかにも来てみたいデス」
「それもいいな、なら今度……」
「みんなで!来ようね。」
「あ、ああ……そうだな」
「たのしみデス!」
またもや食い気味に詩織が言う。
そんなこんなで店に入ると早速エプロンが置いてある棚まで来た。
「柄とかも多いデスネ」
「確かに品ぞろえすごいな。いやホントに」
萌斗は普通じゃないエプロンの種類の多さに引いた。
(え?どんだけエプロン推してるの?このお店)
「どれがいいデス? 萌斗サン」
「俺が選ぶのか? ええと……」
この量から選ぶとかキツくね?
そう思いながらも、カトラのために吟味する。
「……これとかどうだろう」
萌斗が持ってきたのはシンプルなベージュのエプロンだった。
意外な選択に詩織と美琴は驚く。
「萌斗にしては普通にまともなの持ってきたね」
「戸神君ならもっと変態チックなものかと」
「俺を何だと思ってやがる……」
するとさも当たり前のように持ってきたエプロンを詩織が手に取り、
レジまでもっていった。
「加藤さん!?」
「選んでくれてありがと、戸神君」
「あれー?俺が間違えたのかな!?」
マイバッグにエプロンを入れる詩織。
その表情はまさにご満悦といった感じである。
萌斗は再び違うデザインのものを持ってくる。
それを美琴がレジまでもっていき、会計を済ませる。
「だからなんでだよ!」
「私、料理できるように頑張る!」
「それはありがたいけども!」
三度選ぶ。
そしてようやく。
詩織が二個目のエプロンをお買い上げする。
「おかしいって!!」
「いやほら、使う用と観賞用で……」
「エプロン鑑賞してなんになるんだよ!?」
「なんならこの後保存用も」
「さてはただのエプロンマニアか?」
流石に二つ目を買ったことには美琴も苦笑いしていた。
カトラは虚空を見つめている。
「ヤマトナデシコ、怖いデス……意味わからんデス」
「トラウマ植え付けられてる!」
結局最後は選んだエプロンを詩織の妨害をかいくぐり、カトラに渡すことができた。
翌日、調理実習にて
これといったアクシデントもなく萌斗の班は料理を完成させた。
その班には美琴とカトラの姿はない。が、詩織がいた。
詩織はここぞとばかりに萌斗に引っ付く。
「ほら、あーんしたげる。あーん」
「あ、あーん」
昨日の一件があってもやはり美少女である。
これが嬉しくないわけがない。
萌斗もデレデレしながら詩織に食べさせ続けてもらう。
約10回目のあーんをしたところで美琴とカトラが動き出す。
「私のもあげるよ、萌斗」
「そこのクレイジーガールよりもワタシのを!萌斗サン!」
押し寄せた二人と詩織のスプーンが入れ違いに萌斗の口を行き来する。
てかこのペース食べきれないんだけど?
そう思ったときだった。
途端に萌斗の顔がみるみる白くなっていき、固まったまま椅子から倒れた。
「萌斗サン!?」
「戸神君!?」
「萌斗!?」
「や……やば……い……」
それだけ言うと萌斗はガクリと逝ってしまった。
だがその手はある人物を指さしている。
その指先にいるのは、
カトラだった。
「ダイイングメッセージデス……!」
「いや死んでないから、多分」
「というかカトラさんを指してない?これ」
「まさかね……」
恐る恐る美琴はカトラの料理に手を出す。
見た目はいたって普通なのだが。
パクリ。
美琴はそのまま膝をつき白くなってしまった。
「いやああ!米津さん!」
「あれー、またデス」
「まさか!?」
詩織がカトラの班を見るとそこには死屍累々、地獄があった。
この日は学校に救急車が来たことで少しだけ騒ぎになった。