ばいばいカトラ
複数の美少女に言い寄られ、争われ、巻き込まれる。
萌斗がそんな生活にも慣れてきた頃だった。後ろの席からため息が絶えないのである。
「はぁ……」
「どうした? カトラ。ため息ばっかじゃんか」
「あ……萌斗サン……いえ、なんでもないデス」
「なんでもないことないだろ、言ってみろよ。解決できるかもしれないぞ?」
あからさまに元気のないカトラに心配してしまう。
普段の元気さがまるで見られない。
「……ワタシ、留学生としてこの学校にきてマス」
「そういやそうだったな。馴染みすぎて忘れかけてたけど」
「その留学の期間がもうすぐ終わってしまうのデス……」
「えっ」
カトラはとても悲しそうに告げた。
萌斗にとっても突然の悲報だった。
こんな胸の大き……失敬。
こんな可愛くて元気で明るい子がいなくなってしまうのか?と。
争いの絶えない萌斗の周りにおいてもカトラは数少ない癒しでもあった。
精神的にも視覚的にも。
「あんた、知らなかったんだ」
「お前は知ってたのかよ」
当たり前でしょ、と前に座る美琴が振り向く。
「でもさ……」
「なんで言ってくれなかったんだ!」
「ちょ、ちょっと声でかいって」
「友達のことなのに知らなかった俺が悪いかもしれないが、教えてくれてもいいだろ!?」
「だから今授業中だって……!」
「え?……あ。」
クラス中が萌斗を見ていた。これは恥ずかしい。
自分でも思ったより大きい声が出たときってなんか恥ずかしいよね。
だが皆の視線が再び黒板に戻った時、萌斗は小声でつづけた。
「とはいえそれなら、お別れ会でもやらないとな」
「え?でも」
「やりたいデス! 思い出残したいデス!」
「だよな! そうなったらいろいろと計画をしなくちゃだな」
「……まあいいか」
なぜだかあまり乗り気ではない美琴をしり目に
萌斗とカトラはやる気に満ちていた。
そして、この会話に入らずただ眺めていた詩織もまた少し不気味だった。
お別れ会の日程が次の土曜に決まり、早速準備に取り掛かる萌斗とカトラ。あまり時間はない。
お別れする本人に手伝わせるのもなんだかおかしい気もするが。
「とりあえず、場所は俺んちでいいか」
「はい! 萌斗さんがいてくれるならどこでも嬉しいデス!」
「ま、まぶしいっ 笑顔がまぶしいっ」
屈託のない笑顔を浮かべるカトラ。さすがの外国人の感情表現である。
「で、次は誰を呼ぶかだが……」
「できるだけ多くがいいデス!」
「だよな」
カトラの一言を確認した萌斗は知り合いにメッセージを一斉送信する。
「とりあえずは返事待ちだとして、カトラは何か食べたいものはあるか?」
「なんでも作れるんデス!?」
「あ、いや……加藤が手伝ってくれれば割とできるかな……」
萌斗がそういうとあれやこれやと料理名を挙げていくカトラ。
出来るだけ多く実現すべく二人はは食材の買い出しに向かった。
その後ろでは物陰から二人を見る詩織が。
買い出しに向かった先で萌斗たちは兎にあった。
「あ、先輩方こんにちは」
「おお、兎ちゃんか」
「こんにちはデス!」
「うっ、まぶしい」
先ほどの萌斗同様に笑顔にやられる兎。
「ところで先輩方はデートですか。もしかして見せつけてるんですか?」
「違うよ、てか怖いから」
「お別れ会の準備デス!」
「お別れ会? 誰のですか?」
「ワタシのデス!」
すると兎の表情が曇る。
その顔のまま萌斗をユラリとにらみつけ。
「なんで本人に準備させてるんですか?」
「うっ、いやぁ……その……」
「まったくそんなんだから先輩は……」
「そ、そういえば兎ちゃんにも招待のメッセージ送ったはずなんだけど」
「話をそらしましたね」
変わらずにらみつけてはいるが兎はケータイを確認する。
「ほんとだ、まあ行きますよ」
「ありがとうな」
「カトラ先輩のためですから当たり前です」
「ありがとうデス!」
カトラに抱き着かれる兎。
慌てているが満更でもないようだ。
それを微笑ましく思う萌斗。その後ろには未だ加藤の存在。
買い物を進めていく中、また見知った顔に出会う。
「あれ、早見先輩何してるんですか?」
「お? 萌斗じゃん!」
「こんにちはデス!」
「なんだ、デートか」
「違いますって」
萌斗を確認した瞬間は明るくなったのに、カトラを確認した途端暗くなった。
分かりやすい乙女は健在のようだ。
「何が違うんだコノヤローっ」
「あうあうあう」
琉奈はカトラのほっぺたをうにうにしながら言う。
「もちもちだよコノヤローっ」
「あうあうあう」
「先輩……そのくらいで」
パッと手を離した琉奈はなんだか少し満足気だった。
「で、ほんとはどうしたんだ?」
「お別れ会の準備ですよ。カトラの。」
「……お前、それ本人に手伝わせちゃダメだろ」
「……十分承知です。」
「ワタシは大丈夫デス!」
カトラがニコニコでそう答えると、琉奈は涙を流して
またほっぺたをつまんだ。
「いい子過ぎるぞコノヤローっ!」
「あうあうあう」
「萌斗にはもったいないから私にしておけコノヤローっ」
「先輩……本音出てます。」
「お別れ会絶対行ってやるからなコノヤローっ!」
「あうあうあう」
「……ありがとうございます」
カトラからなかなか手を離さなかった琉奈と別れ
買い物もようやく終えた二人は帰路についた。
詩織はいつの間にかいなくなっていた。
お別れ会当日。
なんだかんだ言いながらも多くの人が集まってくれた。
主催である萌斗が一言話してから、乾杯。
みんなが持ち寄った料理とお菓子はどんどんなくなっていった。
カトラは友達に囲まれて笑顔である。
それが見れただけでも萌斗は嬉しく思えた。
「ねえ、萌斗」
「ん? どうした美琴」
「カトラのことなんだけどさ……」
「萌斗サ~ン!」
「ってぐふぇ!」
「も、萌斗!?」
美琴に話しかけられたと思った途端、カトラが飛んできて萌斗を抱きしめた。
双丘が萌斗の顔に押し当てられる。
「お別れ会ありがとうございマズ!」
「こちらこそありがとうございます!今俺幸せの絶好調にいます!」
「……萌斗……。」
「ワタシも幸せデス!」
カトラはストレートな感謝を告げる。
萌斗は下心まみれの歪んだ感謝を告げる。
これを皮切りにお別れ会はさらに盛り上がりを見せていく。
藤枝がいじられたり、藤枝がすべったり、藤枝がフラれたり。
なんかごめん……藤枝。
「お、こんなお菓子あったんだ。もーらいっ」
「萌斗サン! あーんデス!」
「っむお!?」
カトラが急にお菓子を食べさせる。
楽しい雰囲気に充てられて行動が大胆になっているようだ。
萌斗にあーんした後にも皆にお菓子を配ったりしている。
「萌斗サン、萌斗サン」
「カトラ、どうした?」
「これどうぞっ」
それだけ言うとカトラは去って行ってしまった。
カトラから渡されたのは一枚の紙。
そこには明日の飛行機の時間が書かれていた。
紙に書いてあった少し前の時間。空港。
萌斗はカトラのメモにある場所まで来ていた。
あたりを見渡すと、何やらまぶしい箇所が。
「カトラ」
「えへへ、来てくれたデス」
「そりゃな、でもほかのみんなは来てないのか?」
「よくわからないですけど、体調悪いみたいデス」
「昨日までみんな元気だったんだけど……」
そんな突然に大人数が体調不良とか、ウイルスだろうか。
だが萌斗もカトラも何ともない。
「でも、萌斗サンが来てくれたのでオールオッケーデス!」
「そ、そうか……」
「それで、萌斗サン」
「おう、なんだ」
「ワタシやっぱり萌斗サンが好きデス」
「……おう」
「でもこれで最後デス……なので」
萌斗は自分の心臓がバクバクいっているのを嫌でも感じていた。
カトラの顔が赤く甘くなっていく。
「キスしてください。」
萌斗はカトラの肩をつかむ。
(これで最後なんだから、仕方ない……よな?)
自分に言い聞かせ、顔を近づけた。
その時。
「はーいそこまで」
「うわっ!!」
突如として金髪の美女が割って入った。
「だ、誰ですかあなた!?」
「うちの妹の手出しといて誰だとはなんだガキ」
金髪美女(鬼の形相)は萌斗に食ってかかる。
「い、妹?」
「……ワタシのお姉ちゃんデス」
「そういえばお姉ちゃんいるって言ってたな……」
「カトラの姉のレオンだ、覚えとけ」
「ええ……口悪ぅ」
ヤンキーみたいな口調があまりにも見た目と合致しないが
レオンはカトラを萌斗から引きはがすと搭乗口の方へ強引に向かわせた。
「も、萌斗サン! さよならデス!」
「さよなら! 向こうでも元気でな!」
最後は急いだ感じになってしまったが
手を振りあっていた二人はやがてお互いが見えなくなった。
「おいガキ」
「……なんですか」
「お前何か勘違いしてるようだから言うけどな……」
カトラが搭乗口付近までやってくると、そこには一人佇む者がいた。
「詩織サン……」
「カトラさん、見た目に反して結構狡猾なんだね」
「なんで、ここにいるんデス?」
「お菓子、食べてないから」
「……そうデスカ」
詩織はカトラの方へ歩み寄る。
「自分の壊滅的な料理を使ってみんなを動けなくするなんてね」
「それぐらいにしか使えないデス」
「そうかもね。で、戸神君を独り占めしたと」
「お姉ちゃんのせいでうまくいかなかったデス……」
「あら、残念」
「……お姉ちゃんは仕事で来れなかったはずデス」
「そう、私が呼んだの。これ見せたら即答してくれたの。シスコンで助かったよ」
詩織が見せたケータイの画面には昨日の写真。
カトラが萌斗に抱き着いているところが収められていた。
詩織を睨むカトラ。普段では見ない表情である。
「そんな顔できたんだ。こわーい」
「なんで邪魔したんデス」
「そりゃ私だって戸神君狙ってるんだから」
詩織はさらに歩み寄り、カトラに問う。
「でも、まだ戸神君に隠してることあったよね」
「結局意味なかったデスケド……」
「うまくいけば戸神君とキスとかできたのにね」
「……。」
「ほぉんと、ざんねん」
カトラがアメリカに戻ってから約一週間ほど。
「えー、みんなも知ってるとは思うが転校生が来てる。」
転校生だというのに落ち着いている教室。
ドアを開けて入ってきたのは。
「皆さんただいまデス!」
そう、カトラでした。
まさかの留学生から転校生にジョブチェンジ。
クラスメイトからは久しぶり~だの、お帰り~だの
温かい声が送られている。
そして、自分の席、萌斗の後ろにつく。
「萌斗サン、だましてごめんなさいデス」
「……はぁ。ま、カトラがいなくならないなら別にいいか」
カトラの素直な謝罪に怒れる男はいない。
困ったように萌斗は笑った。
そのやり取りを聞いた美琴が振り返る。
「やっぱり知らなかったんだ。」
「想像つくかよこんなの」
「何度も教えてあげようとしたんだけど、なんかその都度邪魔が入っちゃって」
美琴はそういってカトラに視線を飛ばした。
そのカトラは詩織をにらみつける。
カトラの普段の素直で可愛い顔とは違った狡猾なもう一つの顔を知ってしまった萌斗は
心の休まる場所がなくなったことを嘆いていた。