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お見舞い戦線

朝の教室。若干遅めの時間帯に後ろのドアが開く。

その音を聞きつけてすかさず加藤詩織は振り返る。


そう、萌斗がいつも登校してくる時間帯である。まあ、おまけの美琴もついてくるが。

しかし、今教室に入ってきたのはそのおまけだけだった。


「おはよう米津さん……と、戸神君は?」

「おはようってそんな焦らなくても」

「何かあったの!? いつもはこの時間には来てるのに!」

「だから騒ぎすぎ……」

「なんでいないのか教えて!」

「し、知らないわよ。遅れてくるんじゃないの?」

「ほんとにそれだけ……?」

「だから知らないってば!」


萌斗がいないことに激しく動揺する詩織。目回っておる……。

そんな彼女をしり目に美琴は颯爽と席につく。


だが、美琴もまた詩織に知られてはいけない事情があった。

萌斗は絶賛風邪をひいてしまったのである。


このことを知られてしまえば間違いなく詩織はお見舞いに来る。

いや、お見舞いと称した襲来という認識の方がいいだろうか。


とにかくそれだけは避けたい美琴は、詩織に下手なことは言わないようにしていた。


「戸神君……どうしたのかな……戸神君……」


(自分の席についてからずっとブツブツ言ってる……こっわ。)


萌斗不在によって壊れた詩織にドン引きしながらも

真実を知られなかったことに美琴は安堵していた。


「おはようございまーす。ホームルーム始めまーす」


時間になり、先生が入ってくる。今日もゆるふわっとした優しい雰囲気を醸し出している。


「あ、そういえば戸神君は今日は風邪でお休みだそうですー」

「せんせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「は、はいぃっ!?」


美琴の平穏はたったの一撃で、しかも初撃で粉々になった。

思わず先生に向かって声を上げた。


「米津さん……さっきは教えてくれなかったよね……」

「か、かとうしおり……」


先生と美琴の間に詩織が立ちはだかる。

そしてその目は赤く光っている。バーサーカーかな?


「なんで……教えてくれなかったの……」

「あ、あんたのことだから萌斗に余計なことしないかと思って」

「へえ……ならお望み通りしてあげる……」

「何をっ」

「お見舞い♡」


美琴にとって考えうる最悪の状況が出来上がってしまった。






放課後。

美琴と詩織、カトラは並んで下校している。

もちろん向かう先は萌斗の家なのだが。


「はぁ……なんでこんなことに」

「戸神君のお世話は独り占めさせないから」

「私の幼馴染アドバンテージが失われていく……」

「萌斗サン、大丈夫なのデス?」


本日遅刻してきていたカトラにも無事萌斗の風邪はバレている。

美琴の優位性を完膚なきまでにつぶすため、詩織が吹き込んだのである。


「ただの風邪だから大したことはないんだけどね」

「それなら作ってきたお菓子食べてもらえるデス!」


カトラはそういって、きれいに作られたクッキーを取り出した。


「それは元気な人でも一撃で沈むから」

「お願いだからやめてねカトラさん」

「……むぅ。ひどいデス」


カトラの料理腕前からすれば、これはデスクッキーとでも形容できる代物。

病人に食べさせれば天からのお迎えが来てもおかしくない。




萌斗に家に到着した三人は、早速萌斗の部屋に向かう。

美琴がノックすると中から返事がして、三人は部屋に入る。


「美琴おかえり~……って二人も来てくれたのか」

「不本意ながら」


萌斗は嬉しそうに詩織とカトラの訪問を歓迎しているが

美琴は頬を膨らませている。


「ああっ戸神君っ! 心配したんだから!」

「ぐえっ……加藤大げさすぎってか、首が……」


萌斗の姿を見るなり飛びついた詩織。強く抱きしめすぎて思いっきり首を絞めてしまっている。


「もう大丈夫だからね、私が看ててあげるからね」

「い、息が……」

「ええい離せ、かとうしおり!」

「ああっ、もうちょっとだけ……!」

「そのもうちょっとで萌斗逝くわ!」


そして始まるキャットファイト。

詩織と美琴のどちらが萌斗の世話をするか。


「でも米津さん、料理できなかったよね? 戸神君に何食べさせる気?」

「そんなもん調べてでも作れるわ! お粥とか!」

「調べながら作ると時間かかるもんねぇ……その間に容体が悪化したらどうするの?」

「いや、そんな短時間で死の間際に立たされないから、俺。」

「アンタだってさっき萌斗の首絞めてることに気が付かなかったでしょ!」

「そ、それは、愛ゆえのことだから」

「愛ゆえなら俺は殺されてもいいってか!?」

「戸神君を殺して私も死ぬ」

「愛が重すぎる!」

「私だって萌斗と心中できるわ!」

「どっちに転がっても俺死んでるんだが!?」


二人の言い合いのさなか、カトラはこそこそと萌斗に近づく。


「萌斗サン、萌斗サン」

「カトラ? どうした」

「それくらい元気そうなら、これ食べれマス?」

「これは……」

「「それは本気で死ぬからダメ!」」

「だよな」

「皆サンひどいデス……」






結局、お世話は萌斗の母が帰ってくるまで美琴がすることになった。

美琴は早々に詩織とカトラを帰し、自分も支度があると隣の家に一度戻っていった。


「ふぅ……なんか疲れたな……」

「ほんと賑やかですよねー、先輩の周りは」

「楽しくはあるんだけどな……って、兎ちゃん!?」

「はい! お邪魔してまーす!」

「どこから入ってきたの……」

「先輩が寝てる間にそこの窓からちょちょいと」

「え?」

「先輩が寝てる間にそこの窓からちょちょいと」

「聞こえなかったわけじゃないから!」


兎がさらっと言ったことに震える萌斗。

たしかに、開けた覚えのない窓の鍵が開けられている。


「先輩、戸締りはしっかりした方がいいですって」

「この部屋二階なんだけど」

「私だからよかったものの、泥棒に入られちゃいますよ?」

「聞いちゃいねえな」


なぜか兎が呆れている。というか、あの三人が来ている間隠れていたのか?

どこに? なんか怖くなってきたんだけど。


「まあ、とりあえず私にできる範囲でお見舞いっぽいことをしますか」

「余計なことはしないでくれよ……」

「やだなあ、そんなことしませんよ」


そういって兎は着々と服を脱ぎ始めた。

やっぱ萌斗の周りには碌なやつがいないようで。


「なぁんで脱ぐ必要あるのかな!?」

「風邪の時は体を冷やしちゃいけないんですよ? 知らないんですか?」

「少なくともそれで服を脱ぐ必要があるのは知らないなぁ!?」

「手っ取り早く温かくなっちゃいましょう? 先輩。」


既に下着姿になってしまった兎が萌斗のベッドに入り込む。

既にその意気は荒く、目は虚ろになっていた。


「せんぱぁい……看病、始めますね……」

「あああ、いやだと跳ねのけられない自分がいる!」


兎が萌斗の服に手をかけたとき、何者かに首根っこをつかまれた。

そのまま窓の外に引きずり出される。


「おいおい、病人にそれはだめだろう」

「へ?」

「は、話してください!って高!こわ!」


窓から顔を出していたのは早見琉奈だった。

なに? 窓から入るのトレンドにでもなってんの?


しかし、琉奈はちょっと待っててな。とだけいって窓から下に降りた。

そしてまたすぐに戻ってくる。


「あの子地面に置いてきたから」

「まさか先輩一回の跳躍でここまで届いてます?」

「ちょっと! 私裸なんですけど!」

「あ……やっべ」


下の方で兎の声がする。マジでジャンプで届いてるっぽいな……。

琉奈は萌斗の部屋に入り、兎の服をつかむと窓から放った。


「これでよし」

「俺として何一ついいことないんですが。」

「兎ちゃん結構大胆だなあ」

「まあ、前にも似たようなことありましたし……」


あの時は詩織が助けてくれた。いや、助かってはいなかったのだが。

むしろさらなる問題に直面しただけだった。


「先輩が良識のある人でよかった」

「そうか? よくわからないけどありがとな?」

「で、先輩もお見舞いに?」

「ああ、そうそう。これ持ってきたんだ」


琉奈は手に持っていたビニール袋を置き、中身を取り出す。

スポーツドリンクの大きいのが二本、冷たいシートひと箱、果物、など。


「料理とかできないからさ、こういうことしかできないけど」

「あ、ありがとうございます……今日初めてお見舞いされた感じします」

「あたしが来てよかっただろ?」

「ほんと助かりました」

「ま、萌斗も元気そうだし、これであたしは帰るとするよ」


そういって琉奈は帰っていった。

お見舞いの品を早速いただこうとスポーツドリンクのペットボトルを持ち上げる。


……ちょっとまって、この袋持ちながら二階まで跳んだの?化け物じゃん……。




琉奈の身体能力に戦慄していると、部屋のドアが開く。


「やあ、後輩君」

「蛇川先輩!? お見舞いとかするんですね……」

「君は私を何だと思ってるのかな」


少し呆れ気味にそういった日南は、椅子を見つけると部屋の端の方にそれを持っていく。


「時に、君はもう少し戸締りをしっかりした方がいいよ」

「窓とか、ですか」

「窓? いや、玄関が開けっ放しになっていたよ」

「ああ、それは美琴があとでまた来ることになっているので」

「なるほどそういうことか。さっき琉奈と入れ違いになった時に少し気になってね」


なんだかんだ日南も常識人よりなのだろうか。

先輩たちはやはり先輩なだけあって、きちんとしているなあ。


萌斗がまさにそう思ったとき、日南がカバンから取り出したものに絶句した。


「あ、あの蛇川先輩……それは?」

「これかい? これはカメラだよ」

「それは、見ればわかりますが、一体に何のために?」

「君の体、私が少し手を加えた体が風邪をひいたのだから、観察するのは当たり前のことだろう」

「……ですよね」


常識人かと思ったがやはり違ったか……。

他人の部屋にカメラを設置しようとするとはな。


「すみませんっ!」

「おっと」


萌斗はすかさず近くにあった冷却シートの箱を飛ばし、日南が持っていたカメラを落とさせる。

ガシャっという音がして、カメラはあえなく散った。


「何するんだ、これ結構いいやつなんだぞ?」

「お、俺にもプライベートがありますんで!」


まさにさっき見た兎の肢体を思い出し、ナニするとかしないとか。

そういうしょうもないプライベートが萌斗にはある。


「まあ被検体にそういわれちゃしょうがないな、後で君の口から報告してもらおう。」

「助かります。」

「存分に励みたまえよ」

「……?」

「自家発電」

「なっ……!」


とんでもない一言を残し日南は帰った。お見舞いじゃねーじゃん。

……しかもしょうもないプライベートばれてた。






翌日、朝のホームルーム。


「えー、戸神君は風邪が悪化してしまったみたいなので今日もおやすみですー」

「そ、そんな……米津さんちゃんと看病したの!?」

「したわ! 変なお見舞い来すぎるから悪化したんだわ!」

「それなら今日こそお見舞いでお菓子食べてもらうデス!」

「「それは悪化どころじゃなくなる」」

「……ひどいデス。」


結局このお見舞い戦線はしばらくの間継続し、

萌斗の風邪もその間続くことになった。







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