第一の刺客 加藤詩織
人間には、人生に3回のモテキというものがあるらしい。
モテキとはそれはそれは素晴らしいもので、いろんな人に好意を寄せてもらえる時期なんだとか。
やさしく微笑むだけ、楽しくお話しするだけ
ちょっと席が隣になっただけ、そんな些細なことでもモテキなら出会いに変えてくれる。
しかしながらこの男、戸神 萌斗は渇望していたにもかかわらず
生まれてこの方モテキを迎えたことはなかった。その彼も高校2年生になったのだが。
「どうしてこうなった……?」
「何言ってんの?」
うなだれながら登校している萌斗の顔を覗き込んでいる背の低いこの女の子。
同じ高校に通う萌斗の幼馴染、米津 美琴である。
「なんでもねえけどよ……」
「そう? ならいいんだけど。早く行こうよ」
萌斗を急かす美琴であるが、彼がうなだれる理由はその高校にあるのである。
高校につくとその悩みの種はさっそく発動した。
「おはよう! 戸神君!」
「お、おはよう、加藤」
教室に入る萌斗に早速挨拶をするこの女子生徒は
容姿端麗、成績優秀、他の男子生徒はおろか先生たちまで虜にする完璧美少女、
加藤 詩織だ。
「かとうしおりぃ~」
「あら、米津さんもいたんだ。小さすぎて見えなかったよ」
「なんだとぅ!?」
「戸神君、今度からは私と登校しない?」
「え? ああ……それはいいな……。」
「萌斗! 私なら朝起こしに行ってあげられるじゃん!」
「それくらい私もできるけど」
これが萌斗の悩みの種だ。
彼が求めていたモテキ、それがあろうことか争いを生むことになったのである。
幼馴染とクラスの美少女が自分を取り合っている。
普通に考えればうらやましいものなのだが、女の争いとはそんな可愛いものではなかった。
耐え切れずに萌斗は自分の席へそそくさと向かった。
「朝からうらやましいな、萌斗」
「藤枝……何度も言ってるけどな」
「そんないいものじゃないって言うんだろ?」
萌斗の斜め目に座るこの男子生徒は藤枝 快。
入学初期から萌斗とは仲良くしている。
「分かってんなら言うなよ」
「それでもお前この状況は男の夢だぞ」
「それはそうなんだよなぁ」
贅沢な悩みで朝から疲れた顔の萌斗は
未だもめている二人を眺め、大きなため息をついた。
少しして、現在はお昼前最後の授業である。
真面目に授業を受けている萌斗に、隣の席の詩織が話しかけた。
「ねえねえ戸神君、ここわからないんだけど」
「え? 加藤が分からないところか……」
完璧美少女の詩織が分からない内容なんて自分にわかるのか?
そう思いながらも萌斗は詩織に席を近づけ、教科書を覗き込む。
しかし、これに萌斗の前に座る美琴が反応しないわけもなく。
「近すぎる」
「え?」
ジト目でこちらを見る美琴にそう言われ、思わず詩織の方を見る萌斗。
すぐそこには綺麗なお顔が。
「どうしたの? と・が・み・く・ん」
「は、はひっ」
にこりと笑う詩織。顔を真っ赤にする萌斗。
怒りでそれよりも真っ赤にする美琴。関わりたくないと存在を消す藤枝。
((また始まった……))
クラスの誰もがこの修羅場には触れまいとしていた。
「あんた分からないとこがあるなんてウソでしょ!」
「ウソじゃないって、ね? 戸神君」
(あ、ウインクめっちゃ可愛い)
「ウソじゃないと思います。」
「萌斗~!」
(美琴ってよく見ると可愛いよな……)
「あ、う、ウソかな……?」
「戸神君……?」
(ウルウルした目で見ないで!可愛いから!ああ可愛い!)
「やっぱりウソじゃない?」
「萌斗……」
(僕ね、手を握るのは反則だと思うな?)
「あ、ああ……えっと……」
「戸神君!」
「萌斗!」
普通なら怒られてもおかしくないくらいうるさいのだが、
今の授業は、この間この学校にやってきた若い女性教師が行っている。
まさか授業中に修羅場が発生するとは思わなくて、何も言えないでいる。
板書する手も心なしか震えてるし。
(こうなったらトイレに行くとかして逃げるしかねえ!)
「先生!」
「は、はい! なんですか!? 戸神君!」
そう叫んだまではよかったのだが、次の言葉を発するまでに
萌斗の瞳には二人の顔がしっかり映ってしまった。
「可愛いなあ、おい!」
さらに時が過ぎ、お昼休み。
萌斗と美琴、詩織はともに昼食をとっている。ああ、あと藤枝もいる。
「いやあ、笑いすぎて腹痛いわ。萌斗さんよ~」
「萌斗はああいうのがいいんだ」
「ショートがいいんでしょ? 戸神君。 戸神君がそういうなら明日にでも切ってくるから」
馬鹿にしてくる藤枝やぶつくさ言ってる美琴はいいが
詩織だけは異様に目が怖かった。
「加藤はそのままが一番かわいいと思うなあ!」
「………………。そっか。」
(えっ何、今の間は)
顔を赤くしてそっぽを向く詩織。
対して美琴は萌斗を睨む。
「またやったな? 萌斗……」
「今のしょうがなくない!?」
美琴はそういってさらに睨みを利かせる。
「あれ、ねずみ子ちゃん嫉妬か~?」
「だから、ねずみ子ちゃんって呼ぶな!」
「えー、いいじゃんみんなそう呼んでるし。」
ねずみ子、こと米津 美琴は小さい体で精いっぱい怒りを露にする。
「加藤も早く食べないと昼休み終わるぞ?」
美琴が藤枝の胸倉をつかんでいる間に萌斗は詩織にそう促す。
しかし、少し近づいた時、
「可愛いって言われた可愛いって言われた可愛いって言われた可愛いって言われた可愛いって言われた」
「ひっ!」
小さい声でそう言い続ける詩織を見て萌斗は後ずさる。
後ずさった時に泡を吹いて倒れている藤枝を踏んでしまった。
「もう、なんでこんなに仕事があるの!」
「ごめんなさいね、米津さん」
美琴は担任の先生に頼まれて、クラス委員として居残って仕事をしていた。
よりにもよって男子のクラス委員である藤枝は部活に行ってしまった。
ようやく仕事を終えて走って萌斗の家に向かう。
萌斗と美琴の家は隣同士だ。
「遅くなってごめん! 萌斗」
萌斗の作る晩御飯にありつこうと慌てて家に上がるとそこには
「お帰りなさい、米津さん」
「な、なななんでアンタがここに!?」
「おー、お帰り美琴」
「萌斗! これどういうこと!?」
思わぬエンカウントに驚きを隠せない美琴。
「ああ、帰りに俺の親が仕事でいないことが多いって言ったらな」
「晩御飯作ってあげることにしたの」
「俺も料理はできるけどさ、加藤の方ができるみたいだし。教わろうかと思って」
家ならば邪魔が入らず二人の時間を過ごせると思っていた美琴にとっては
最悪の展開である。
「米津さん、料理できないんだってね。そんなんで将来、大丈夫なの?」
「うぐっ……」
悔しいがその通りである。美琴は台所に立つ美少女を眺めることしかできなかった。
そして料理はほどなくして完成する。
「おおっ、うまそうだな!」
「私の分がないんだけど」
美琴が文句を言うと目の前に”ちーかま”が二本置かれた。
「あなたはこれでいいでしょ? ねずみ子ちゃん」
「こ、こ、このアマぁぁぁ!!」
にやりと悪い笑顔の詩織と半泣きで怒る美琴。
その光景を見てドン引きする萌斗。
この日の抗争は詩織が帰るまで終わらなかった。
ちーかまは食べた。
明くる日も萌斗と美琴は一緒に登校する。
教室につくと詩織ともめる。ここまではいつもと同じだったのだが。
「今日から外国からの留学生がこのクラスに来ます」
先生のその一言でクラスには衝撃が走った。
「先生、留学生は男ですか!? 女ですか!?」
「どこの国からなんでしょうか!?」
「女の子で、アメリカからと聞いています」
その瞬間に男子生徒たちは声を上げる。女子たちの冷たい視線も意に介さない。
教室のドアが開き、入ってくる金色の美しいハーフツイン。
「カトラ・フラワーズデス! よろしくお願いしマス!」
「「うおおおおおおおお!!」」
可愛らしい声とあまりうまくない日本語。
綺麗な髪に整った顔立ち、どれも目を見張るものなのだが
何よりもその視線を集めたのは胸部だった。
女子高校生のそれとは思えない発達。クラス中の変態スナイパーたちがレーザー照射していた。
「じゃあカトラさんは……戸神君の後ろね」
「はいデス!」
そしてそれは萌斗も例外ではなかった。
こちらに向かってくる巨乳をその眼でしっかりと捉えて離さない。
その様子を見て、美琴と詩織は一時休戦を決めるのだった。