08.押しが強いぞ、イケメガネェ!
昨日と同じ場所に同じ時間。
私たちはそこで落ち合う約束をしていた。
「殺されるかと思いました」
「すまない」
「ちょっ……」
お重をちらつかせ、私は昨日の一件について正直な感想を述べた。それに対して、リーファイ様は流れるように土下座の体勢に入った。
「すみませんでしたぁ!頭を、頭を上げてくださいっ!!」
逆に焦ったのは、私の方だった。
「なんの躊躇いもなく秒で土下座……」
昨日はつい素で接してしまったが、よくよく考えなくても相手は公爵家の方。
態度を改めないと、危ういのは我が伯爵家。
心を落ち着けて、踏ん張れ、自分!
「新鮮なマグロをその場で食べてもらいたくて、ヤンに遣いに頼んだのは俺だ。確かに詳しい解体場所の指示等はしなかったが、まさか玄関先でやるとは……」
誠にすまなかった、と再度頭を下げられる。
やめてぇ!
もしこの場を誰かに見られたら、上位貴族への不敬罪やなんやで我が伯爵家取り潰しの危機よ!!
まさかリーファイ様、わかっててやって――はないか。本当に申し訳無さそうに肩を落としている。
うむ、冤罪。
「お気持ちは受け取りましたから!こちら、お約束のものです」
なんとか、お重を押し付けて立ち上がってもらった。
パァッと、花咲くような笑顔をうかべるリーファイ様。余程楽しみだったのだろう。
「何を作ってきてくれたんだ?」
「一段目はマグロ三昧チラシです」
お重には時間停止機能がついていたので、あえての生物で勝負!
さすがに握りには自信がなかったので、チラシ寿司にしてみた。マグロ一本から、赤身、中トロ、大トロ、炙りに漬け、とマグロづくしのチラシ寿司だ。錦糸卵の黄色に、キューカンバーの緑で目にも鮮やかな仕上がりになっております。
お米も久しぶりに手に入った。昨晩は銀シャリをお腹いっぱい頂いたので、お弁当は酢飯にしてみた。
「二段目、三段目にはおかずで、鶏のから揚げ、豚の角煮、だし巻き卵にその他が入ってます。では、お渡ししましたので」
目的は達成したし、早々にこの場を去ろう。ここは学園内でも滅多に人気がない場所とはいえ、昨日のリーファイ様と遭遇の例もある。誰かに見とがめられる前に離脱すべきだ。背を向けたところで、声をかけられた。
「今日は一緒に食べないのか?!」
「ええ、まぁ……私と変に噂になるのは、リーファイ様も望まぬところでしょう?」
「――俺に操を立てるべき相手はいない。もしや、キミにはいるのか?」
「ご存じかと思いますが、週末に第二王子殿下との顔合わせが決まってますので……」
「ああ、そのことなら、大丈夫」
そういって、リーファイ様はちょっと罰が悪そうな表情を浮かべた。
「実は……キミの為人を調べてこい、って言いだしたの、あいつなんだ」
「は?!」
思わず、令嬢らしさのかけらもない声が出てしまった。そのまま呆然とリーファイ様を見つめていると、目線を逸らされた。
「昨日、キミに会ったのは偶然じゃなくて。あいつ――第二王子の命で、キミの様子をうかがってたんだ」
そういえば、あの場所でこっそりランチを楽しむようになって、誰かに会ったのは初めてだった。私に会うために、あそこにいたと思うほうが納得できる。
「で、でも!キミが手にしていた物に、驚いてしまって……つい、姿を見せてしまった。もっと早くキミと出会えてたら」
心臓がドキリと跳ねた。
まさか、リーファイ様――?
「もっと早く、遠国料理を食べられたのに!!」
「あ、はい」
知ってた!
思わせぶりがひどいけど、顔がいいから許す!!
「だから君と一緒にいることは、ある意味公認なんだ。キミが気になるなら、明日からは個室を予約しよう。別々に入室すればバレないし、人目も気にならないしな?よし、そうしよう!」
個室って、もしや上位貴族様専用のフロアに、フロアに入る入口の扉前には口の固い護衛付き、更にその奥にある鍵付きのプライベートルームの事ですかね。
おや、そもそも明日も弁当作ってくる前提――いや、いいんですけどね。いただいた材料もたっぷりあることだし、余分に作った分は我が家で美味しくいただきますしね。
リーファイ様の押しが強い。
しかも、私に拒否権はないようだ。