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50.番外編ーフィリップ視点04ー

 可憐な見た目に反して、チェルの内面は強かだ。

 下位精霊たちからの報告で、チェルが令嬢たちに連れられて行ったと聞き、すぐその場へと足を運んだ。もちろん、助け出すつもりだった。

 しかし、数で囲んで言葉巧みに貶めようとする令嬢たちを物ともせず、チェルはその場の状況を楽しんでいるようだった。


「こちらが親切に忠告してあげてるというのに、生意気ねっ」

「あなたなんか、フィリップ様に相応しくないわっ!」

「へぇ、どう相応しくないの?」


 根拠のない言葉だけならチェルは傷つかない。

 でも、チェルに手を上げるのなら、容赦しない。




「チェル。助けが遅くなって、ごめんね?」

「フィリップ様、呼び方」


 昔のように、さりげなく愛称で呼ぶ。

 それをするのは、いつか絆されてくれるんじゃないか、という淡い期待を持っているから。

 だけどその想いは伝わらず、その都度チェルに呼び名を正される。


 もともと僕の助けなど必要なかったようだったが、チェルは律義にもお礼を述べて、頭を下げた。

 そして、ふと、小さくため息をこぼした。


「というか、そろそろあきらめました。もういいですよ、わたしのことは好きに呼んでいただいて」

「い、いいの?!」

「はい。でも、フィリップ様のことは今まで通り、フィリップ様、と呼びますからね」

「ありがとう、チェル!」

「フィリップ様!ハグはダメです、ハグ禁止!!」


 チェルの必死の抵抗なんて、かわいいものだ。


「大丈夫。精霊たちが言うには、周りに人はいないから」

「そうですか。でも、もう放してください」

「あともう少し」


 チェルの肩に額を乗せると、その細い首に巻かれた黒のベルベットのチョーカーが目に入った。

 その色を見る度、思い知らされる。

 君がいまだにその想いを捨てていないことを。

 そのたびにざわめく胸が不快だ。


「チェル、ずっと一緒にいてね」

「友達としてなら」

「いいよ。チェルの心に誰がいても、ずっと側にいるのは僕だから」


 心地よい体温から腕の長さの距離だけ離れる。

 いつかした、二人の約束。

 たぶん、君は忘れているだろうから、替わりに僕がいつまでも覚えているからね。




「チェルに縁談申し込みの話って来てる?」


 大口を開けたチェルがそのままの顔でこっちを見た。

 ものすごい美人のくせに、たまにそんな、僕にだけ見せてくれるその飾らない素顔は昔から変わらない。


「知らないわ。どちらにしろ、全部お義兄様に断ってもらっているもの」


 知ってる。

 最近では、ハートレイの方からもこっそり圧力欠けていたりする。

 どちらにしろ、そんなことでチェルを煩わせたくない。


「縁談申し込み、と言えば――いつの間にか玄関ホールに置いてあったらしいんです」

「あ、それ僕」


 それは先日、精霊に頼んでミューズリー家の玄関ホールに届けさせた封筒だった。

 山のように来てた縁談がぱったりなくなるのもおかしいと勘繰られるかな、と思って、僕個人から送らせてもらったもの。

 ハートレイの名を出したら下手にチェルが断れなくなると思っての、苦肉の策だった。

 なのに、チェルに怒られてしまった。

 中を見れば僕からだと分かると思って、どうやら封筒に名前を書きそびれていたらしい。


「そういうフィリップ様こそ、より取り見取りのご縁談、どうするんですか?」

「うーん。どうせ子供に継がせられないんだから、無理に結婚しなくてもいいと思ってるよ。お互い結婚しなかったら、チェルとその分一緒にいられるし」


 フィリップ様はただでさえ顔がいいんですから、うかつにそういうことは言わないでください、と、またしてもチェルに怒られた。怒らせるつもりはないんだけど、うまくいかない。


 だけど、チェルと呼ぶことを許してくれたように、いつかはお互いの愛称を呼び合える仲になれるかもしれない。

 そう、まだ時間はある。

 ゆっくり、二人の関係を近づけていけばいい。

 その時は、そう思っていた。




「フィリップ様。遠国からの留学生、ユアン様です。ユアン様、こちらは私の幼馴染で、ハートレイ家のフィリップ様です。今後、お二方ともご一緒する機会があると思いますので、よろしくお願いいたしますね」

「ユアンと申します。ハートレイ家のフィリップ様ですね。よろしくお願いいたします」


 前世のせいなのか、霊力の高さのせいなのか、自分の容姿が人心を惑わせるようだというのは、周りの反応でなんとなく理解できるようになっていた。しかし、目の前の女性はぼくの笑顔にも全く動じていないようだった。その落ち着いた態度には好感が持てた。


「こちらこそ、よろしく」


 チェルの善意で引き合わされた遠国人は、まるで誰かを彷彿とさせる色合いと雰囲気を持っていた。彼女は第二王子の婚約者でもあり、遠国の皇帝の血筋でもあるのは知っている。

 僕は悠長に構え過ぎていたようだ。

 チェルが引きずっている過去の幻影が、実体を伴って現れたようなものだ。

 もっと気を引き締めないといけない。

 じゃないと、チェルの歓心は再び彼の者の下に戻るに違いない。


 そこでふと、奇妙な違和感を覚える。

 果たして、僕はチェルをどう思っているのだろう。


 チェルが大事だ。


 それは間違いない。


 ずっと一緒にいたい。


 その気持ちにも嘘はない。


 チェルに幸せになってほしい。


 これは、人間の言う愛とか恋とかいう感情と果たして一緒、なのだろうか。

 僕は、僕自身がチェルと一緒にいて、幸せにすることができると思っている。


 ――本当に?

 それを、チェルが望むのか?


 わからない。

 理解できない、ということがこんなにも怖いことだと、初めて知った。

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