05.等価?交換の罠
「俺はリーファイ。よろしくな」
「私はグウェンと申します。こちらこそよろしくお願いいたします、リーファイ様」
私が丁寧に頭を下げると、リーファイ様は困ったように眉を下げた。
この国の貴族の子息子女は、爵位に関わらず十五の年から学園に通う義務がある。
学内では身分の上下なく交友することになっているが、そこはそれ、貴族なので本音と建て前があるのが当たり前である。
「あえて家名を名乗らなかったのだが」
「ザンダル公爵家のリーファイ様といえば、学内でも有名ですから」
彼は母上の出身国、こことは風土の異なる国の特徴を受け継いでいる。
私の一学年上に在籍するザンダル公爵家の三男である彼は、例の第二王子殿下の側近でもあった。公爵家という王族の次に位が高いので、第二王子殿下に遠慮なく物申せるとお目付け役に抜擢されたという話だ。
むしろ、この学園で知らないでいる方がおかしい。
いつも不機嫌そうでニコリとも笑わない人、といった印象だった。メガネをかけてる上に三白眼だから、普通にしててもにらんでる風に見えるんだろう。視力の悪い人あるあるだ。
メリハリのあるソース顔が多いこの国で、リーファイ様は珍しいシャープな醤油顔、といったところだ。
ちなみに日本の心、醤油や味噌などは、リーファイ様のお母上の生国では一般的に使われていた。しかし、この国では入手が難しく、値段もバカ高い。
この国は基本洋食、前世で言うところのフレンチが主流で、デザートなどはかなり充実している。対して、中華や日本食のようなものは下品な味、と下に見られ、この国では浸透してない。ゆえに輸入量もあまりなく、和食の食材や調味料は希少品にして貴重なのである。
私はなんとか伝手を辿ってそれらを手に入れ、我が家の料理人と私の記憶の味を再現するのを趣味にしていた。
「あつっ、うまっ!!」
「お気に召したようで、なによりです」
「そのランチボックス、時間停止機能が付いているのか?そうは見えなかったが……」
ギクリ。
この世界では、中の物の時間を止めたまま保存できるという、魔導具が存在する。
ものすごく貴重で、高級品だ。おいそれと買えるものではない。
私はあいまいに笑ってごまかした。
「保温機能を高めているからだと思います」
「なるほど」
なんとか誤魔化せただろうか。
まさか前世の記憶の賜物、化学反応のおかげで、と喧伝するわけにもいかない。
肉まんの熱い肉汁も物ともせず、リーファイ様はたったの三口で完食した。
「記憶の味とはまた違うが……久しぶりに母のことを思い出したよ」
少し切なそうに目を細め、リーファイ様は呟いた。
ちなみに、遠国は和食と中華を足したような食文化だ。
「この国では母の故郷の味を再現できる料理人が見つからなくて、母自らよく厨房に立って料理を作ってくれた。今更だけど、あの頃料理を習っておけばよかったな、って後悔してる」
彼にとって、亡母の故郷の味は懐かしい思い出の味だったのだろう。
あー、もう、ですからその表情なんて卑怯ですって!
ドストライクの顔で俯きがちの陰のある切なげな表情、大変ごちそうさまです。
でも、せっかくだからリーファイ様の楽しそうな笑顔が見たいな。
「こちらは肉まんは肉まんでも、味付けが違うんですよ」
「へぇ、どれどれ……これもまたうまい!」
思った通り、リーファイ様が和洋コラボの味に目を丸くしてくれた。
「それにはトマト味のミートソースをベースに、チーズなどを入れてみました」
いわゆるピザまん。
醤油が手に入らなかった頃作った、中華まん試作品第一号だ。
「そちらの黄色い皮の物はカレーまん、ピリッとスパイシーな味付けです。横に並んでる小さめの物はデザート代わりの、カスタードまん、チョコまんです」
「あんまんはないのか?」
「ええ、小豆の入手が難しくて……」
正直、わたしもあんまんを食べたい。
試しに他の豆を使ってあんこが作れないかと試したけど、いまいちだったのだ。
「あ、確かにこっちのはスパイスがきいているな!辛い、うまい!!」
カレーまんを口にしながら、ふと、リーファイ様は一瞬動きを止めた。
そして、勢いよく顔を上げた。
「もしや小豆が手に入ったら、あんこは作れる、ということか?」
「でも、滅多に市場に出回らないんですよねぇ。今回はたまたま港まで出向いた時に遠国の商船を見かけて、特別に醤油などは譲っていただけたんですけど」
「まさか、食材や調味料があれば、他の遠国料理も作れるか?!醤油?みりん?味噌とか?それなら、我が家からそちらに贈らせてもらう。他にも必要な食材があるなら、それも全部!」
「えっ?ええ?!」
グイグイ来るリーファイ様に、私は目を白黒させるばかりだった。
食べ物に執着して、コロコロ表情の変わるリーファイ様を不機嫌そうで笑わない人、って言ったの誰だ?!
私か!!