48.番外編ーフィリップ視点02ー
「姉上の誕生日パーティーへのご招待、ありがとう」
「ようこそいらっしゃいました、フィリップ様!」
チェルの姉上――グウェンの誕生日パーティーに出席させてもらった。
聞いてた話によると、本来ならミューズリー家でのパーティーの予定だったようだが、急遽僕――ハートレイの後継者の参加が決まり、ザグデン公爵家での開催になったようだった。直接見える場所での配置は少ないが、物々しいほどの護衛の数が投入されたという話だ。
よくよく考えれば、王家に匹敵する権力を持つハートレイの次期後継者。何かあったら、との措置なのだろうが――正直、普通の人間が、この僕に傷一つつけられるはずはない。
まぁ、好意として甘んじて受けよう。それが人間として生きていく、ということだ。
「フィリップ様、ご希望のマグロ、たくさんご用意してありますよ。まだ時間も少し早いですから、お庭でもご案内しますね」
チェルがこっそりと耳打ちしてくれた。
他の招待客たちと時間が被らないよう、早めに到着したため、チェルが応対してくれるようだった。むしろ、遅めに来た方がよかったかもしれない。
わずかに寄せられたチェルの体から、微かにふわりと甘い匂いが香る。繋がれた手から柔らかさと、心地よい体温の温かさも感じられた。
精霊だった時には、このような匂いや体温といったものなどわからなかった。
妙に胸のあたりがざわめくような気がする。
「チェル、フィリップ様」
「お姉さま!」
「楽しんでいただけてますか、フィリップ様」
「今日はすっごく――えーと、すごく楽しませていただいてます」
主役が現れ、パーティーが始まった。
爵位もなく子供とはいえ、この場で一番の権力者になるであろう、僕の所へあいさつに来たようだ。こういうところが、人間――いや、貴族のめんどくさいところだ。
久しぶりの貴族としての振る舞いや、言葉遣いなど、忘れていることが多くある。
遠い昔とはいえ、一度は覚えたことだ。ぎこちないのも今の内だけで、そのうち思い出すだろう。
チェルは無邪気に姉にまとわりついて、うれしそうにお祝いを言っている。
「フィリップ様。チェルシー嬢からは、マグロが目的とお聞きしてますが」
「ええ、はい。それを楽しみにしてきました」
チェルの義兄予定――会場提供者、ザグデン公爵子息から話を振られた。
特に隠すことでもなかったので、僕は素直にうなづいた。
「フィリップ様、私の一番はグウェンです」
うん、知ってる。
そのためにチェルがいろいろ頑張っていたから。
「グウェンが大切にしているものもまた、私は大事にします」
急な話題転換に僕が首を傾げていると、彼は微かな笑みを浮かべつつも、そのレンズの奥の瞳が剣呑に細められた。
「なので、どなたであろうとも、未来の義妹を泣かせるような者には容赦しないので、そのおつもりで」
そうきたか!
チェルといい、お前といい、身内に過保護すぎるだろう?!
一応とはいえ、僕はチェルと同じ十一だぞ。今から脅しつけるとか、正気か?
こんなんで、チェルは今後ちゃんと友達作れるのか、不安になる。
「安心してください。大事な友達を泣かせることなんてしませんよ」
「友達……友達、ですか?」
「はい。僕は平民だったので――貴族の集まりで初めて、僕を対等に扱ってくれたのが、チェルシー様でした。できたら、これからも仲良くしてもらえたらなぁ、と思ってます」
へらり、と気の抜けた笑顔を浮かべて、邪気のないことをアピールしておく。
ふと、チェルたちの会話が耳に入って来た。
「チェルってば、少し前までは本物の王子様に憧れてたけど――王子様に負けず劣らずのお友達を連れて来たわね」
そう言われたチェルが、心当たりがないのか不思議そうな表情を浮かべていた。
それもそうだ。
今の彼女の記憶は、前世との因果関係のある部分に関して忘れている。だから、彼女は以前の自分の行動について、思い当たらないのだ。
てっきり、周りの人間含めて記憶改変したのかと思っていたが、あの神ヤロウ、手を抜いたのか、もしくは単純に忘れてたのか。
またしても尻ぬぐいさせられるとは。
次に会った時、あいつを絶対許さない。
しかし、それに今気付けたのはよかった。
俺はこっそりとチェルの姉の記憶に干渉した。
ちょうどその余計な記憶を思い出したのなら、簡単に上書きはできる。
無意識化にしまってある記憶を無理矢来引きだして干渉すると、下手をすると人間の脳が壊れてしまう。表層に出てきた記憶の改変なら、簡単だ。
案の定、チェルの姉に自分の記憶の方が間違っていたと思わせることができた。
今後も似たようなことがありそうだし、手を打っておこう。
はぁ、めんどくさい。
パーティーは思った以上に楽しめた。
もちろん、マグロも存分に堪能できた。
おのれ、ワサビ。
ここでもまた僕を苦しめるとは……生まれ変わっても、辛いものは好きじゃないらしい。
チェルが笑ってくれたのが救いだ。
「あのさ、僕、いつかはチェルシー様を愛称で呼ばせてもらいたいし、僕のことも愛称で呼んで欲しい。もっと親しくなりたいんだけど、ダメかな?」
「え、あの……」
途端にチェルが、戸惑うような、困ったような表情を浮かべた。
「ああ、ごめんね。困らせるつもりじゃ――いや、やっぱ困らせちゃうかな」
先に出会ったのは、僕なのに。
過ごした時間も、顔を合わせた回数だって、僕の方がずっと多い。
不安げに逸らされた視線が、その答え。
やっぱり、君はあの人が気になるんだね。
「だからって、僕もチェルシー様を簡単に諦める気はないから」
今の僕は、以前の僕とは見た目からしてまるで違う。
人間の持つ、体も感情も、まだ慣れないことばかりだ。
だけど、せっかく君に触れられる場所まで来たんだ。
もう一度、チェルの一番近くにいたい。
この気持ちだけは、なにがあろうと変わらない。