46.めでたしめでたし
もと遠国の皇帝と伯爵家令嬢の結婚式は、密かに、しめやかに行われた。
ヤンさんの役職は外交大使の補佐で、表立って動かなくてもいいらしい。
むしろ、隠密で動くためのポジションらしい。
危ないことはないよね?と確認したら、ちょっと挙動不審だったけど、あくまでも通訳とか表に出ることはない役職、らしい。一国の皇帝だった人がそれでいいのか、という疑問は残ったけれど、本人が納得してるならわたしに否はない。
むしろ、平凡で平和な人生こそ、一番だと思う。
結婚式は密かに行ったけど、披露宴は旧知の友人たちを呼んで、そこそこの規模のガーデンパーティーを催した。お父さまにお母さま、お姉さまとリーファイ様に姪っ子ちゃんたち、その上、ユアン様と大公殿下まで顔を出してくださった。
「チェル、ヤン様、ご結婚おめでとう」
「フィリップ様」
フィリップ様もハートレイ家としてではなく、個人として参加してくれた。
すでに当主となっているフィリップ様だが、ハートレイ家で出るとなると、大事になるところだったので助かった。
「ルシーからお聞きしてます。初めまして」
ヤンさんがわたしの肩を強めに引き寄せ、フィリップ様に手を差し出した。フィリップ様も微笑みながらその手を取った。
「警戒心むき出しだね。むしろ、この僕に感謝して欲しいよ。ずっと、チェルの虫よけをしてたんだから」
「虫よけ……一番の大物だったのではなく?」
なぜか二人の間に、見えない電撃が走ったような気がする。
笑顔のまま、フィリップ様がヤンさんの手を引き寄せた。体格的に力負けするはずのないヤンさんが、あっさりとフィリップ様に負けた。たたらを踏んで一歩踏み出したヤンさんに、フィリップ様が顔を近づけた。
「ハートレイ家にチェルは目をつけられている。今代は僕がいたから、その矛先は向かなかったけど、二人の子供は危ない」
「なに、を」
驚いて体を逸らそうとするヤンさんを、フィリップ様がさらに引き寄せ威圧した。
「いいから、そのまま聞いて。さも、仲良く談笑しているかのように。チェルは精霊との親和性が高い。つまり、『霊力』が高い。男性に比べて女性で霊力の高い者は、その力が子供へと遺伝する可能性が高い」
周りは和やかにパーティーを楽しんでいる中、わたしたちだけが隔絶されたかのようだった。
「君たちには五人、子供が生まれる。危険なのは二番目の次男、そして、五番目の長女」
「なぜ、そんなことを」
「教えてくれるんだよ、精霊様が。だから、二番目は遠国に逃がしてあげて。でも、五番目の長女は――」
ヤンさんの手が解放された。見た目ではそれほど力も入っていないと思われたのに、ヤンさんは無意識にその場所をさすっていた。
「僕がもらう。全力で守るから、安心して」
この会話は周りに聞かれないよう、精霊様に頼んであるからね、と耳打ちされた。
その後、フィリップ様と入れ替わるように、次々と祝福をしてくれる人たちが押し寄せ、わたしたちはその対応に追われた。
たくさんの祝福とみんなの笑顔に囲まれ、披露宴は恙無く終了した。
やっと二人きりになり、ホッと安堵したのもつかの間、どちらからともなくわたしたちは顔を見合わせた。
「「あの……」」
同時に口を開き、同時に口を閉じた
わたしがヤンさんに目線で促すと、ヤンさんがふぅ、と深い息を吐いた。
「フィリップ殿の言ってたことだけど――」
「ええ」
もちろん、わたしもそのことについて話し合いたかった。
「私たちの子供が、ハートレイ家に目を付けられるほどの霊力を持つ、というのは、本当なんだろうか」
「それに関して、フィリップ様は本当のことを言っていると思います」
「ずいぶん、信頼しているようだな」
なんとなくヤンさんの口調が不機嫌だ。先ほどのフィリップ様との対面の時もそうだけど、まさか、嫉妬、してくれてるのだろうか。だとしたら、こんな時に何だけど、ものすごくうれしいんですけど。
「その昔、フィリップ様が言ってたの。霊力の塊である精霊は、真実でできているから、『絶対にウソをつけない』んですって。ただ、嘘はつけないけれど、真実を秘すことはできるし、紛らわしい言い方はできるそうだけど」
どうやら精霊は嘘をつくと、その存在が消えてしまうらしい。
ただ、先ほどの言葉は端的で、どこにも誤解を招くような表現もなかった。
ヤンさんが何かを考えこむように眉間に皺を寄せ、難しい顔をしている。
ふふっ、わたしの旦那様は渋くて素敵。思わず、その横顔に見惚れてしまう。
「そういえば、ヤンさんは今年で三十三、でしたっけ」
「うん?今更だが、ルシーは本当にこんな年上の男でよかったのか?」
「ぜっんぜん問題ないです!むしろ、ヤンさんは年より若く見えますので、大丈夫です!!」
遠国の人はお国柄か若く見えるというが、ヤンさんはもともと老け顔だったせいか、出会ってから十年、まるで年取ったようには見えない。
「それよりもヤンさん。フィリップ様によると、五人も子供が生まれるって」
「そうだ。次男と五番目の長女に気をつけろ、と言ってたな」
「長女はフィリップ様に任せられるとして、次男は遠国へと亡命させなければ、ということでしたね」
「しかし、今から心配しても仕方ない、か」
「そうですね。まずは子供を作るところから始めませんと!」
わたしの言葉に、ヤンさんが瞠目した後、額に手を置いて深いため息をついた。
「ルシー。ご令嬢がそういうこと言っちゃいけません」
「わたしだって、もう二十一です。立派な大人ですし、貴方のつっ、妻、です」
「確かに」
ニヤリと歪んだ口元、指の隙間から見えた眼がゆるりと弧を描いた。
妙な凄みに、思わず腰が引けるも肩に置かれた手にがっちり捕まえられた。
「今日でお嬢――ルシーは私の妻になったんでしたね」
「え、はい」
「では、大人の会話、ってやつをしましょう」
ガバッと足元をすくわれ、気付くとその腕に抱き上げられていた。
「きゃっ、ちょっ――ヤンさん?!」
「まずは第一子の名前から決めましょうか……ベッドの上で」
まともに思考できるかどうかはまた別の話ですけど、とヤンさんは続けた。その提案に、わたしの顔は瞬時に熟れたリンゴの様に真っ赤になった。
初夜ですか?
もちろん、無事――かどうはわかりませんが、その後しっかりちゃっかり済みましたよ。
大人の会話、ってのやつがあんなだったとは!
優しい旦那様にも恵まれ、わたしたちの子供は五人兄妹らしい。
わたしは今もこれからも、幸せいっぱいの人生を送ることと思います。
神様ありがとう。
なぜか、素直に心からそう思えた。