40.卒業後の行き先
「まぁ、これをお作りになったの?!」
いつもの東屋で重箱を開いた途端、ユアン様から歓声が上がった。
「はい。わたしが、中身を詰めました!」
「作ったのは?」
「――もちろん、お姉さまです」
フィリップ様のツッコミに、わたしは一瞬の間の後、答えた。そこは気づいても気づかない振りをして欲しかった。
今日のお弁当は稲荷寿司だ。
お姉さまに頼んで、お揚げを煮てもらった。ちなみに豆腐もお姉さまの手作り。中の酢飯やそぼろ入りごはんもお姉さま作である。
「酢飯やそぼろは、わたしが混ぜました!」
「すごいわ、チェルシー様」
尊敬の目で見ていただけているが、酢飯はちょっと混ぜすぎて粘りが出てしまった。失敗してないところをユアン様に召し上がっていただくつもりだ。毒見として一口食べて証明してから、ユアン様の前に稲荷ずしを差し出した。
「いただきます」
「僕はこっちの肉そぼろ入りが好きなんだよね」
ご丁寧に両手を合わせているユアン様の横で、フィリップ様はすでに二個目に手を伸ばしている。いや、美味しく食べてくれてるから、別にいいんですけどね。
「そういえば、チェルシー様とフィリップ様は、ご婚約されてますの?」
大変美味しいわ、と召し上がってらしたユアン様が、ふいに急な話題転換をされた。
用意していたお茶をカップに注いでいたわたしは、思わずそれを取り落としそうになった。
「してませんよ。まぁ、僕からチェルに申し込みましたが、バッサリ断られました」
「フィリップ様?!」
さりげなくわたしの手からカップを受け取りながら、フィリップ様があっさり認めた。
「そうなのですか……でも、よくお二人でご一緒してますよね?」
「二人っきりってことはないと思いますよ。ハートレイの後継として、僕には常に護衛が付いていますし」
「えっ、そうなの?!」
わたしが驚愕の声を上げると、フィリップ様の方が意外だとばかりに瞠目した。
基本的に学園内は生徒の自主性を重んじる、ということで護衛や侍女を伴ってはいけないことになっている。しかし、特例というものはある。
「今まで気づいてなかった?じゃあ、ユアン姫君についてる護衛侍女の存在も知らない?」
「今は目に着かないよう控えてもらってますが、普段は一緒に行動していますよ」
ユアン様に言われて、彼女にも常に行動を共にしている女生徒がいることを思い出した。
まさか、彼女がそのような存在だったとは。
「ふふふ、チェルシー様のお顔」
「す、すみません」
「いいえ。てっきり学園卒業後に、お二人はご結婚されるとばかり」
「卒業後、フィリップもわたしも学院に進む予定ですわ」
「王立学院、ですか?」
王立学園は十五歳から十八歳までの三年間だが、それ以上の専門的な分野を学びたい者は王立学院と呼ばれる学び舎へ進むこともできる。尤も、学業が振るわなければ進むことはできない狭き門だ。最低二年の在籍、更に研究などが認められれば期間延長ができる。
「わたし、結婚する予定はないので」
結婚したくないわたしに、いい逃げ道が用意されているのだ。使わない手はない。
ニコリと微笑みを浮かべれば、ユアン様もまた、花開くような笑みを浮かべた。
「学院って、私でも進学できるものでしょうか?」
「え、でも、ユアン様は卒業後ご結婚……」
「もう少しこの国についてしっかり勉強したいんです。殿下はあと二年くらい待たせても大丈夫よ、きっと」
絶対大丈夫じゃないと思います、とはわたしの口からは言えなかった。