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04.見なかったことに……なりませんかねぇ?

 週明け、私は学園にいた。

 第二王子との顔合わせもそうだが、チェルシーの王子様への情熱も厄介だった。

 チェルシーの夢が完膚なきまでにぶち壊されそうな予感に、心配で胃が痛い。


「はぁ……」


 ため息をつきながら、私は人気のない東屋にいた。

 ここは散歩道から少し外れたところにあり、東屋自体がほどよく人の目線から隠れる様、植栽に囲まれている。ちょっとした隠れ家みたいだ。校舎から少し歩くので散歩道も滅多に人は通らないし、誰か来ればすぐわかる絶好のポイントだった。


 気を取り直して、私は特製ランチボックスを取り出した。

 このランチボックスは二段重ねになっている。私は上段をいったん外し、下段の白い粉に用意しておいた水をかけた。しゅうしゅうと湯気が出始めたら、再び上段を戻して、後は待つだけ。

 しばらくしてから、上段の蓋オープン。

 そこにはいい具合に温まった中華まんが並んでいた。

 白いむっちりした皮に肉汁たっぷり、ジューシーな肉まんからほかほかの湯気が立ち上っている。我が家の料理人と、ああでもないこうでもないとレシピを改良し、餡も皮も完璧に仕上げた自信作だ。


 不味い顔して食べたら、せっかくの食べ物に対して失礼だ。

 ここは気分一新、美味しくいただかなくては!


「やっぱり、肉まんにはマスタードがなくちゃね!」


 別容器に入れてもらった黄色いマスタードを塗って、あんぐりと大口を開けた。

 お淑やかにちぎりながら食べるべきだとは思うけど、正しい肉まんの食べ方はこうでなきゃ。

 その瞬間、東屋の入り口越しに目が合ってしまった。


 側に誰もいないと思っていたのに、なぜ?!


 肉まんにかぶりつこうとしていた私はそのまま動きを止めた。

 相手の方も貴族令嬢の大口にびっくりしたのか、目を見開いたまま固まっている。

 しばしの時が流れ、最初に持ち直したのは私の方だった。

 そっと肉まんをランチボックスへと戻し、ふたを閉めた。


「待って!」


 相手がフリーズしているうちにもう一つの出入口から逃げよう、と立ち上がったところであちらの硬直も解けたようだった。背を向けたところで声をかけられた。


「――何か?」


 今更。

 本当に今更だが、私はゆっくりと振り向き、作り笑顔を顔に張りつけた。できるなら見逃してほしかったが、あっという間に距離を詰められた。

 逃亡失敗。


「ねぇ、キミのそれって」


 彼が興味津々に指差したのは、私のランチボックスだった。

 まさか、さっきのを見られてた?!

 私はさっと蒼褪めた。


 実はこのランチボックス、下段に消石灰の粉が入っており、そこに水をかけることで化学反応を起こして熱を生み出す。その発熱反応を使って、上段の肉まんを温めたわけだ。学園内で、しかもお弁当にそんな仕掛けまでするような貴族令嬢などいない。

 ああ、平凡にやり過ごそうと思っていた学園生活。

 まさかの暗礁がこんなところに――


「母の国の料理じゃないか?!どうしたんだ、それ?」


 濡れたような漆黒の髪にメガネの奥の興奮を隠しきれない墨色の瞳。それは海向こうの遠国という国に多い色合いだった。そして、その色を持つ者はこの学園に一人しかいない。

 近くで見ることのなかなかできない彼の、見事な黒髪黒目を思わず見つめてしまった。

 この国の人たちって、基本色素が薄くてキラキラししている。アクセサリーならいくらでも光り輝くのは許せるが、私としては髪色は醤油色、少なくとも味噌色程度が好みだ。

 異論は認める。


 異世界で醤油?という疑問には、私の前世が日本人だったから、とお返ししよう。

 いわゆる異世界転生というやつである。

 今の世界とは別の世界の記憶があるが、個人的なことはよく覚えてない。とりあえずその点だけご記憶していただければ、問題ないだろう。


「――この色が、珍しいか?」

「ええ。この国ではあまり見ませんよね。すごく、落ち着く色合いです」


 一瞬、彼が強張った表情をしたと思ったが、気のせいだったか。

 うれしくてニコニコしてたら、なんか毒気を抜かれたような、微妙な表情を浮かべられた。

 あ、それよりも、さっき聞かれた質問に答えてなかった。


「そうそう。こちらは、我が家で作ったものです」

「作った?キミの家の料理人の出身って、もしかして――」

「いいえ、我が家の料理人はこの国の者です」

「母と同郷の者かと思ったんだが……そうか。違うのか」


 私がそう告げると、がっかりしたように肩を落とした。

 もし私の推測通りなら、この料理は彼の母上、いわば郷里の味だろう。


「あっ、あの!」


 あまりにもしょんぼりとうなだれてしまった彼に、私は思わず声をかけてしまった。


「もしよろしかったら、おひとついかが、ですか?」

「いいのか?!」


 もしや、私が声をかけるのを待っていた?

 そう勘ぐるくらい、勢いよく顔を上げられた。


「多めに持ってきてますので」

「ならば、頼む。俺のお昼と交換してくれ!」

「え?」


 おひとつ、って言ったよね、私?

 それがなにゆえ全とっかえになった?!

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