35.初めてのプロポーズ
その日、大人の階段を上った。
お母様とお義姉さまにそっと耳打ちすると、お姉さまが妙にはしゃいだ。
「今夜はお赤飯よ!!」
よくわからないけど、遠国ではお祝いの時には赤い豆を入れて米――もち米を炊く習慣があるらしい。お姉さまが張り切って用意してくれた。
「ヤンさん!」
翌日、ザグデン公爵家へ行くお姉さまについて、一緒に訪問させてもらった。
ヤンさんを見つけると、わたしは走り寄った。
「お嬢。お久しぶりです」
はぁ、いつ見てもかっこいい。
わたしは小ぶりの重箱をヤンさんへと差し出した。
「作ったのはお姉さまなのですが……ヤンさんにも食べていただきたくて」
「お赤飯ですか!いやぁ、懐かしい」
中身を見たヤンさんが相好を崩した。
「いいんですか?いただいてしまって」
「もちろん!わたしのお祝いですから」
「お祝い?」
「ええ。大人になったんです!」
わたしは堂々を胸を張った。
しばしポカンとした後、珍しくヤンさんがさっとほおに朱を走らせた。
「お嬢。ご令嬢は、そういうことを口にされちゃいけません」
「でも、これでわたし、いつでもヤンさんのお嫁さんになれます」
出会ってからわたしも大分成長したはず。
背も伸びたし、最近ではだいぶ女性らしい体つきにもなってきた。これを機に、我儘なお嬢さんから一人の女性として見てもらえたら、一世一代の告白だ。
「わたし、本気ですから!」
ヤンさんがどんな顔をしているのか見ていられず、わたしは捨て台詞と共にその場から逃げ出した。
「お姉さまっ」
お姉さまたちがお茶をしているという部屋へ飛び込んだ。
もともと扉は少し開いていたので、そのまま両手で押し開いた。
三人掛けのソファのお姉さまの隣には、リーファイ様がいた。そしてそのリーファイ様は、なぜかソファの背を抱くように突っ伏していた。
「あら、チェル。どうしたの、そんなに慌てて」
「わたしも、お姉さまたちとご一緒したくて」
ちょっと息を切らしながらその二人の間にさりげなく滑り込んだ。
「じゃあ、チェルの分のお茶を入れるわね」
ニコニコしながらお姉さまが席を立った。この部屋には侍女もいないので、お姉さまが自分でお茶を入れてくれるようだ。
「リーファイ様」
わたしは正面のお姉さまを眺めながら、真横にいる将来の義兄に声をかけた。
「婚前交渉は禁止だと、父から聞いてますよね?」
「こん…っ?そっそこまでのことはしてないぞ?!」
「じゃあ、何をしようとしたんですか?」
横を向いて無表情で尋ねると、絶望したような顔をされた。
「ま、まつげにゴミがついてるから、目を閉じて、って」
「わかりました。公爵様とお父さまにはしっかり伝えますね」
「してない!まだ、してないからな?!」
「ええ、わかってますよ?」
さすがにお姉さまでも、キスされてたら直後にあんなに落ち着いてないだろう。しかしそんな使い古された手を使う方も使う方だが、引っかかる方も大概だ。
ニッコリ微笑みを浮かべたところで、お姉さまがお茶のカップを持って戻って来た。
「あら、楽しそうね。二人が仲良くて私もうれしいわ」
「ありがとうございます、お姉さま」
いろいろ、お姉さまが鈍くて助かる。
でも、身の危険に対してはもうちょっと過敏になって欲しいと切に願う。
「そういえば、第二王子殿下が遠国の地を踏んだって、手紙が来てさ。あと数年は帰らないらしい。チェルシー嬢には残念だろうけど」
「え、何でですか?」
わたしとお姉さまが並んでお茶とお菓子を楽しんでいると、正面の一人掛けのソファに移っていたリーファイ様がふと思い出したように口を開いた。
「第二王子殿下って、婚約破棄騒動を起こした方ですよね?」
「そうだけど、あれは友人と婚約者のために、わざと悪者になったんだ。学園に入ってからしばらく乱れた生活してたんだけど、その婚約破棄で反省したのか、しばらくして人が変わったように何事にも真面目になってね。卒業後は見分を広げると言って、国を出てったんだよ」
「そうなんですね。でも、なんでわたしが残念なんでしょうか?」
「チェルシー嬢は第二王子殿下に憧れてなかったっけ?あれ?」
わたしが首をかしげて不思議そうにしていると、リーファイ様の方も首をしきりにひねっていた。
「私も少し前にそんな風に勘違いしてたけど、チェルシーの好みならもっと渋いわよ」
「お姉さまっっ!! 」
「もう気になる人がいるのか。まだ小さいと思ってたけど、チェルシー嬢ももう十二になるものなぁ。もしかして、この前のハートレイ家の子息か?」
「あら、ファイ様は知らないの?それがね「お・ね・え・さ・ま?」
それ以上言ったら泣くぞ、とウルウルと目に涙をためて上目遣いをすると、お姉さまが慌てて口を閉じた。なんで自分の事には鈍感なくせに、わたしのことはよくわかってるのか。そこがはなはだ疑問だ。小一時間問い詰めたい。
リーファイ様もちょっと聞きたそうだったが、「公爵様とお父さま」と口パクすると、明後日の方向を向いた。
なんとなくお姉さまにはバレてるようだけど、ヤンさんの雇い主の息子であるリーファイ様にはまだ知られたくない。
微妙な乙女心なのである。