34.ご招待しました
ハートレイ家の後継者と知り合いになった、と言ったら驚かれた。
さらに、お姉さまの誕生日パーティーにご招待した、と言ったら両親が卒倒しかけた。
おそるべしハートレイ家。
お姉さまの誕生日会は我が家で家族と親しい友人のみで行う予定であった。
しかし、わたしがハートレイ家の後継者を招待してしまったばかりに、場所はザグデン公爵家になり、警備やもろもろの変更が余儀なくされた。
「ごめんなさい……」
「お嬢が謝ることじゃありやせんよ」
うなだれるわたしの後頭部に、ヤンさんがその武骨な手を置いてくれた。
楽しみにしてた「ザ・マグロ解体ショー」は中止になった。もちろん、マグロは提供される。ヤンさんの手で捌かれ、すぐ食せる状態(毒見済)で。
「さすがにハートレイ家の方の前で、マグロ切包丁での実演は無理でさぁ」
「でもっ、それでも――っ」
わかってる。
王族に並ぶほどの家格だものね。
「わたしっ、ヤンさんの雄姿、見たかったああぁぁあ!」
ここぞとばかりにヤンさんの腰に縋りついた。
いまだに身長はヤンさんの鳩尾までしか届かないけど。
だってかっこいいのだ、ヤンさんは。
多少厳ついし、右ほおの傷は凄みがあるけれど、笑った顔はぎこちなくも幼く見えるし、頭をなでる手は男らしくも優しい。これで恋人も婚約者もいないって言うんだから。
見る目のない世の女性に感謝。
「お嬢、マグロ解体がそんなに見たかったんですね。それじゃあ、厨房で切るところだけでも、見学します?」
「もちろん!!」
困ったような笑顔を浮かべて、ヤンさんが再び頭を撫でてくれた。
今はまだ、我儘お嬢様と思われててもいい。
でもいつか絶対、ヤンさんを振り向かせて見せる。
ヤンさんの背中まで回らない腕で必死にしがみつきながら、わたしは決意を新たにした。
当日のお姉さまはキレイだった。
リーファイ様に贈られた銀色をベースに、黒の透け感のあるレースやチュールで装飾されたドレスは重苦しくは見えず、大変センスの良さが伺われた。その色の意味を知る大人たちは、多少引きつった笑みを浮かべていた。特にお父さまは、「まだだ……まだ早い。まだやれん」とずっとブツブツ言っていた。
「チェル、フィリップ様」
「お姉さま!」
「楽しんでいただけてますか、フィリップ様」
「今日はすっごく――えーと、すごく楽しませていただいてます」
あいさつ回りをしていたお姉さまとリーファイ様が来てくれた。わたしはお姉さまにまとわりついた。フィリップ様はというと、リーファイ様にまだぎこちないながらも礼儀正しく返答していた。
やだ、わたしの方が子供っぽくて恥ずかしい。
「チェルってば、少し前までは本物の王子様に憧れてたけど――王子様に負けず劣らずのお友達を連れて来たわね」
こそっとお姉さまが耳打ちして来た。
王子様に憧れてた?
キョトンとした顔でお姉さまを見返すと、あれ、と戸惑うような顔を返された。
「本物の王子様、第二王子殿下に会いたい、って泣いて騒いだじゃない?」
「わたし、そんなことしてないわよ?」
「したわよ、あれは……あれ、してた、かしら?」
「確かに小さい頃は絵本の王子様に憧れてはいたけど、それってわたしが五歳くらいの時じゃなくって?」
「ん?ん~、そうだった、かな。やだ、わたしってばもう物忘れ?」
「しっかりして、お姉さま!」
お姉さまたちが去った後、わたしとフィリップ様はヤンさんが用意したマグロのお造りを堪能した。二人で大トロをパクついてたから、さすがにお母様にやんわり嗜められた。お姉さまにも「わたしの分も残しておいてね」と笑われ、リーファイ様には「チェルシー嬢の誕生日にもマグロとヤンをセットにしてプレゼントしよう」と約束してくれた。
未来の義兄様、わかってらっしゃる。
「やっぱりワサビは苦手だなぁ」
「無理しなくていいのに」
多めのワサビに悶絶したフィリップ様は、涙目になった。
思わず笑ってしまうと、フィリップ様も笑顔を返してくれた。
「あのさ、僕、いつかはチェルシー様を愛称で呼ばせてもらいたいし、僕のことも愛称で呼んで欲しい。もっと親しくなりたいんだけど、ダメかな?」
「え、あの……」
「ああ、ごめんね。困らせるつもりじゃ――いや、やっぱ困らせちゃうかな」
ふと一瞬視線を逸らせたフィリップ様が、妙にまじめな顔でこちらに向き直った。
「チェルシー様、この前言ってたよね。『マグロを上手に捌ける人が理想』って」
「ええ、確かにそんなことを言いましたわね」
「それって、そういう具体的な人がいる、ってことだよね?」
ヤンさんの顔がよぎった。
さっと周辺に視線を走らせるも、周りにこの話を聞いている人はいなさそうだ。そして、この場に使用人のヤンさんはいない。
「だからって、僕もチェルシー様を簡単に諦める気はないから」
フィリップ様の細められたオリーブグリーンに金環の瞳が、優しくこちらを見つめた。
心臓がドキンと跳ねた。
本気で困った。
わたしはヤンさんが好き、なのに。