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33.思わぬ友人

「どうもありがとう。助かったわ」


 バラ園に着いたところで、わたしはつかんでいた手を離して礼を述べた。

 ピタリと足を止めたわたしに倣うように、彼もまた足を止めて向き直った。


「どういたしまして。僕もあの場から逃げたかったから」


 あらあら、わたしは利用されたってことかしら。

 まぁ、どちらにしろあそこから脱出したかったからありがたかったことに変わりはない。


「僕はフィリップ。よろしくね」

「チェルシー・ミューズリーですわ。ねぇ、さっき言ってたことって本当?」


 大人しくついて来たのだって、さっきの発言がすごく気になったからだ。


「マグロが大好きってこと?本当だよ。でもね、食べたのは一回だけなんだ。また食べたいって思ってたんだけど、そういう機会がなくて……」

「まぁ、確かにマグロを手に入れようと思ったら、ルートは限られますものね」


 お姉さまの婚約者であるリーファイ様のザグデン公爵家がたまに取り寄せてくれるおかげで、わたしはその機会に恵まれていた。そもそも、この国の貴族たちだとマグロを調理するとしたらローストにしてしまうらしい。それはそれで美味しそうだけど、新鮮な物こそもったいない。刺身の美味しさを知った後で、それが食べられないとは――なんたる不幸。

 しゅんと肩をすくめるその姿が、母性本能をくすぐる。


「そうだわ!来週末、お姉さまの誕生日パーティーがあるの。その時、マグロを取り寄せてくれるって言ってたわ……よかったら、うちにくる?」


 つい食の好みが同じ人を見つけた嬉しさに、わたしも突っ走った感はある。

 お姉さまの誕生日に、リーファイ様がそれはそれは気合を入れて準備している。恒例の「ザ・マグロ解体ショー」も披露される予定だ。

 なぜかそのパーティーに、わたしもお友達を呼んでもいいと言われていた。今のところお友達なんかいないのにおかしいなぁ、と思ってたけど、今回の茶会を前提にしていたからか。改めて、これはだいぶ前から仕組まれていたことのようだった。


「い、いいの?!やったぁ!!」


 彼は満面の笑みを浮かべて両手を広げて喜んだ。

 と思ったら、急にしおしおと情けない顔になってしまった。


「あ、やっぱりダメだ」

「なにかご予定でも?そうよね、急な話でしょうし」

「ちっ違うよ!そうじゃなくてっ――こ、こんなこと言ったら、君に嫌われてしまうかもしれないんだけど」


 慌てて両手を顔の前で振る彼は、なんとも感情が筒抜けだ。不安そうな顔でこちらをうかがいながら、彼は続けた。


「実は僕、もと平民なんだ。今は貴族のマナーを習ってる最中で君に恥をかかせてしまうんじゃないか、と思って」

「わたしたちはまだ社交デビュー前の子供ですもの。多少マナーが拙くても大丈夫よ」


 貴族に嫡子がいないから、と庶子を後継にと引き取ることはままある。彼もまたその一人なのだろう。

 まぁ、高位貴族の子供たちの茶会に参加してるし、教育中ということならおかしな家柄ではないと思う。見たところ、多少貴族らしくないおおざっぱな感情表現が目につくが、十分許容範囲だ。


「そういえば、あなたの家名を聞いてなかったわ」

「あ、ごめんね。未だになれなくて、忘れちゃうんだ。ハートレイ、だよ」


 ハートレイ?

 なんとなく、その名に覚えがあり、記憶を探る。


「えっ、ハートレイ?!」


 思わず、叫ぶようにその名を口にしてしまった。

 まさか、この場にその家の子供がいるなど、思ってもみなかった。


 ハートレイ家は貴族の爵位を持たない。

 しかし、彼の家はこの国の国教、精霊教会を束ねる神職一族である。そのためハートレイ家は政治には関わらないが、その影響力は多大であり、王家に並び立つ名門であった。

 ハートレイ家の後継は、血筋ではない。精霊教会の名の通り、精霊を感じる力『霊力』を持つ者が次代の当主に選ばれるのである。


「もしかして――ハートレイ家の後継者、の方ですか?」

「うん。だから同年代の友達がいなくて、今回参加させてもらったんだけど……あんまり居心地よくないね」


 新しい後継者が平民から出たと大きな話題になったのは、つい最近のことだった。

 その可能性もなくはないとは思っていたけど、まさかの本人。



「そう、だったんですね」

「フィリップって名前にもまだ慣れてないんだ。できたら、僕のことはフューリーって呼んでよ」

「フューリー?あっ、ごめんなさい」


 思わずポツリと口にしてしまったことに気付き、わたしは謝罪した。

 初対面でそう馴れ馴れしく愛称など呼ぶべきではない。わかってはいたが、なんとなくその名に覚えがあるようで、つい呼んでしまった。


「なんで?そう呼んでって言ったのは、僕だよ。君の事はチェルって呼んでいい?」

「だっ、ダメです!」


 だって、そう呼ばれるのは特別だから。

 そういえば、呼ぶのを許したのは誰だったかしら。

 家族と、後は……


「その――そう呼んでいいのは、家族とかなり親しい人だけなので」

「そっか、残念。でも、よかったらこれからも仲良くしてね?」


 ニコリと微笑まれ、再度手を出された。

 どうしよう、どうしたらいい?!

 まさかのこの国一の名門家の後継者と知り合いになるなんて、思ってもみなかった!

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