03.お姉さまだけ、ずるいです!
「グウェンに、というか、我が家へ婚約の打診が来ている」
王立学園に入学して一年がたったある日、私は父の書斎に呼ばれた。
なぜか母も同席している。珍しいこともあるものだ、と勧められるままソファの母の隣に腰かけたところ、予想外の話を切り出された。
「どなたと、ですか?」
「第二王子殿下だ」
「冗談ですよね?!」
そう言って欲しくて、チラリと母の方を見ると、申し訳なさそうな顔で首を横に振られた。
まずい、これはガチだ。
ジルベルト第二王子殿下、別名を『ろくでなし王子』。
半年ほど前、とある大きな夜会にて婚約破棄騒動をやらかしたのは記憶に新しい。
私も噂で聞いただけだけど、衆人環視の中、特に何の瑕疵もなかったご婚約者に対して婚約破棄騒動を起こしたのだ。しかもその理由というのが、「堅苦しく、面白みがないから」なんてふざけたものだったという。
ちなみに、まるで物語のような展開だが、第二王子殿下に婚約破棄されたご令嬢は、幼馴染だったという方から即婚約を申し込まれたらしい。
幼馴染グッジョブ。
実は入学直後に、チェルシーが王子様に憧れていたのでどんな方か気になって、こっそり見に行ったのだ。確かに見た目は金髪碧眼の美形で、王子様然とした方だった。しかし、あまりにもその素行が……ご婚約者がおられるはずだが、ご令嬢方を常に侍らせていた。
チャラ男だった。
ご令嬢たちも王族に取り入れと親から言われているのかもしれないが、第二王子殿下の顔に釣られてるだけかもしれない。
とてもじゃないが、チェルシーに本当のことなど教えられない。
たまに学園の様子を聞かれるが、王子殿下に関してはいつも曖昧に誤魔化していた。
可愛い妹の夢を壊すわけにはいかなかった。
よかった!
この場にチェルシーがいなくて、本当によかったぁ!!
この話を聞かれたとしたら、なんか大変なことになってた気がする。
おそらく、父もそう思って家族の集まる場でなく、この場に呼び出したのだろう。
我が伯爵家は爵位的には真ん中。
そして、我が家の家格は伯爵家の中でも中の中。
王子妃なら公爵家や侯爵家、少なくとも上位の伯爵家辺りの令嬢から選ばれるはずだ。
「王子妃候補なら、まずは公爵家や侯爵家のご令嬢に話が行くのでは?」
「先日の例の件のせいで、第二王子の婚約者探しが上手く行ってないようなのだ。尤も、高位貴族令嬢にはすでに婚約者がおられる方も多く、そちらを解消してまで、とはさすがにいかないのだろう」
なんてこった。
第二王子のやらかしたツケがこんな形で回ってくるとは。
不幸なことに今現在、私には婚約者がおらず、絶賛婿探し中である。
ミューズリー伯爵家は、伯爵家当主の父と穏やかな母、私と妹のチェルシーの四人家族だ。わたしは在学中の三年間で子爵家、もしくは男爵家の次男以降の方で婿入りしてくれる人を探そうと思っていたのが徒になったようだ。
「そのせいで、我が家まで婚約者探しの命が下りて来た、と」
「すまない、グウェン」
できれば、こちらが力関係で上に立てる、子爵家や男爵家から婿を取って、尻に敷こうと思ってたのに。王子妃なんて面倒そうなもの、正直御免被りたい。
こっちにしてみたら、とんだとばっちりだ。
「顔合わせは一週間後だ」
「え、ずいぶん早いですね?」
「あちらもお相手がなかなか見つからず、焦っているのだろう」
王命で婚約しろって言われたら、断るのは無理だろう。
はい、詰んだ。
「お前が殿下に気に入られるかどうかはともかく、会うだけ会ってほしい、とのことだ」
「十中八九……会ったら終わりのような気がします」
その時、バーンと派手な音を立てて、両開きの扉が勢いよく開いた。
「「「ちぇっ、チェル?!」」」
わたしたち三人の声がキレイにハモった。
「わたしがずっと王子様にお会いしたいって言ってたのに、お姉さまの方が先にそんなお話もらってくるなんて、ずるいです!!」
え、どこで聞いてた?
「あのね、チェルだと王子様との年齢差が、ちょっとね……」
「年の差がなによ!わたしの方がずっとずっと王子様のことを思っているわ!!」
なんとか思いとどまらせようと咄嗟に母が無理な理由を告げるも、その程度で諦めないのがチェルシーだ。お願いを聞いてくれないなら死んでやる、と大泣きし始めたチェルシーに、とうとう弱り切った父が折れた。
とりあえず、チェルシーは私の付き添いとして、顔合わせの場へ一緒に行くことになった。父がそう約束をしたところ、チェルシーはやっと泣き止んだ。
さすがにいくらなんでも七歳下のチェルと――とはならないだろう。
それだけは信じたい。