28.Changes in relationships
わたしはお姉さまたちと一緒に登城した。
いつの間に用意したのか、リーファイ様はお姉さまの瞳の色の服に、お姉さまはリーファイ様から贈られたドレスと黒真珠のアクセサリーをつけている。
将来の義兄の独占欲と執着心が垣間見えて震えた。
たぶんお姉さまはわかってないようだが、知らない方がいいこともこの世にはある。
本人には笑って、「お似合いです」とだけお伝えした。
笑顔が引きつってなかったことを祈る。
そしてわたしはというと、先日ヤンさんにお勧めしてもらった白いドレスに身を包んでいた。
髪飾り替わりに、生花を編み込んでもらっている。割と珍しい花でメイドには不審がられるし、正装に合わないとはいわれたが強行させてもらった。
まだ幼いということもあり、そこまでおかしくもないだろう。
「やぁ、よく来たね」
第二王子の私室へと通された。
わざわざ第二王子自ら、出迎えてくれた。
「君たちには陛下から婚約証書を直々に賜る栄誉を用意したよ。ああ、そんなに畏まることはない。リーは一度会ってるしね、肩の力抜いて行っておいで」
リーファイ様は苦い顔で、お姉さまはまさかの大ごとにかなり気が動転しているようだ。
しかし、案内役の方がお姉さまたちを問答無用で陛下との謁見へと連れ去った。
別れる間際までお姉さまがこちらを心配していたが、笑顔で手を振った。
わたしは第二王子のエスコートで、眺めの良い空中庭園に用意されたお茶の席へと招待された。王城の一番高い場所にあるという空中庭園は、様々な花であふれていた。
「今日はわたくしのためにお時間を空けてくださり、ありがとうございました」
「ちょうどお茶を飲みたいと思ってたから、いいタイミングだったよ」
日を遮るようなパラソルがついたテーブル、その上に何種類もの菓子も用意されていた。空中庭園を囲む柵ごしに、眼下にも見事なバラ園が広がっている。お茶が用意され、侍女や護衛がテーブルから大分距離がある入り口付近まで下がっていった。
ここは出入り口も一つで、見晴らしもいい。襲撃も難しい場所とはいえ、王族の警護として大丈夫なのだろうか。
「ここは出入りできるものが限られてるし、こっそりおしゃべりするのに最適だよ」
「そう、なんですか」
わたしの不安を見透かすように声をかけられた。
一瞬の間が空き、こちらをまっすぐに見つめたまま第二王子が口を開いた。
「君をずっと待っていたよ――ネメシス」
周りを取り囲んでいた音が消えて、まるで自分一人取り残された気がした。
風がほおを撫でる感触も、指先に感じるティーカップの温もりもちゃんとある。
しかし、急に体温が下がった気がした。
「――なぜ?」
「否定しないんだね。夢で見たんだ。いつか君が会いに来る、と」
驚愕に乱れた自分の呼吸音だけが妙に耳に響く。
「転生のタイミング、いや、憑依からして、自分と年の近い令嬢だと思って、学園でそれらしき女性を探してたんだ。まさか、七つも下の幼い少女だったとは、思いもしなかったよ」
「いつ、気付いたの?」
「会った瞬間に」
お互いの色は、前世の日本人らしい黒髪黒目とは違っていた。
顔つきだって、以前とまったく似ても似つかない。
その色合いの差異はあれど、現在は双方ともに金髪碧眼だ。
だけど、それはお互い様。
わたしも、初めて直接目にした第二王子こそ「彼」だと確信していた。
「せっかくの再会だ。少し歩いて話さないかい?」
「――ええ」
第二王子はスマートに手を差し出して来たので、わたしはそのエスコートを受け入れた。
色とりどりの花が咲き誇る庭園は、まるでおとぎの国のようだった。
わたしたちはゆっくりと歩を進めた。
「おかげさまで、心残りはもうないんだ」
口火を切ったのは、彼からだった。
「兄は立派な王太子として評価され、先月には王太子妃も無事、男児を出産した。この国の新しい後継ができた」
「おめでたきことです」
「カリウスにフランソワーヌ嬢を託せたし、ブライアンもサリアナ譲と婚約を結んだ。リーファイにも唯一が現れた」
彼はさりげなくエスコートの手を外し、空との境界線である柵の方へと歩み寄った。
視界一杯に広がるのは、彼の瞳に似た雲一つない青空だ。
「ここから地上まで、およそ二十メートルくらいあるかな」
何気ない風を装い、彼は片手で指し示した。それはまるでここに咲いている花の説明をしているように見える。
「ここの柵、緩んでるんだよね。ちょうど人一人分の体重がかかったら、壊れる程度に」
「な、にを……」
「君が手を汚す必要はない。君には、これからの人生があるのだから。大丈夫。君に咎は及ばない。ちゃんと目撃者たちもいるし、ね」
聞かなくても、わかっていた。
理解できてしまった。
「彼」は準備をしていたのだ。
わたしが現れる前から。
「今日は死ぬにはいい日だと思わない?」
穏やかな笑みを浮かべる彼の金の髪が風になびいて、背後の空に溶け込む。
「君に償うには、こんな手しか思いつかなかった」
微風がわたしの髪を揺らし、ふわふわの軽い髪の一房を巻き上げ、視界を遮った。
それに気を取られた刹那、視界の端に彼の姿が傾ぐのが垣間見えた。
――ごめんね。
音は届かずとも、その口元の動きが許しの言葉を紡ぐのがはっきりと見てとれた。
「――っっ!!」
彼の身体が青空に向かって、投げ出されていく。
わたしは無意識に手を精一杯伸ばしていた。
ダメ、届かない。
「フューリー!!!」
声を限りに、その名を呼んだ。