27.ラストチャンス
うーん、困った。
どうしよう。
昼下がりの中庭で、わたしはお姉さま特製のお弁当も食べずに頭をひねっていた。
先ほどからこれ見よがしに、目の前を揺蕩う姿が思考を邪魔する。羽虫でも追い払うように、しっしっと払っても払っても戻って来る。いい加減にして欲しい。
「チェル~。早く何かちょうだい!お腹空いた!!」
「あげないわよ。精霊は何も食べなくても死にはしないでしょ」
「そりゃ、死にはしないけどっ――」
ああ、うるさい。
イライラしていたわたしは、黙らせるためにデザート用のうさぎリンゴを一つ手渡した。
フューリーはどことなく不満顔だ。
悪かったわね。わたしが唯一、料理と言えるもので物にできたのが、このうさぎリンゴ剥きなのだ。
「文句があるなら、返して」
手のひらを上に向けて要求すれば、フューリーは慌てて捕まらない位置へと飛び退った。
お姉さまと第二王子の顔合わせは、絶好の機会だった。
もちろん、お姉さまを婚約者にするつもりも、させるつもりもなかった。
あくまでも王族と会見するための、足掛かりとして利用するつもりだった。
だけど、問題が生じた。
木乃伊取りが木乃伊になった、というべきか。
第二王子の命で探りに来たリーファイ様が、お姉さまの魅力?に撃沈。もともと理想を具現化したようなリーファイ様との婚約に、お姉さまも嫌というはずもなく。二人はあっという間に婚約することとなった。
めでたい。
大変喜ばしいことではあるが、そのせいで明日の第二王子との顔合わせがふいになってしまった。
わたしにとっての最大のチャンスが崩れてしまったのだ。
この後、具体的な手立てがない。
どうすれば、王族と穏便に接見できるのだろう。
「悩むくらいなら、フューリーの力を使えばいいのに」
「いやよ」
リンゴを食べ終え、次の得物を狙いに来たフューリーを、わたしは睨みつけた。
「なるべくなら、人間としての枠組みから外れたくないの」
「『聞き耳』や情報収集はいいの?」
「情報を制する者は世界を制すのよ。右も左もわからないこの世界で、情報は命綱だもの」
わたしが腕を組んで堂々をそう言い切れば、フューリーはやれやれとばかりに肩をすくめた。
「ほんとチェルって、変わってるね。人間ってもっと強欲だよ。力があるならあるだけ振るい、もっともっとと欲しがるものなのに」
「そうやって、みんな破滅していくのよ。わたしはごめんだわ」
「チェルのような人間の方が珍しいよ」
わたしは斜め上空に浮遊するフューリーを見上げた。
「物語的には破滅がわかってても突き進んでいく方が、盛り上がるのはわかるわ。だけど、臆病な人間は大きな失敗はしないの。確かに面白味はないけど」
「いや、反対に興味深いね。だからこそ、チェルに肩入れしたくなるんだよ。だから、ね?」
美味しいのちょうだい、とフューリーが顔の周りをくるくる回り始めた。
これはうっとうしい。
仕方なくお弁当の蓋を開けようとした、その時だった。
『来ちゃった』
ドクン、と心臓が大きく拍動した。
今は髪飾りを通して、だけどフューリーを通して耳にしたことがある、その声。
わたしは慌てて受信機である髪留めに手を添え、息を潜めた。
ああ、なんでわたしはもっと早く生まれてこれなかったんだろう。
今、学院に在籍できていたら会うことはもっと簡単だったのに。
まといつくフューリーにお弁当箱を押し付け、聞こえてくる会話に集中した。
『明日は必ず行くけど、顔合わせのために空けていた時間、少しいいか?』
『何か用でも?』
リーファイ様と第二王子の会話が続いていた。
『あー、グウェンの妹が、お前にものすごく会いたがってる。その、少しだけでいいから、そのための時間を作ってやってくれないか?』
『グウェン嬢の妹?』
なぜか、リーファイ様がわたしに力添えをしてくれている。
もし、その頼みを聞き入れてもらえるのなら……
『それじゃあ、物語の王子に憧れているようなものかなぁ。そんな純粋な子の夢を壊すのは、さすがに心苦しいね』
お願い。
これはチャンスなの。
わたしはいつの間にか両手を握り締めていた。
『す、すみません!失礼な物言いを……』
『別にその通りだし、気にしないで。もともとその時間は空けてたし、グウェン嬢の可愛い妹君のために理想の王子様を演じるくらいなら、お安い御用さ』
『あ、ありがとうございます、第二王子殿下、リーファイ様。あと、ヤンさんにもお礼をお伝えください』
お姉さまの声を最後に、わたしは通信を遮断した。
体が震えてこれ以上の話を冷静に聞ける気もしない。
これで、「彼」に会える。
会いたくて会えなくて、でもやっと――やっと、だ。
「私」はとうとう「彼」にたどり着いた。




