26.ツンとデレ
チェルシーは確信した。
将来の義兄は、間違いなくヘタレだ、と。
百歩譲って、挙動不審なところやいきなりの行動は許そう。
だがしかし、肝心なところで噛むなど言語道断!
プロポーズって言うのは勢いも必要だけれど、もっと大事なのは雰囲気よ。
やり直しは聞かない、一回限りの正念場よ!!
後で絶対ネタにしてやるんだから!!
……あら、これ、何で知ってるの、って突っ込まれるパターン?
「おはようございます、お姉さま!」
「え、ええ?おはよう、チェル。今日もあなたのお弁当作っておくわね」
「わぁ、本当ですか?毎日楽しみにしてるんです、お姉さま」
今日はしっかり早起きして、朝の挨拶ができた。
とはいうものの、当のお姉さまの方が夢見心地のよう。覚束ない足取りで、厨房へと向かっていく後ろ姿をわたしは見送った。
「おはようございます!」
玄関扉を開けると、まさに今、ノッカーを握ろうと手を伸ばしかけたヤンさんがいた。
「おっお嬢?!」
「今、お姉さまはお弁当を作り終わって朝食中です。もうしばらくお時間かかるので、お待ちいただけますか?」
「あ、はぁ……」
戸惑ってるヤンさんには悪いが、彼を引き連れ公爵家の馬車が止まっている馬車止めまで移動した。フューリーのおかげで、彼らが訪問してくるのはわかっていたのだ。
「早かったな、ヤン。もうグウェンは……」
馬車の扉を開くと、リーファイ様が腰を半ば浮かしかけていた。見知らぬわたしの顔を見て、その形のまま固まった。わたしとお姉さまはあんまり似てないので、さもありなん。
微笑んで、ご挨拶をする。
「初めまして。グウェンお姉さまの婚約者様。わたしは妹のチェルシーと申します」
「ああ。そういえば、妹がいると――俺、いや、私はリーファイ・ザグデンだ。よろしく、チェルシー嬢」
リーファイ様は、本当にお姉さまの好みの具現化だった。
これもまた、自称神の戯れのうちなのかな。
「お姉さまが来るまで、少しお話したいのですが――すぐ済むので、このままで」
「いや、しかし、ご令嬢を外に立たせたままなのは……」
不躾なわたしのお願いに戸惑ったようだけど、リーファイ様は馬車から降りて来てくれた。そして、汚れるのも構わず、私の前に膝をつき、目線の高さまで合わせてくれた。
「では、このような形で」
リーファイ様の笑った顔は、鋭い目つきが和らいで優しい印象になった。
彼の為人は何となくわかっていたが、思っていた以上に紳士的で好感度増だ。
「わたし、お姉さまが大好きなの」
「そうなんだ。実は、私もなんだ」
「とっても大事で大好きなお姉さまが好きになった人が、素敵な人で安心したわ」
「褒められると、照れるな」
わたしを子供と侮らず、真摯に対応してくれる。
本当にいい人だ。
「あのね、お姉さまって見た目に反して、わりとせっかちでうっかりさんなの。子供っぽいところもあるし、結構寂しがり屋よ」
「まだまだ私の知らないグウェンがいるんだね。これから出会えるのが、楽しみだよ」
「本当は誰にも渡したくないんだけど、貴方ならいいわ。でも、お姉さまを泣かせたら、わたしが承知しないってこと、覚えておいて」
一息に言いたいことを言った後、わたしは両手を揃えて深々と頭を下げた。
「お姉さまをよろしくお願いします。絶対、幸せにしてください」
顔を上げ、リーファイ様をまっすぐ見つめた。
懐かしい色合いの黒い瞳もこちらを見つめ返していた。
「約束する。私は絶対グウェンを泣かさないし、幸せにする――いや、一緒に幸せになるよ」
真剣な顔をしたリーファイ様が厳かな誓い立てるかのようにそう言ってくれた。なんだか視界がぼやけ始めたので、慌てて顔を俯かせた。
「ありがとう、ございます」
「こちらこそ、キミの大事なお姉さんをもらうんだ。約束するよ」
「たぶん、あともう少しでお姉さまも外に出てくると思います。わたしは見つからないように戻りますので、これで失礼します」
慌ててペコリと頭を下げ、後ろを振り向いてかけ出した。
いろいろ無礼を働いたというのに、たぶん彼なら許してくれるだろう。
そもそもそんな人でなければ、顔を合わせて話をしようとも思わなかったに違いない。
それは予感ではなく、確信。
お姉さまは絶対、幸せになれる。
もう、それだけで十分だ。
「不思議なお嬢でしょう?」
「ああ、なんていうか――まるで、彼女の方が年上のように感じたよ。見た目は年相応だったと思うんだけど」
「ええ、私を見て泣きもしなかったご令嬢は、あのお嬢が初めてです」
「その話、絶対ウソだと思ってたよ」
「もう一度会うまでは、私も夢かと思ってましたよ。坊、どちらへ?」
「そろそろグウェンの用意は終わったかな、と思って。このまま玄関先で待つことにするよ」
このしばらく後、玄関先から悲鳴が響いた。




