24.気にしたら負け
それにしても、連日お姉さまと二人きり、個室でランチを取ろうなんて。
いい度胸をしてるわね、リーファイ・ザグデン。
不埒なことしたら、社会的に抹殺してやるわ。
鼻息も荒く、今日も今日とてわたしは盗聴に余念はない。引き続き天気もいいので、昨日と同じ木陰で、お姉さま特製おにぎり弁当を広げていた。
『リーファイ様さえよろしければ、私が料理を作りに行きましょうか?』
って、お姉さまあああぁぁぁ?!
それ、我が家の、いや、貴族としてバレてはいけない事実ぅ!!
「ぶこふっ!!」
飲みかけの味噌汁が器官に入った。
激しく咽るわたしの背中を、フューリーが小さな手でさすってくれる。
ありがたい、ありがたいが、あまり意味がない。
「こんばんは、ヤンさん」
「あれ、お嬢。子供は寝てないといけない時間ですよ?」
夜遅く、お父さまを尋ねて来たヤンさんを玄関先で捕まえた。
フューリーのおかげで、ヤンさんが公爵様からの私信を届けに来たことはわかってる。ついでに、その内容も。
「この前の、美味しいマグロのお礼を言いたくて」
「気に入っていただけたんなら、坊ちゃんも贈った甲斐があるというもんです」
「ねぇ、ヤンさん。リーファイ様は、お姉さまの事、どう思ってらっしゃるのかしら?」
「い、いきなりどうしたんです?」
強面が、面食らったような表情を浮かべた。
あら、そういうお顔だと、本当にお年相応に見えるのね。
ヤンさんは割と表情豊かで読みやすい。
「もしかしたら、リーファイ様にお姉さまを取られちゃうかと思って……」
「ああ。そういうことですか」
眉を下げ、うるうると瞳を潤ませて祈るように両手を合わせると、あきらかにホッとしたような顔をされた。ヤンさんがわたしの目線に合わせるように、ひざを落とした。
「坊なら、決して不誠実なことをすることはないですし、お嬢のことも蔑ろにはしません。このヤンが誓いますよ」
でも、あの公爵様の血を引いてるから、もしかすると執着半端ねぇかも、と首をひねっているヤンさんの姿には、若干の不安を感じさせられた。
「ま、なるようになると思います。もう夜も遅い。おやすみなさい、お嬢」
ぽん、と本当に何気なく、頭に大きな手を置かれ、わたしはぽかんとヤンさんを見上げていた。
「あ、こういうのって、貴族のお嬢にするのはダメでしたね?すんませんっ、えらく不調法なことしでかして!」
「待って!!」
慌ててひっこめられた手を、わたしはとっさにつかんでいた。
「大丈夫よ。頭を撫でられるのなんてずいぶん久しぶりだから、びっくりしただけ」
「申し訳ない」
「そう思うなら、もう一回、ちゃんと撫でてくださる?」
そう強請ると、今度は怖々と頭に手を置かれ、壊れ物を扱うかのように優しく撫でられた。大きくてあったかい手から伝わる体温に、なんだかひどく泣きたくなった。
「お嬢もまた、変わったご令嬢ですねぇ」
「ええ。いい、これは二人だけの秘密ね?」
ニッコリと微笑みかけると、右ほおの引き連れた傷のせいでちょっぴりぎこちなく、ヤンさんも笑い返してくれた。
ふくふくとした柔い自分のほっぺたが熱くなった気がするのは、気のせいだろう。
「チェルの好みって変わってるね」
「何ですって?!」
ベッドに入ったところで、フューリーが目と鼻の先を浮遊しながらそう言った。
「ずいぶん年の差あると思わない?」
十歳以上か――
でも、精神年齢的にはわたしの方が上なのよね。
内心、そんな想像をしてしまった自分を否定するように、慌てて頭を振った。
「わたしにはそんな資格ないもの」
「ふーん」
「何よ、何が言いたいの?」
「べっつに~」
フューリーは頭の後ろで手を組み、不満そうに鼻を鳴らした。
「自分から幸せを否定するのが滑稽でね。何のために新しい生をもらったのかなぁ、って思って」
「うるさいっ!!」
思いっきり投げつけた枕は、するりとかわされた。
「はいはい。今日のとこは退散させてもらうね~」
精霊とは物理法則を無視した存在。
フューリーの姿がパッと消えて、その気配も部屋からなくなった。
「なによ……わかってるわよ、バカ」
今の「わたし」はいろんな感情で雁字搦めだ。
ずるくて卑怯で面倒で厄介、それが「わたし」。
その日は、眠れぬ夜を過ごした。