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22.食い意地と科学知識

 自称神は約束通り、お姉さまの前世の記憶はあいまいにしてくれたようだ。

 反対に幸せな記憶のうち、食に対する飢餓心が生まれてしまったらしい。

 大豆の国の人なので仕方がない。

 幸い、日本食に近い食文化を持つ国が海の向こうにあるとわかり、そこを切欠として和食の再現に力を入れ出した。

 まぁ、わたしも洋食に飽きてきてたので、これ幸いと便乗させてもらったのは否定しない。




「にっくまーん!完成!!」


 皿に載ったその特徴的フォルムは、まさに肉まんだった。

 米は家畜用のエサとしては少量は流通しているが、人の口に入るほどの品質には至っていない。そこでこの国でも普通に手に入る、小麦粉で皮を、たまたま手に入った醤油で味付けして餡を作ったようだ。

 お姉さまの努力の結晶である。


「これよ、これこれ。ピザまんやカレーまんもなかなかの出来だったけど、やっぱり醤油ベースのこの味は別格よ!!」

「お姉さま、わたしも!わたしにも!!」


 厨房でお姉さまの成功を喜びつつ、ぴょんぴょんと跳ね回る。

 ねぇ、十歳の少女ならこんな感じで間違ってないかしら?


 生まれた時から前世の記憶持ち、死ぬ前はアラサーだった「私」にとって、幼子の演技は死ぬほど恥ずかしい。しかし、あまりにも老成しすぎてて変な目でも見られるのも困るので、全力で年相応を演じている。

 前世ではできなかった我儘な妹役、という役柄さえも楽しませてもらっている。

 恥ずかしいと思ったら、負けだ。


 「妹」は昔から料理が好きで、得意だった。

 「私」は食べて、片づけるだけの役。

 つまり、料理の類の才能はなかった。


「お待たせ、チェル。熱いから、気をつけてね」

「はぁい、お姉さま!」


 蒸し立てホカホカの肉まんは、懐かしい味だった。


「美味しいです!」

「そう?よかった。おやつ用に甘いのも用意してあるからね。でも、食べすぎて夕飯が入らなくならないようにね」

「はぁい」


 返事をしながらも肉まん一つをお上品に平らげた。

 ふと、調理台の上を見ると、なにやら大き目の二段重ねの箱が目に入った。


「お姉さま、これはなんですか?」

「ああ、それは明日のお弁当用の箱よ」

「お弁当箱、ですか。ずいぶん大きいですね」

「まぁ、二段になってるからね。といっても、お弁当の肉まんが入るのはこの上だけで、下には消石灰を――といっても、わからないか。持っていくのは大変だけど、出来立て熱々の肉まんが食べたいがために用意した特製の弁当箱なの!」


 消石灰。

 運動場の白い線などを引く、白い粉。

 雨が降ると、激しく化学反応を起こして熱を発する。

 ああ、だとすると……

 お姉さまのお弁当への情熱、恐るべし。




 翌日、その大きな箱を抱えたお姉さまの背中をお見送りした。

 午前中のお姉さまにこれといった動きはなかった。

 それはお昼時、事件は起こった。


 リーファイ・ザグデン。

 海の向こうにある遠国の色を色濃く受け継いだ、公爵家の三男。

 しかも、黒髪黒目でメガネとくれば、お姉さまの趣味ど真ん中。

 不思議なことに、昔から小物の趣味と打って変わって、なぜか「妹」の好む男性の見栄えはえらく地味だった。あと、妙にメガネ男子に執着してた。それはよく覚えている。


「チェル、どうする?」


 分け与えたおやつのチョコまんをほおばる精霊の言葉に、わたしはふぅ、と息を吐いた。


「いつもみたいに、邪魔してこようか?」

「いいわ。今のところは、変に邪魔しないでおいて」


 確か、リーファイ様は第二王子の側近だったはず。

 もしかすると、彼の指示でお姉さまに近づいたのかしら?




 お姉さまが帰って来るのを、玄関ホールで待つことにした。

 大分前からスタンバっていたら、たくさんの木箱とマグロ一本を抱えた訪問者が訪れた。


「ザグデン公爵令息、リーファイ様からこちらへお贈りするよう頼まれました。ヤン、と申す者です」


 厳つい見た目や言葉遣い、木箱はまだいい。

 その背に担いだマグロは何なんだ、マグロは!

 わたしの大好物だ!!


 たまたま両親とも不在だったので、とりあえず怯える使用人たちを宥めて下がらせ、わたしがヤンさんをもてなすことにした。

 玄関ホールに木箱を組み合わせて簡易調理台にし、その上にマグロを置いてもらった。


 そこで使用人を下がらせてしまったことを後悔した。

 わたしには料理スキルというものがなく、お茶の一つも上手に入れられないのだ。

 なんで紅茶って、私が入れると苦くて渋いものになるのかしら。


 仕方ないので、わたしはヤンさんを自室へと招待した。

 十歳の子供に何かするとは思えないし、いざとなったらわたしにはフューリーの加護がある。


「あの――私が言うのは何ですが、大丈夫ですか?」

「ええ。実はヤンさんに折り入って頼みがあるんです」


 週末に王宮へ行くこと、そのために男性視点でどんなドレスが素敵に見えるか、アドバイスが欲しいと、それらしくお願いしてみた。彼は公爵家の使用人というくらいだし、無骨な見た目に反して優しさがその鋭い瞳に見えたので、無碍にされることもないだろう、という打算も多分に含まれていた。


「そうですねぇ。何でもお似合いで、可愛らしく見えますが――」

「可愛いじゃダメなのよ。大人っぽく見せたいの!」


 第二王子とさしで話すのには勇気がいる。

 そもそも、その場はわたしにとっての戦場だ。身を固めるための鎧として、可愛いだけの見た目ではなんとも心もとない。


「せめて、第二王子殿下の目に、子供っぽく映りたくないのよ」

「ほほぅ。お嬢は第二王子殿下が憧れの存在なんですね」

「憧れ……そうね、きちんとお話をしてみたいの」


 対等の関係として。

 わたしはその場に立ちたかった。

 見た目で子供と見下され、侮られたくはない。


「それでしたら、そちらはいかがです?」


 数着のドレスの中からヤンさんが選んだのは、真珠色の柔らかな輝きを持つ、ほぼ真っ白なドレス。わたしの年相応の華やかな飾りはないが、細かな刺繍や要所にレースがあしらわれたシンプルな物だった。


「お嬢の真っ直ぐな思いの表れ、ってやつを表すのに、何物にも染まってない色、ってのはどうかと思いまして」


 驚いた。

 それほど期待はしてなかったけど、ヤンさんは本質を理解できる人のようだ。


「ありがとう。これにするわ」


 わたしはそっとその白いドレスを抱きしめた。


「ところで、ヤンさん。あなた、お年はおいくつかしら?」

「こんな形してますが、実はまだ二十を越したばかりです」

「ご結婚はされているの?」

「は?あ、いや、こんな強面の異国人に嫁いでくる奇特な女人などおりません。お恥ずかしながら、独身です」

「あら、では、あなたの周りの女性は、見る目がないのね」


 ヤンさんはキョトンとした後、気持ちいいくらいに大笑いした。


「そんなこと言われたのは、お嬢が初めてです。お嬢の恋がうまく行くこと、陰ながら応援させていただきますね」


 ヤンさんの笑った顔は思っていたより幼く、くったくなく見えた。

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