20.お姉さま、わたしにちょうだい?
わたしはチェルシー・ミューズリー、伯爵令嬢だ。
見た目はかなり可愛らしい。ゆるいウェーブのかかった絹糸のような金髪、透き通った翡翠のようだと言われる瞳に色白な肌を彩るのは桜色のほおに唇。おそらく十人中十人はうらやましいくらい可愛いと言ってくれるだろう。
しかしわたしは、自分の容姿があまり好きではない。
ちょっと――いや、大分派手な色彩だからだ。
鏡を見る度、落ち着いた感じの容姿を願えばよかったと後悔する。
そんな暇もなかったけど。
それもこれも、全部が全部、あのふざけた自称神ってやつのせいよ!
来週から、妹――いや、お姉さまが王立学園に通う予定だ。
わたし知ってる。
学園入学が、だいたい乙女ゲームスタートの合図だって。
でもまぁ、ここは乙女ゲームを模した世界。
必ずしもゲームが始まるとは限らない、はず。
お姉さまはおっとりした見た目に反して、中身はせっかちでうっかりの残念な子。
可愛い系よりキレイ系美人という容姿を希望したお姉さまは、澄んだ水にほんの少し空色を落とし込んだような髪色に、冬曇りの晴れ間のような灰空の瞳。涼し気な配色だが、緩やかにカーブを描く眉と垂れ気味の瞳が優しげな印象を与える儚げ系の美人だ。
「髪飾りに加護はつけた?」
「あのさ、チェル。本人に守護の加護つけてるんだし、毎度毎度、聞き耳の加護って必要?バレたら怒られそうじゃない?」
「必要よ。守護の加護はなんらかの危険を遠ざけるため、物理的、精神的なものに単純な毒物。お姉さまの身を守るのに、備えは十二分にするの。交友関係も把握しないと心配だから、盗聴――この世界では、聞き耳ね。映像まで見れないのは残念だけど」
「そこまでするの、過保護っていうんだよ?」
自称神がわたしにつけてくれた精霊のフューリーは、その体自体がぼんやり発光していて、半分透けているような存在だった。はぁ、とため息をこぼし文句を言いながらも私の言った通りにしてくれた。
短い髪はツンツン跳ねまくっており、大きな黒目がちな瞳は感情を表さない。精霊に性別はないようだが、わたしにはなんとなくいたずら好きな男の子、といった風に見えていた。
サイズはわたしの両手のひらに収まるくらいで、羽も生えてないのに不思議なことに常に空中に滞空していた。
そして、精霊は決して『いいもの』ではない。
本来なら決まった主など持たず、自分勝手で気まぐれな存在だ。
魔法のない世界だが、精霊には魔法のような不思議な力がある。主にこの世界の情報を集めるために、わたしはその力を存分に使わせてもらっている。
フューリーは『普通の』人間には見えず、どこにでも行ける。
その特性を生かして、私は居ながらにしてこの世界の、または社交界の噂を余すことなく耳にすることができた。
その上、フューリーには『加護』という、魔法のような術がある。
それは人や物に対して付与でき、先ほどのように髪飾りに『聞き耳の加護』を付けることができる。その名の通り、周りの音を拾ってくれる。
いわば、盗聴器の送信側だ。
受信側はわたしなので、これでお姉さまの生活はこちらに筒抜けである。
お姉さまを幸せに長生きさせることが、わたしの今世での目標だ。
「お姉さま、その髪飾り素敵!わたしにちょうだい!!」
わたしは、我儘なかわいい妹を演じる。
そうして、加護のついた物を定期的にお姉さまに押し付ける。いつも同じものを持ち歩くとは限らないからだ。そして、「私」は「妹」の好みなら熟知しているのだ。
基本的にキレイでかわいいものが好き。
移り気なので、性格的に飽きたらすぐ別の物に目移りする。流行にも弱い。
わたしの好みとは正反対。
「私」は質のいい、落ち着いたスタンダードな物が好みだった。結局は長く使い続けられる物とは、そういうものだったから。
お古はイヤだ、と言って、妹は安くても新しい物を欲しがった。
私のお古、物としては上質でいい物だった。だけど見た目が地味、妹はその辺も嫌だったらしい。まぁ、一般的な日本の家庭だったので、早々新品ばかり揃えられなかった背景もあったのだろう。前世の母もまた、割と昔気質で物を大切にする性格だったようだ。
そんな正反対な性質を持ってはいたが、「私たち」はかなり仲がよかったと思う。
「これからお姉さまが通う学園には、本物の王子様が通ってらっしゃるんでしょう?お姉さまだけ、ずるい!」
「ええ。でも、学年は違うし、お会いできるかどうかはわからないわよ」
転生して困ったのは、先に生まれていた妹――お姉さまが六つも上だったこと。
どうあがいてもこの差は埋まらない。
「そうね、チェルは可愛いから、いつか王子様が迎えに来てくれるわよ」
「違うわ、お姉さま!いつか、じゃないの!会いに来てくれるのを待ってなんていられないわ!こちらから会いに行くくらいしないと!!」
「あ、はい」
学内の噂だって、先んじてフューリーから仕入れている。
わたしはすでに、「彼」を見つけていた。
――いつか君が幸せになれるよう祈ってるよ
その『声』は、何度も脳内で繰り返される。
言葉に込められた意味もわかる。
頭では理解しているけれど、心が拒否する。
この世界の「彼」に会って、わたしの、「私たち」の恨みをぶつけたかった。
でも、「彼」とは普通に会うことすらできないのが現状だった。
まさかこれは、自称神の意趣返しなんだろうか。
「学園にはこれをつけて行ってね。絶対、約束よ!!」
「ありがとう、チェル。でもこれ、私には派手じゃない?」
「そんなことはないわ。反対に、お姉さまにはこれくらい華やかな色味の方が映えると思うわ」
どうか何事もありませんように、と祈るように色鮮やかな髪飾りをお姉さまの髪に飾った。
しばらくは、お姉さまがこの髪飾りをつけていてくれるだろう。
わたしは満足げにニッコリと微笑んだ。