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16.閑話ーリーファイ視点03ー

 本当に来てくれた。

 公爵家の厨房に立つ彼女を見て、改めて実感していた。


「よかったらこのエプロンを使ってくれ。母が愛用していたんだ」

「えっ、そんなのお借りしていいんですか?」


 父が母専用に作った、フリルがたっぷり使われた真っ白なエプロンを差し出すと、グウェン嬢が伸ばしかけた手を引っ込めた。


「今では誰もそれは着ないから――むしろ、着てもらいたい。制服が汚れたら、困るだろう?」


 放課後に直接来てもらったので、彼女は学園の制服のままだった。

 その言葉に納得してくれたのか、恐る恐る手を出され、「汚さないようにします」と言ってやっとつけてくれた。それじゃあエプロンの意味がないんだけど。


「リーファイ様のお母様もご自分でお料理されてたんですね」

「ああ、レシピ本も作ってくれたんだが、誰も母独自の文字が読み解けなくて」

「独自の文字?」


 見た方が早いかと、母のレシピ本を手渡した。

 一応、大事にしまっておいたものだが、誰が見ても母の文字が読めなかったのだ。遠国出身のヤンですら、そのような文字は見たことがないと言っていた。


「これって……」


 レシピには料理の材料や手順や分量くらいが記されているだけのはずだった。

 しかし、グウェン嬢がそのレシピを見た瞬間、顔を強張らせた。


「書き込んじゃ、まずいですよね?紙とペンをください」


 彼女の言葉に、慌てて数人が動いた。

 そして、彼女は真新しいノートに、母のレシピをすらすらと書き写していった。

 皆が驚きに固まる中、小一時間もした頃、彼女は全てのレシピを写し終えていた。


「とりあえず、これで、お母様のレシピでお料理できますね。今日はこのレシピ通りに作りましょう!」


 彼女から手渡されたノートは、几帳面な小さめの文字でびっしり埋まっていた。回し読んでいた料理人たちも歓声を上げている。

 母は父のために作る遠国料理は、必ず自分一人で作っていた。作るところは見られても、料理人たちに詳しいレシピは秘密にしていた。

 本職に作られたら、そっちの方が絶対美味しくできるのが悔しいから、と言って。

 だから、我が家の料理人たちは似たようなものは作れても、なぜか母の味とは違うものになっていた。それはそれで美味しかったが。


「あなたたちのお嫁さんがこの味を覚えたいって言ってくれたら、一緒に料理するのが夢なの」


 それまでは門外不出よ。

 そう言って、母は幸せそうに笑っていた。

 誰も予想だにしなかった、母の早すぎる死さえなければ叶った夢、だ。


「リーファイ様?」


 その声に、俺の顔をのぞき込むグウェン嬢に視線の焦点が合った。


「す、すまない。少し、ぼんやりしてた」

「お疲れですか?どっちにするか、決めていただこうと思ったのですが」

「大丈夫だ。それで、何を決めればいいんだ?」

「カレーと肉じゃが、どちらがいいですか?」


 懐かしい、母の味が舌に甦った。

 幼い頃はどっちも好きだった。

 どっちか?

 どちらかひとつだけ、か?


 母のレシピが再現されたのなら、どちらか片方を別の日に作ってもらえばいい。しかし今、どちらを選べ、と言われたら……決められない。

 俺は眉間に皺をよせ、逡巡した。

 なぜかカウントダウンが始まり、より焦りが生じる。


「あああ、どっちにするか、選べないぃぃ」


 俺はとうとう頭を抱えて座り込んだ。


「選べないなら、両方作ればいいじゃない」

「キミは天才か?!」


 ならば最初からそう言ってくれ、と言いたかったが、してやったりと満面の笑みを浮かべる彼女の顔を見たら、そんなことはどうでもよくなった。

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