15.閑話ーリーファイ視点02ー
大人しい令嬢だと思い込んでいた。
よくよく考えてみたら、肉まんを大口開けて食べようとする令嬢なんてそうそういない。
穏やかな見た目に引きずられたせいで、前提からして間違っていたのだ。
「殺されるかと思いました」
「すまない」
確かにご令嬢からすれば、マグロ切包丁を構えたヤンはさぞ怖かっただろう。
さすがにやりすぎた、と思ったので即謝罪の意を示した。
「すみませんでしたぁ!頭を、頭を上げてくださいっ!!」
泣きそうな声で、俺の謝罪姿勢は止められた。
母からの教育で、「誠心誠意謝るときの体勢」と教えてもらったのだが、遠国の風習は場違いだったのだろうか。
「お気持ちは受け取りましたから!こちら、お約束のものです」
昨日一緒に届けたお重が戻って来たが、中身はずっしりと重い。
中身をあれこれ想像すれば、口元が緩んでしまった。
「では、お渡ししましたので」
なんだ、渡すだけでもう行ってしまうのか?
「今日は一緒に食べないのか?!」
思わず引き留めてしまってから、しまった、と後悔した。
昨日、あれほど釘を刺されたのに、また彼女に関わろうとしてしまった。
すると、彼女は俺が噂で困るだろうから、とこちらの身を心配していた。
一瞬、返答に詰まった。
なぜなら、この見た目を蔑みながらも、爵位目当てにすり寄る人間ばかりを見てきた。純粋に俺の「立場」を心配してくれるような人間に会ったことなどない。
そもそも婚約者がいるなら、異性と二人きりで会うことなどしない。そう伝えると、なぜか嬉しそうな表情を浮かべた後、残念そうにしょんぼりと肩を落とした。
「ご存じかと思いますが、週末に第二王子殿下との顔合わせが決まってますので……」
「ああ、そのことなら、大丈夫」
もう思いっきり目の前に姿を出したことで、吹っ切れた俺はすべてを話すことにした。
「だから君と一緒にいることは、ある意味公認なんだ。キミが気になるなら、明日からは個室を予約しよう。別々に入室すればバレないし、人目も気にならないしな?よし、そうしよう!」
俺はあくまでもあいつの命令を遂行するために、彼女にそう提案した。
もっと遠国料理が食べたいだとか、もっと彼女のことが知りたいだとか――そこに、妙な下心はない。
ない、と思う。
彼女の家の料理人は最高だ。
メニューに統一性などはあまりないが、とにかく遠国の家庭料理をいろいろ詰め込んでくれている。いや、それこそ遠国料理の多様性か。
今日は、温かい味噌汁まで用意してくれた。
母が「カリュウダシがあればもっと楽なのに」とか言いながら、作ってくれたやつだ。
この懐かしい味を俺だけで味わえることに、心の中で父や兄に詫びた。
「本当は煮魚や煮物、鍋物なんかも用意したいところなんですけどねぇ。お弁当に汁物はちょっと」
「頼む!!」
彼女のその言葉に、俺はまたしても地面に身を投げた。
――ら、無言で彼女に手を出されて、立たされた。
意外に情に流されてくれないな、冷静だ。いや、慣れたのか。
彼女に無理を承知で伯爵家の料理人の貸し出しを頼んでみた。
しかし、その答えに俺は驚いた。これらの料理は彼女――グウェン嬢が作っていたのだ。
率先して厨房に立っていた母を知っている俺にしてみれば、そのこと自体に驚きはない。
この国では、貴族令嬢が料理しようと思うのが、そもそも珍しいことだった。令嬢が刃物や火で怪我でもして跡でも残ろうものなら、傷物として婚姻に差支えが出るからだ。
そんなわけで、無理に頼むわけにもいかなくなった。
落胆が顔に出てたようで、グウェン嬢を困らせてしまったようだ。
「あの、リーファイ様さえよろしければ――私が料理を作りに行きましょうか?」
詫びの言葉を口にしようとすると、機先を制された。
「い、いいのか?」
彼女が――グウェン嬢が料理を作りに来てくれる。
断らないといけない、という冷静な思考に反して、口から転がり出たのは確認の言葉だった。首肯する彼女に、知らず、口元が綻んだ。
――グウェン嬢のこと気に入ったなら、そのままプロポーズしちゃえば?
ふいに、あいつの言葉を思い出した。
まだ、き、気に入ってなんかない。
彼女の食事の食べ方がキレイだとか、柔らかに笑う笑顔が心地いいだとか、美味いものが作れる料理上手、だと思っている、けれども。
でもそれは俺が勝手に思っていることであって、彼女が俺のことをどう思っているかどうかはまた別の話だ。
彼女は、俺のことをどう思っているん、だろう……
落ち着かない気持ちに蓋をして、俺は関係各所に手を回した。
公爵である父、グウェンの両親である伯爵夫妻。あいつに、グウェンを家に招待する、と伝えると、何でもお見通しだ、とばかりに嫌らしい笑いを浮かべられた。
なにが、「いい結果を期待してる」だ。
ほんと、あいつは性格悪い。