14.閑話ーリーファイ視点01ー
「ほらほら、もう泣かないの」
「だって――みんな、僕の髪と目の色は変だって、汚い色って」
「ファイは母様の髪や瞳の色も、汚いって思う?」
「おもっ、思わない!!」
母様のさらりと背に流れ落ちる豊かな黒髪も、濡れたように煌めく黒い瞳もすごく綺麗だ。父様だっていつも褒めてる。
「遠国の者はみんなこの色よ。母様はこの色を誇りに思っているわ」
上の兄二人は、それほど母様の色を継がなかった。せいぜい髪色は栗色にクルミ色といった、暗い茶系だ。
故郷から遠く離れたこの地に嫁いできた母は、大変な苦労をしてきた。だけど、それらすべてを跳ね返し、または受け流してきた。
「遠国なら、この色はむしろ目立たないし、誰も変だと思わないわ。いつか一緒に行きましょうね」
そう言って微笑む母は、とても強い人だった。
その約束が守られることはなかったけれど……
「すごく、落ち着く色合いです」
初対面の彼女はそう言って、諂いも媚もない笑顔を浮かべた。
完璧な演技力だな、とも疑ったが、不思議と態度にも不自然さは感じられなかった。ならば、と無理を承知でお願いを持ちかけてみれば、困ってはいたが了承してくれた。
試すように、遠国出身のヤンを使いにやってみた。
すると、ヤン本人すら肩透かしを食うほど、家ぐるみで偏見や差別のある態度も見られなかったという。
あの伯爵家一家がかなり変わっている、と言ってもいい。
こんな自然体な態度で接してもらったのは、初めて――いや、二度目か。
一度目は、そう、あいつ。この国の第二王子もまた、俺に対してなんの不快感も示さなかったっけ。あいつに言われた時は単純にひたすらむかついた。
でも、彼女は――グウェン嬢のその言葉と笑顔は、なんとなく死んだ母を思い出させた。
髪も瞳の色も、容姿だってどこも似ていない。
それでも、彼女はなぜか記憶の中の母を彷彿とさせた。
「本人に気付かれないように、っていったよね?」
はぁ、と大げさな溜息を目の前で吐かれ、ちょっと、いや大分イラっとさせられた。
「何で目の前に出た?頭におがくずでも詰まってるの?」
「あああ、うるせぇ!文句言うなら、てめぇがやれ!!」
「黒幕が出ちゃ、意味ないだろう」
翌朝の、学園の生徒会室。
生徒会室、とはいうものの、中にいる人員は生徒会長の第二王子と俺の二人だけだ。
「まったく食べ物につられるとは――でも、遠国料理が作れる料理人を抱えているとは、遠国に由縁でもあるのかな?」
「うーん。ミューズリー伯爵家にそんな噂はなかったはずだ」
「はぁ、バレちゃったんなら仕方ない。リーはそのまま彼女に近づいて、どんな子なのか引き続き調べといてよ」
「ああ、そのつもりだ。今日の昼にも会う。遠国料理の弁当を作ってきてもらったんだ」
「うわ、職権乱用」
どの口が言う、と拳を振り上げれば、両手で頭を守られた。
閉ざされた空間だからこそこんなこともできるが、本来なら護衛に切り殺されるな、この絵面――などと思っていると、始業の鐘が鳴った。
「そんなにリーがグウェン嬢のこと気に入ったなら、そのままプロポーズしちゃえば?」
「は――えっ?!」
「だって、リーのこと理解してくれるご令嬢なんて、そうそう見つからないんじゃない?できたら、土曜の顔合わせ前には、結果が欲しいな」
俺が動揺しているうちに、あいつは手をヒラヒラさせながら、優雅に退場していった。
本当にあいつが何を考えているのか、俺は未だに理解できない。
まるで地に足がついていないようで、ふわふわとしていて捕らえどころがない。
「いや……まさか、な」
ふと、浮かんだその考えに俺は頭を振った。
あいつはいつ死んでもいい、いなくなってもいい、というような、生への執着心がないように見える。最近は妙に、身辺整理をしているようにも感じる。今だって、先ほどまで散らかっていた机の上の書類が、きっちりと整えられている。
半年前のとある夜会で、あいつは婚約破棄騒動を起こした。
そのせいで、今、新たな婚約者の選定を行っているが、結果は芳しくない。
この年になってからの婚約者探し。そのせいで、年齢的に釣り合う令嬢が高位貴族におらず、例えいたとしても対外的に悪い噂のある殿下に嫁がせたくないのか、なんだかんだ理由をつけてお断りされた。そこで、仕方なく爵位を下げて婚約者を探しているところだ。
現在、白羽の矢が立ったのは、グウェン・ミューズリー嬢。
家格は中位の伯爵で、本人はそこそこ整った容姿、成績も中くらい。
しかし特に目立ったところもないため、第二王子からはどんな人物なのかの調査を直々に頼まれたのだ。初手から失敗してしまったけど。
しかしそれ以上に一番の問題は、本人が新しい婚約者を作ろうという気迫がないことだ。
最近では王太子殿下夫妻の間に、待望の第一子である男児が誕生した。
お世継ぎが無事生まれ、第二王子は三年後の王太子の即位と共に王弟として大公の位を授かることが決まっていた。
婚約破棄された元婚約者は、第二王子側近――カリウスの幼馴染で、現在その二人は婚約を結んだ。
そしてもう一人の側近、ブライアンと第二王子の専用侍女が、長い春を経て婚約にたどり着いた。
「これでまた一つ、やり残しが減った。後はリーだけかな」と意味深に呟いた第二王子。
ここのところ、毎日きっちり片づけられる机。
王族なのに、私物の数が妙に少なく、むしろどんどん消えていってるような気すらする。
血を残さなくてはいけない王族なのに、婚約者を作ることから、のらりくらい逃れようとしていること。
一つ一つは些末なことだ。
考えすぎだ、と思う自分がいる。
でも、心には言いようのない不安が燻っている。
本鈴もとっくに鳴っていたけれど、嫌な考えから抜け出せず、俺はその場から動けなかった。