13.まずはその手を離してください!
「何の用だ?」
「ひどいなぁ。誰が君に彼女を引き合わせたかわかってる?感謝されこそすれ、罵倒される謂れはないはずなんだけど?」
「お前の不始末に感謝されることはあっても、感謝することはねぇ!」
「リー、さっきから口の悪さが駄々洩れだぞ?」
「え……あっ?!」
リーファイ様は口元を覆うと、みるみる顔色を悪くした。
「グウェン、これは、その――っ」
「グウェン嬢は、リーの目つきや口調が怖くないかい?」
「いいえ?むしろ、リーファイ様の意外な面が見れて、うれしいです!」
両手を握って力説すると、第二王子殿下が驚いたように目を瞬かせた。
「これは――リー、変わっ、いい子と巡り合えたようだね」
「グウェンが『かわいい』のは当たり前だ」
リーファイ様が両腕を組んで、胸を張ってよくわからない自慢?をした。
たぶん、それ違う。
第二王子殿下は変わった子、と言いたかったんだろうけど、奇跡の言葉のつながりでそう聞こえただけだと思います。
脳内で突っ込んじゃったけど、リーファイ様の口から可愛い、なんて言われて平静でいられない。顔に出ないよう、必死にツッコミでごまかしただけである。
「ま、まぁ、な。おまえも彼女に関しては、稀にいいことしてくれた。その点だけは感謝しなくもない」
ものすごーく不本意そうにだけど、そう言ってリーファイ様はプイっと顔を背けた。
ちょっとちょっと、耳が真っ赤なんですけど?
いきなりのそのツンデレ何?!
私の貧困なボキャブラリーじゃ表現できなっ……もうダメぽ。
「え、なにそれ怖い」
ドン引いた顔で、第二王子殿下が半歩後ずさっていた。
「リーが素直だなんて、これは明日雷が――いや、天変地異の前触れか?!」
「ねぇよっ!!なんだよ、お前の方こそ失礼だなっっ!!」
「そうだ、明日と言えば」
リーファイ様を華麗にスルーして、第二王子殿下がクルリと私の方を向いた。
「グウェン嬢との顔合わせは中止になったけど、リーと一緒に王城へおいで。キミたちの婚約届の書類、王族の権力使って今日中にまとめるから」
「えっ……あ、ありがとうございます?」
「リーがいいやつなのは、保証するからさ」
そして、さり気なく手を握られた。驚いて顔を上げると、至近距離にキラキラしい美形が!
時間にして秒の間、見つめ合った。
「……君が運命の人かと思ったけど、どうやら違ったみたいだ。残念」
寂しそうに笑う第二王子の顔が眼の前から消えた。
「彼女は俺の運命だから」
なんか恥ずかしいセリフと、この、視界を塞ぐ胸板と背中に感じる腕は……
ちょっまっ!
え、えっ?
だっ抱きしめられてるぅぅう?!
「明日は必ず行くけど、顔合わせのために空けていた時間、少しいいか?」
「何か用でも?」
リーファイ様のウデの中で固まる私を他所に、リーファイ様は第二王子殿下と会話を続けている。
「あー、グウェンの妹が、お前にものすごく会いたがってる。その、少しだけでいいから、時間を作ってやってくれないか?」
「グウェン嬢の妹?」
「ヤンに聞いたんだけど、それはもう、楽しみにしてるんだそうだ。『殿方の意見を聞きたい』って、何着も並べたドレスを見せて、どれが似合うだの、どれが大人っぽく見えるかだの、付き合わされたって」
「チッ、チェル、いえ、チェルシーが、ですか?!」
ヤンさんと言えば、あのマグロ解体ショーの時か。
私が帰宅する前に、そんな一幕があったとは。
チェルシーの心臓は鉄かと思ってたが、とんでもない、さらに上の鋼鉄製だったようだ。
「すみません、第二王子殿下。妹は殿下に憧れておりまして、顔合わせの場には私の付き添いとして一緒に行く予定だったんです」
「妹君っていくつ?」
「私の六つ下の十歳です」
「その年なら、ろくでなし王子の噂を聞いてないのかなぁ?」
第二王子が首をひねりながら、尋ねた。
「た、たぶん?」
「それじゃあ、物語の王子に憧れているようなものか。そんな純粋な子の夢を壊すのは、さすがに心苦しいねぇ」
あまりにも気軽な第二王子殿下の態度に、つい、私の口も軽くなってしまった。
ダメじゃん、第二王子を「ろくでなし」と決めつけるのは!
不敬罪で、物理的に首が飛んでしまう!!
「す、すみません!失礼な物言いを……」
「別にその通りだから。もともとその時間は空けてたし、グウェン嬢の可愛い妹君のために理想の王子様を演じるくらいなら、お安い御用さ」
演じる必要もないくらい、もともと理想の王子様だけどね、と第二王子殿下が冗談めかして了承してくれた。
あやうくまたチェルシーに泣かれるところだったが、助かった!
「あ、ありがとうございます、第二王子殿下、リーファイ様。あと、ヤンさんにもお礼をお伝えください」
私は深々と腰を曲げてお礼をしようとして――リーファイ様に拘束されたままだったのを思い出した。
リーファイ様、まずは私を解放してください!




