11.そこ、トチる?
遠国料理を食べたい、というご希望だった。
奥方のレシピ本を見せていただいたので、とりあえずメニューのバランスやなんかは置いといて、片っ端から作っていった。奥方のレシピは別のノートに書き写して残しておいた。これで、この家の料理人の方も、これから同じ味を再現できるだろう。
中華で言うなら満願全席。
料理人さんたちの協力のもと、種々雑多な大量の料理の数ができた。
やりきった私は、満足だ。
「とりあえず、こんなところでよろしいですか?」
お借りした真っ白でフリルのついたエプロンを外し、汗をぬぐう。
いや、特に汗はかいてないけど、なんとなく。
「今日は、大変勉強になりました」
「いえ、こちらこそ図々しくも厨房を使わせていただき、ありがとうございました」
ついでに我が家用にと、今日作った料理の数々をお重に詰めてもらってる。
両親と妹も遠国料理が好きなので、ありがたい。
「では、お嬢様はこちらへ」
厨房入り口にメイドさんが迎えに来てくれた。
外も暗くなってきたし、帰りは馬車で送っていただけるようなので、安心だ。
公爵家の馬車なんて、どんだけ乗り心地がいいんだろう。楽しみである。
「ふぁっ?!」
思わず、変な声が出た。
メイドさんに案内されたのは馬車止めではなく、なぜか客間だった。さすが公爵家、素敵な客間――なんてボケてたら、あれよあれよと裸に剝かれ、バスタブにドボン。
数名体制で洗われ、マッサージで磨かれ、いつの間にかドレスに着替えさせられていた。
そして、気付いた時には食堂の椅子に座っていたのだった。
「グウェン嬢、今日はあなたのおかげで、久しぶりに亡き妻の味を楽しめる。ありがとう」
美丈夫なザグデン公爵様が優しい微笑みを浮かべながら、直々に声をかけてきてくれた。
悲鳴はなんとか飲み込んだ。
おかしい。
用が済んだらそのまま帰宅の予定だったのに。
「すごい量を作ってくれたんだね。ああ、これなんか母上の得意料理だった」
「私はこの味付けが好きだった。懐かしいなぁ」
公爵家のご長男に次男、リーファイ様の兄君たちだ。
長兄様も次兄様もそれぞれ美形だ。なにこのイケメンパラダイス。
「さぁ、冷めないうちにいただこう」
公爵様の言葉で、晩餐が始まった。
全てが洋風な中で、テーブルの上だけ異文化。和食に中華のバラバラな料理が並んでいる。それらを器用に箸を使って召し上がる、公爵家の方たち。
うん、カオス。
そういえばリーファイ様の反応はどうかな、と気になった。
真横に座っている彼の方を横目でチラリと伺うと、箸が動いていない。そのまま視線を上に上げれば、なぜかリーファイ様が私を凝視していた。
「召し上がらないんですか、リーファイ様?」
「え…あっ!いや、その――」
食欲旺盛なリーファイ様にしては珍しく、箸が進んでない。
「リー、お前が食べないなら、グウェン嬢の手料理、私たちで全部いただくぞ?」
「だっ、ダメだ!そんなに欲張るなよ、リュー兄!!」
次兄様の言葉に、リーファイ様は猛然と目の前の皿を平らげ始めた。
その食べっぷりにホッとして、とりあえずお腹の空いていた私も箸を伸ばさせてもらった。
「時に、グウェン嬢。リーファイの無理な願いを聞き入れてもらい、感謝する。失礼を承知でお願いしたいのだが、もしよかったら、今後も気軽に来訪していただきたい」
公爵様の言葉に、うれしさと共に残念な気持ちが湧いた。
「私は週末には第二王子殿下との顔合わせを控えております。本当なら、今回も来るべきではなかったのですが……」
未婚女性である私が、男性の家においそれと行くのは普通はよしとされない。
いくらリーファイ様は側近とはいえ、私は第二王子殿下との顔合わせ前。今回の訪問だってグレーゾーンだ。
「その点なら問題ない」
カタン、と乾いた音をさせて、リーファイ様が椅子から立ち上がった。
「あいつは最初から、こうなることを見越してたみたいだ。こんな風に手のひらの上で踊らされるのは癪だけど――」
私の横で膝をついたリーファイ様が、私の右手からそっと箸を外して横に置いた。
そのまま右手を軽く握りこまれる。
レンズ越しの三白眼が柔らかく細められ、その唇から優しい声が零れた。
「グウェン、俺のモノになってくれないか?」
はて?
なにがどうしてそうなった?!
そんでもって、手ぇ!
しかも何ですか、いきなりの名前呼び捨て。
待って、心臓が持たない。
「俺じゃダメだろうか?」
「あ、あの……?!」
「俺は公爵家の人間だけど、三男だ。もちろん、婿入りも可能だ。ですよね、父上?」
リーファイ様の目線を追えば、鷹揚に頷かれる公爵様。
「キミは最初から、俺を奇異の目で見なかったよね?会話してもその印象は変わらなかった。むしろ、俺は好印象を持った。遠国料理に精通していて、しかも料理上手」
まぁ、前世日本人ですし。
お米と黒髪メガネ男子大好きっ子ですし。
好みのイケメガネにお願いされれば、そりゃ、ご飯何てなんぼでも作ったりますわ!!
「むしろ、俺にとって、惚れるなって方が無理だよ!もし、キミさえよければ、俺と婚にゃくしっ……」
あ、噛んだ。
リーファイ様は真っ赤になって、口元を片手で覆い隠した。
兄上たちは爆笑し、公爵様はわざとらしい咳払いをして肩の震えを誤魔化していた。