精霊との契約
嘲笑っている。私を。
酷く楽しそうに。
母の腕にすがりついて、ただ恐怖に身を震わすことしか出来ない私を嘲笑っている。
「……これより、洗礼に移ります。」
無情にも時は進む。皇太子の前で、洗礼を終えなければならない。皇太子のまえにたち、魔力を見せ、精霊と契約し、オーブリーであることをバラされる。
これを、今から私は乗り越えなければならないんだ。
最悪の場合、その場で婚約発表なんてこともあるんじゃないだろうか、この場へ来る前に考えていた事が、懸念されることになるなんて。
後ろにはフォスカレータ侯爵令嬢がいる。きっと彼女も皇太子の登場に胸をときめかせているだろう。もしかしたら自分の為に今年来てくれたのではないかしら、とでも思っているかもしれない。
だが聞けば皇太子はあまり彼女のことをよく思っていない。今の皇后は元フォスカレータ侯爵令嬢。彼の実の母親などではなく、自分を邪険に思い、命さえも狙ってくる皇后の姪などに好感など抱くわけもないけれど。
フォスカレータ侯爵令嬢は現在皇太子妃候補の筆頭。相当処理したがっているでしょう。
この場は絶好の処理のチャンス。
そして、私は最高の処理の道具。
「………………。」
「……リリー………………。」
お母様の声が震えている。お父様も険しい表情を浮かべていた。
どうすればいい?どうすればここを乗り越えられる?
オーブリーであることを隠し通せる方に粘ってみようか。いや、準備も何もしていないのにリスクが高すぎる。
どうしたら皇太子から逃げられるの?
……最初から、皇太子から逃げ切ろうだなんて、無理な事だったんじゃないだろうか。不可能な事に足を突っ込んで、ただみんなを不安にさせただけ。
ああ…………。
私はどうしてこんなに愚かなの。リリアンだったらもっと、本物のリリアン・ベドフォードだったら、もっと上手くやれてたんじゃないかしら。私よりも賢くて美しいリリアン。
(リリー、お父様が絶対守ってあげるからね。)
(リリー、大好きよ。)
(俺たちがいる限り絶対守ってやる。俺たちの可愛いお姫様。)
(愛しているに決まっているじゃないですか!!)
私のせいで、みんなが危険に晒される。
私のせいで………………。
(お嬢様。)
不意に頭の中で声が響いた。お嬢様、といつも優しい声で呼んでくれる。私を叱ってくれる。愛してくれる。
栗色の髪に新緑の瞳をもつ美しいあなた。自分の事はいつも後回しで、じぶんの幸せはいつも後回しで、私を小さい頃から支え続けてくれたオリビア。今日だって、泣きそうな顔で……
(お嬢様、お気を付けて。)
オリビア…………。
「……、〜〜〜っ! あぁもうっ!」
しっかりしなさい!リリアン・ベドフォード!!
「リ、リリー?」
突然大声をあげた私をお母様たちが呆気に取られたように見る。
幸い周りの人達は皇太子に夢中で聞こえていなかったようだ。
当の私はきっ!と皇太子を睨みつけた。
私が失敗すればオリビアが泣くわ。私が泣けばオリビアも泣く。
守るって、決めたじゃない。
「とことん回避してやる……!」
そう呟いて笑みを浮かべると、皇太子はわずかでも驚いたようだった。形の良い目が見開かれる。でもそれは一瞬のことで、直ぐに彼の顔にも挑戦的な笑顔が浮かび上がる。
予想通り、リリアンの美貌に対してあまり興味はないみたい。
手段の第十七、色仕掛けはなしということで。
「ミカエル・ファブリーチェ」
「は、はいっ…………」
初めに呼ばれたのはファブリーチェ伯爵令嬢だった。
マグノリア神官様の声とともに、深いブラウンの髪をもつ小柄な女性が立ち上がる。足取りは重く、顔色からしてかなり緊張しているようだ。
初めに呼ばれることさえ注目されるのに、その上皇太子までいるとか……。
階段をおずおずとおぼつかない足取りで登る後ろ姿を見て、気の毒すぎて胸の前で手を組み心の中で応援を送る。
頑張って……!
「水晶玉に手を。」
「……っ、はい…………」
ファブリーチェ伯爵令嬢がゆっくりと水晶玉に手を置く。会場の緊張が高まり、ごくりと息を飲む音も聞こえてきた。
……どんな風に光るんだろう。本では何回も読んだけど、実際には見たことがないから……。
彼女の手が触れた部分からじんわりと水晶玉に光が灯り始めた。内側からにじみ出るような、柔らかな光だ。神秘的な光景に息を飲んで僅かに身を乗り出す。
色は茶色、土の属性の一種だろう。長年農業や商業を中心にして事業を展開しているファブリーチェ伯爵家にとっては喜ばしい魔法属性だ。
周りから歓声が上がり、会場の緊張感が解けていく。伯爵令嬢も笑みを浮かべて自身の手を見つめている。
水晶玉が光始めてしばらくすると、彼女の頭上から光の玉が降りてきた。
「お兄様、あれが……」
お兄様を振り仰ぐと、ライお兄様が頷き返した。
「ああ。彼女を選んだ精霊だ。」
光の玉は彼女の前で止まり、ふわふわとただよっていた。これから自分の主となる人物を前にはしゃいでいるのがよく分かる。
パァァッと光が放たれ、光の玉が実態をもち始めた。
「わぁ……。」
「キュイイイッ!」
真っ黒でつぶらな瞳、赤茶色の胴、頭頂部から背中にかけて生えている草花。
「下級精霊のミルワだわ。」
草木や花が大好きで、よく森でかくれんぼをしている人懐っこい精霊だ。優しく温厚で植物が育ちやすくすることの出来る魔法を使えるため、伯爵令嬢にはぴったりの精霊だった。
ファブリーチェ伯爵令嬢も目を輝かせて目の前のミルワを見つめている。
「契約しますか?」
「は、はいっ致します!」
「キュイイイイイ!」
ミルワのあまりの可愛さに胸を打たれ、皇太子の存在など頭から消える。
胸の前で手を合わせ、伯爵令嬢に拍手を送った。
「ミルワ……可愛いですねぇ……。」
「リリーならミルワくらい千匹以上は降りてくるぞ。」
…………それはいいかな。




