私の決意
「リリー?どこにいるの、リリー?」
私を呼ぶお母様の声が聞こえ、頁をめくる手を止めた。(精霊の道筋)と背表紙に書かれた本を棚に戻し、白地に金で装飾を施された書庫の階段をおりる。
下りてすぐにある、本来書物を読むためのスペースの開けたホールには、大量の本が積み重なっており、今にも雪崩を起こしそうだった。実際は魔法で滑り止めをかけてあるから倒れてくることはないのだけど。
そんな本たちの間から、不安げな面持ちのオリビアが顔をだした。手に私が散らかした本を持ち、菜の花色の瞳を曇らせている。
そんなオリビアを落ち着かせるように微笑みながら言った。
「それじゃあ、行ってくるわね。」
洗礼祭のために着飾っている私の姿をしばらく無言で見つめたオリビアは、つかつかと近寄り、私の手をぎゅっと握った。
私を心配しながらも、どうすることも出来ないとわかっているんだ。受けて立つしかないことを。
「……お気をつけて。」
「分かってるわ。」
洗礼祭には16歳になった本人と、その家族しか行けないことになっている。邸宅の外へ出る時でさえ共にいるオリビアとも、今日は離れなければならない。
小さな頃からそばに居続けてくれたオリビアにとっては、不安で仕方がないんだ。
「帰ってきたらきっと驚いてくれるでしょう?素敵な精霊を連れて帰ってくるわ。」
「お待ちしております。」
強く頷き返して、オリビアの手を離した。開かれた扉の前に立つお母様の元に駆け寄る。
「行きましょうか」
「はい。」
お母様の形の良い唇が弧を描いた。お母様は血色がいいから、唇に何も塗らなかったとしても、美しいコーラル色を保っている。だからいつもは何も塗っていなかったり、塗ったとしても薄い色なのに、今日だけは濃い色の赤リップを塗っていた。
そこまで派手な赤じゃない。お母様の肌の色にあう口紅をサラが選んだのだろうけど、見る人が見ればベドフォード公爵夫人がいつもと違うということぐらい分かる色をしている。
普段の優しい雰囲気を残しつつ、強気な印象を植え付けるメイクに、いつもよりも体のラインがわかる深い緑のドレス。
恐らく私を攻撃してくるであろう者たちへの警告、公爵家は国よりも娘を選ぶという意思表示にも見える色彩だった。
「……お母様、」
そんなお母様を見て不安になってきてしまった。私の為にその身を滅ぼすことだけはして欲しくない。私は、まだ国よりも自分の身を優先する覚悟が出来ていないのかもしれない。
「……リリー。お母様ね、」
お母様が書庫の扉を閉めながら言った。
「リリーが大好きよ。」
「…………。」
不意に泣きそうになってしまった。
いままで何回も聞いてきたその言葉が、今回はちがった響きで聞こえてきた。
お母様は私の薄桃色の瞳が好きだと言ってくれる。ふわふわ波打つ淡い金色の髪も、透き通るもちもちの肌も、優しいその心も、全てを愛してると言ってくれる。
私のこの容姿が、お母様たちに何をもたらすのだろうか。
小説の中では、ベドフォード公爵家への処罰については何も描写がなかった。でも、リリアンを処刑するぐらいなのだから、お父様たちはリリアンの為に手を尽くしたはずだし、皇太子はそんな公爵家を見逃すはずもない。それぐらい、小説の中で皇太子は天使に溺れていた。
だけど16歳になってもまだ私は皇太子の婚約者となっていない。
この変化がお父様たちの未来にどう作用するのか。
1番いいのは、私が無事に皇太子から逃げ切って、お父様たちにも何も害が及ばないこと。考えられる最も最悪な結末は、
お父様たちへの処罰が、早まること。
「っ…………はぁ、」
この日まで何回も、何千回も考えてきた。
私はこの世界の人間じゃないけど、精霊の愛され子、リリアン・ベドフォードでもないけど、私に愛をくれたみんなを守りたい。
ううん、守ってみせるわ。必ず。




