公爵家の跡継ぎは精霊に愛されていました
全身に冷や水をかけられたようだった。アゼンタイン公爵家は王国でもかなり力をもつ家柄だ。もしアゼンタイン公爵家がオーブリーの献上を進言すれば、他の貴族も一気に騒ぎはじめることだろう。
無言で彼とルアン様との距離をとる。もはや目を隠す必要はない。
魔法で攻撃するわけにもいかない。逃げても無駄。脅すものもない。
………どうしたらいい? どうしたら………
「心配しないで。君を悪いようにはしないよ。」
私が体を強張らせ睨み付けていると、突然あわてたように口をひらいた。いきなりそんなことをいわれても信用できるはずもなく、いつでも魔法を使えるように足に力をいれる。
「申し訳ありませんが、信用できません」
「本当なんだ。どうしたら信じてもらえるかな。」
彼は困ったように眉を下げ頭の後ろへ手をやった。ルアン様がまた大きなあくび。気を抜きすぎではないだろうか。
"オーブリーよ。クララが言っていることは本当さ。"
言いながらルアン様が私の方へ近づいてきた。
最初こそ身構えたがよくよく考えてみると、精霊は嘘をつかない。
信じてもいいのかもしれない。そう思って体の力を抜く。
「………!? ル、ルアン様!?」
目の前の光景に仰天した。ルアン様が私に向かってひざまずいていた。
これどういう状況!?貴族精霊が人間にひざまずくなんて!
「あっあのっ!?」
"いやぁ、さすがに敬意は払っとかないとと思ってね。さっきからすごい圧力だし。今回のオーブリーはとんでもないな。"
!? どういうこと!
"ほらクララ。ちゃんと挨拶しろ。"
「うん。」
話の主導権は彼に移った。とりあえず座ろうか、と言って近くにあったティータイム用のような机のそばにある椅子を薦められる。恐る恐る座りながら思う。
………まだ不安だけど、信じてみてもいいかもしれない。こっちはまだ七歳。こんな子供にまさか傷つけるような魔法をかけることもないだろうし。
「さて。じゃあ自己紹介だ。僕はクララック・アゼンタイン。アゼンタイン公爵家の一人息子で、後継者だ。」
相手が名を名乗ったのなら、こちらも名乗らないわけにはいかない。
「………リリアン・ベドフォードと申します。ベドフォード家の長女です。」
彼が頭を傾けた。腑に落ちないような、ちょっと可笑しいような顔をしている。
「リリアン令嬢?今年で七歳だと聞いたけど、ずいぶん大人びているね。まるで年上と話しているみたいだよ。」
………!
意外な言葉で面食らった。てっきりオーブリーであることについて何か言うと思ったのに。
「………そうでしょうか。」
「うん。それだけ聡明なら社交界に出ても被害を被ることはないだろうね。」
社交界。表舞台の具体的な例を出してきている。私がオーブリーであり、それを隠そうとしていることを知りながら言っているんだ。
自らオーブリーであることについて私に聞くのを避けてるってことね。無理に聞き出すんじゃなくて、私から話すのを待っている。わたしの意思を尊重したいから。
「………アゼンタイン公爵家の将来は安泰ですわね。」
「………やっぱり年上に見えてくるよ。」
彼がクスッと笑った。それだけでずいぶんと空気が和らぐ。
「クララック様、とお呼びしても?」
「もちろん。」
それを聞いて、膝の上で握りしめていた手をほどいて、ほんの少し笑みをうかべる。彼が安心したように息を吐いた。