転生したら赤ちゃんでした
「魔法使いの王国」として栄えた国、ランカルディア王国。
貴族のみならず、その国民でさえ魔力を持ち、常に魔法が溢れる国であった。
その中でも、皇族の持つ魔力は比べ物にならないほど強く、近隣諸国を支配する帝国でさえ顔色を伺うこの国は、間違いなくその時代、大陸で最も権威を握っていた。
そんなランカルディア王国の片隅にひっそりとそびえる屋敷がひとつ。
王城からはるか離れたこの屋敷を、人々はこう呼んだ。
『精霊の隠れ家』と。
◇◇
「ーー!……まえは、……が悪い!」
「うるさ……!ーだって、ーーー!」
きゃんきゃん子犬が吠えているかのような騒ぎ声。
まだ子供かしら。寝ている人の横で騒ぐだなんて、保護者は一体何をしているの?
瞼を開けられないままに、私はそう眉をひそめた。
なんだか体がぽかぽかしていて、腕を軽く動かすと、毛布がかけられているのが分かった。
温かいわ。このままもう一度眠りたい…。
けれどその時、一際大きい叫び声。
「おい!いい加減にしろよ!」
「……っうるさい!リンリンが起きちゃうだろ!」
「……うぅ〜」
うるさいわね。
子供は嫌いじゃなけど、さすがにここまでくるといらつくわ。
聞いている感じ喧嘩をしているのは二人だけのようだけれど、誰も仲裁にはいらないの?
「っほら!……っお前のせいで起きちゃった!」
「なっお前のせいだろ!」
可哀想に。
片方が泣き出してしまったみたい。ここは私が止めるしかないわね。
少し注意をすれば静かにしてくれるかしら。
とにかく眠くて仕方がない。出来ればこのまま目を開けずに寝転がっていたい程に。
とにかく静かにしないでも、私から離れてくれないかしら。なんだってこんなに近くで喧嘩をするのよ。
「だあっだぅうあ〜(ちょっと君たち〜)」
……?
「……だ?」
「喋った!」
「しゃべった!」
あれ?もう一人赤ん坊でもいたのかしら?そうなったらこのまま寝ている訳にもいかないじゃない。
こんな幼い子達と赤ん坊を放置していくだなんて、どんな親よ。
溜息をつきながらまぶたを開ける。
あまりの眩しさに、手で覆いを作ろうとした時、目の前に現れたヒトデに目を疑った。
「おううあ……あい?(この手は……なに?)」
「なんかしゃべってる!」
「静かにしてよ!聞き取れないじゃん」
私が握ろうとすれば拳になる。
開こうとすれば開く。これは、間違いなく私の手だわ。
この…赤ん坊のような手が!
「あいいおえあ!(私の手が!)」
そして、先程から聞こえてくる赤ちゃん言葉が誰のものなのか、嫌でも分かってしまう。
呂律が回らなくて、顔を触ろうとすると太い二の腕がつっかかる。
そして、眩しさに慣れてきた視界に映る、私を取り囲む木の柵と、覗き込む四つの藤色の瞳。
あどけない頬と口元。
その子たちがまだ私よりもずっと幼い子供だということは分かるのに、彼らは巨人のように大きかった。
「あ、あい……?」
「おはよう〜。リンリン、よく眠れた?」
「おい!リンリンじゃないっていってるだろ!」
「うるさいってば!何回言ったら分かるのさ!」
目に入ってくるのは、その向こうでキラキラしてる大きなシャンデリア。
それと木の柵の向こうにある白と紫を基調に整えられた家具。手に引っかかるふわふわの毛布。
ここ、どこ…?私は、一体どうなっているの?
「ゃ、はぅ………?」
ついさっきまで私が何をしていたのか、全く思い出せない。
いや、でも間違いなく赤ん坊ではなかったことだけは確かよ!
私の住む国に、この子達のような神々しささえ感じさせる程美しい金髪と、宝石のような藤色の瞳の人は居ないし、こんなに高級そうな家も見覚えがない。
西洋のような雰囲気があるけれど、だとしたらなぜ私は言葉を理解出来ているのか説明がつかない。
「……?」
「あれ、静かになっちゃった」
あまりのことに頭がこんがらがって、黙ってしまった私の頬を、眼鏡をかけた方の男の子がつつく。
その男の子には、私の周りにある木の柵は高いみたい。
頑張って背伸びをしている。
そこではた、と気がついた。これはベビーベッドなのだと。
「おーあいやああ!(どうなっているの!)」
自分の口から発せられる言語に絶望するしかない。
腕も満足に動かない。
しかも、周りに大人はおらず、この騒がしい小さな巨人が二人だけ。
あれ?これ、私詰んでるのでは?それ以前に、この状況を考えるにまさか私…。
転生した……?
「きゃぁ~~~~………………」
吃驚して気の抜けた声しか出ない私を見る二人の男の子。
よく見れば幼いにも関わらず、恐ろしい程整った顔立ちをしている。
イケメンに成長する遺伝子しか持ち合わせていないみたい。
「ん?どうした?? やっぱりフワリン·アイバジークの方がいいよな!」
私は、ただの本好き新卒社員23歳で、良くもなく悪くもない人生を送っていた、ただの一般人だったはずよ。
私が転生だなんて、そんなこと、あるわけない。
そう思った私の頭に次に浮かんだのは、そう、夢。
私は夢を見ているんだわ。そうじゃなかったら納得できないもの!
「そんなださいのはやめろ。カイはセンスがわるい!」
と言いながら私の頬を再度つつく。
まだ力加減を知らないのか結構な強さで、痛みすらあった。
けれどその痛みで私が夢から覚めることはなく、ただ呆然と二人を見つめる。
「このほっぺを見てみろ!これは、外国の言葉でぴんくって言うらしいんだ。だから、このこの名前はピンクだ!」
「だせぇ」
ださいわ。
けれど今はそんなことはどうでもいい。間違いない。私は…。
異世界に転生してしまったのだわ。