47話 「自罰と救い」
「取り決めはこんな所かな。そちら側に不満はない?」
両の掌を打つ軽快な音を鳴らし、ルシカの頬が柔和なものに切り替わる。その表情は一仕事を終えたばかりのように爽やかで、砂煙や土で汚れた姿がどこかアンバランスだ。
機嫌良さそうな声に、息苦しそうな声が返る。
「いいえ……あるはずも、ない」
「では、君たちが乗ってきた豪奢な機械馬と馬車はこちらで接収。互いに手出ししないと保証するのは機人族の五人だけ。この内容を龍と精霊に誓いとして捧げても構わないけど……」
「ふ……しばらくは……誓約とも従令とも、関わりたくありませんね……」
謹んで辞退いたします、と息も絶え絶えに斧が言う。
どうにか上半身を起こした彼の隣には短剣が控え、提供された聖絹を彼の肩や背中に巻く作業に追われていた。
燕尾服をはだけさせ露出させた上半身なまるで剣山だ。
内側から鉄筋や歯車が飛び出す痛々しい姿に、呆れたルシカが眉をあげる。
「ハルも大概だったけど、君も呆れるほどに頑丈だね。よほど腕のいい鍛冶族の仕事だと推察するけど、一刻も早く調律師に診てもらうことを勧めるよ」
「……仕向けた貴女に言われると……立つ瀬が」
「先生、これ以上は喋らないで。傷が開きます」
甲斐甲斐しく寄り添う少女が、キッ、とルシカを睨む。
彼女は斧の治療に使う道具類こそ提供したものの、治療自体を手伝おうとはしなかった。
短剣が必死に治療する間も遠慮なく斧に話しかけ、ついには息も絶え絶えの相手に対して一方的な和解交渉を始める彼女への視線はやや冷たい。
「休戦の形を整えるまではお互い仇同士。その解消を最優先しただけなのに」
「……」
「君たちを縛った従令契約書の破棄に貢献し、貴重な聖絹を提供しただけでも破格の待遇だと思わない?」
返事代わりにふい、と視線を逸らす。
彼女の黒曜の瞳に見据えられると、何故か身が竦んでしまう短剣は思わず師の背中に隠れてしまう。
そんな様子に斧は苦笑いを噛み殺すと、息を整えてから向き直る。
「もちろん……ご厚恩には、いずれ報いる次第」
どんな不利な条件だろうが斧側は呑むしかなかった。そんな状況にも関わらずルシカが突き付けた要求は拍子抜けするほど容易かった。
仲間の機人族を引き連れて早々に撤収すること。
そして――
「『いずれ来たるべき時、ただ一度に限り無条件で、貴女のために力を振るう』――確かに承知しました。龍と精霊の前に誓いを」
「不要だ。自らを追い詰めるほど義理堅き男の言葉に、誰の保証がいるものか」
胸を打たれるような明朗な返し。
斧が顔を上げた時にはルシカは背を向け、一陣の風で舞い上がった長い黒髪を白磁の指で抑えながら遠ざかっていく。
「狸亭の冒険家たちに見付かる前に山を降りなさい。彼らが君たちへの報復を考えていても不思議ではないし、私もそれを止める言葉は持たないし、責任も感じない」
当然だ。あくまで結んだのは口約束。
まして龍と精霊へ捧げる契約の中に、この場に居ない狸亭を含めることはできない。
いま行われた和解交渉は非公式のものであり、龍が与り知る事柄ではない。
ならば、彼女の忠告は素直に胸に刻むべきものだ。
遠ざかっていく黒い背中を、ただ見送るつもりだった斧だが、ふと。
「……『亡霊』と。貴女は自分をそう呼んだ」
「――」
「あれは、どこまで本気で? その名は――」
不吉の、代名詞であるはずなのだ。
裏社会において様々な異名を持つ影の黒幕。
あらゆる陰謀論に名を踊らせる社会の仇敵、悪党の長。
関わりを持った全ての者を不幸のどん底に叩き込むとされる厄災の象徴――『亡霊』はいつしか都市伝説と成った。
黒尽くめの少女は、首だけで振り向くと、そっと唇に人差し指を当てて艶然と微笑んだ。
「ふふ、ふふふ。さあ行きなさい。死の淵に長居するものじゃない」
ニタリ、と。
斧の機械仕掛けの体が芯から冷えていくような笑みで。
「亡霊に、出くわすからね」
くすくす、くすくす、くすくすと。
耳の奥で含み嗤う少女の声が木霊する錯覚がした。
機人族らと別れ、その姿も声も無くなった森を歩きながら、ルシカはのんびりと顔を上げる。
「良かったのかい? 仇を取らなくても」
「……気付いてたのかよ」
声のした方向に視線を向ければ、バツの悪そうな顔をしたキーファが茂みの奥から姿を現す。
大仰に肩を竦めて少女はウィンクをひとつ。
「カマを掛けただけ。気配とか私が分かるはずもないし」
「……クソ」
出なきゃよかった、と舌打ちを打つ青年と横並び、歩く。
「殺せるもんなら殺してやりてえよ」
「うん」
「あいつらの事情なんか知ったことじゃねえ。親父たちを殺したのはあいつらなんだ。笑いながらコレットを傷物にしやがったんだ。一生許してなんかやるもんかよ……」
けれど、とキーファは己の無力さを噛みしめて。
「絵を描いたのは、テメェらだ。それに乗っかって、生かしてもらった俺たちが、テメェらが決めた決着にケチ付けるなんて、みっともねえこと、できるかよ……」
その答えを出すまでにどれほどの苦悩があっただろう。
家族を目の前で惨殺された恨みを晴らす好機を見逃す、と決断するのはどれほど苦痛だっただろうか。
けれど彼らは冒険家だった。
危険を承知で選んだ道への自負と覚悟が、キーファに見栄を張らせた。何しろ彼自身も、自らの手で倒した銃身の命を奪えなかったのだから。
人殺しへの忌諱ではなく、恐らくはもっと心の奥底にある良心に従って。
「少し大人になったんだね」
慈しむ表情が妙に癇に障ったので「ざけんな」と拗ねた声で唸る。
それから先ほどの機人族たちの様子を思い返し「別にどうでもいいんだけどよ」と枕詞を添えた上で、尋ねた。
「……あいつら、これからどうなるんだ」
「平穏な日々は望むべくもない。従令に強制されていたとはいえ、人間を憎み、人間を殺め、その在り方を一度は良しとしたのだから。今更自由を与えられても、という部分はあると思うよ」
人形師の糸が切れようと、糸の切れ端はずっと人形に付きまとう。
憎悪も衝動も、そして罪科も全て彼ら自身のものだ。
癒えがたい心の傷は、長く、長く――あるいは永遠に彼らを苦しめ続ける。
どんな幸福の中に在ろうと、自分の手に染み付いた血の色を思い出し、胸を掻き毟るほどの苦痛を得るだろう。
「いつの日か、彼らは自らの定義を定めなければならない時が来る。善人の側に立ち、一生を苦しみながらも正しく生き抜くか。悪党の側に立ち、それがどうしたと開き直って間違いを重ねるか」
「……その口ぶりだと、アンタはどちらでもいいって感じだよな」
「その過程にある苦悩こそ、彼らが受けるべき罰だよ」
不思議とその説明に憑き物が落ちるような感覚がキーファの中にあって、彼は物憂げな顔で呟いた。
「じゃあ、あいつらも俺も、同じじゃねえか……クソ」
一生、罪悪感を引き摺って生きる同じ穴の狢。
運悪く悲劇という怪物の顎に飲み込まれ、その中で無我夢中になりながら起こした行動を、誰よりも自分自身が許せない――その立場だけは、何も変わらない。
――もう、奴らを憎むべきではない、かもしれない。
キーファの冷静な部分がそう囁く。
これ以上憎悪を抱えていたら、ただでさえ弱いキーファの心が他者に責任を求めてしまう。
それではだめなのだ。彼らはキッカケに過ぎないのだから。
マゴーたちを守れなかったこと。
コレットの一生を台無しにしかねない傷を負わせたこと。
全てはキーファの短慮と無鉄砲のツケなのだから。
機人族を赦せない。
その意地だけは何があろうと譲れないけれど。
「助言しても?」
「……なんだよ」
「以前、君に言ったね。『どんなに自分を罰しても救われやしない。死なせてしまえば謝ることも、許してもらうこともできない。永遠に、永遠に苦しみ続ける』んだって」
自分の浅慮でコレットを殺してしまった、と思い詰めた時の、黒尽くめの少女の言葉。
唇を噛みながら頷いた。
あの言葉は今も楔となって心中深くに突き刺さり、絶えず痛みを与え続けている。
「分かってんだよ……俺はずっと、苦しい思いしながら生きていかなきゃなんねえんだって……」
「コレットは、生きているんだよ」
妹分の名前に、キーファは息を詰まらせ立ち止まった。
ルシカはそっと横目で振り返る。キーファを通して別の誰かを慈しむような――彼女らしくもない、郷愁に似た微笑みがそこにあった。
「彼女が、君の救いだ。謝ることも許してもらうことも、全部、生者しかできない特権だ」
「お前……」
「だから彼女を大事にしなさい。君の罪悪感を何度だって肯定してもらいなさい。離別の悲しみも、機人族への憎しみも、二人で分け合いなさい」
そうすれば、と続ける彼女の唇が少しだけ、何かに耐えるような形を作って。
「君はきっと、大丈夫だよ」
言い終わると、そのまま歩き去ってしまう。
あれほどふてぶてしく傲慢で人を食ったような態度の彼女があの瞬間、儚くて、吹き消えてしまいそうなほどで。
その微笑みはまるでキーファを――否。そんなはずがない。
彼女がキーファに『羨望』を向ける理由なんて、有るはずもないのだ。
馬鹿げた考えを振り払い、掌に視線を落とす。
「――救い、か」
救済が生きている誰かにしか与えられないのであれば。
(機人族もいつか――)
いつの日か、救われるのだろうか。
人を傷付け殺した罪も、ただ一人だけ助けられなかった傷も、生き残った彼らが互いに支え合い、救いとなるのであれば。
「俺にも、いつか……」
自分を許せる日が、来るのだろうか
誰かの手を借りて、誰かに肯定されて。今も胸を掻き毟る苦痛が和らぐ日が訪れるのだろうか。
涼やかな風が髪を撫でた。
頭を撫でられるような感触に、キーファは空を仰ぐ。
澄み切った青い空の先で、誰かが笑ったような気がした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「大地に根差す母なる精霊よ……御身の子らが大地に還ります。天を翔ける父なる龍よ……昇る魂を慈したまえ」
コレットによる鎮魂の祈りを聴きながら、ハルもまた狸亭の二人に並んで祈りを捧げた。
眼前の不格好な四つの墓は全てハルの手製だ。見付かった三人分の遺体もハルが全て運び、埋葬した。損壊した家族の遺体をキーファたちに運ばせることは憚られたのだ。
だが、正しい形を保っているのはザジの墓だけだ。
猿顔と狗人族の二人には刻むべき名前がなく、マゴーの墓には遺体が埋められていない。
(結局……マゴーは見付けてやれなかった)
彼の、人の良い笑顔と気遣いに救われた。
そんな彼に何一つ返してあげられなかった。遺体も、遺留品さえも見付けられなかった。
土砂崩れはマゴーの命どころか、存在そのものまでを飲み込んでしまった。
「……ここなら、親父も寂しくはねぇよな」
「うん……」
墓の場所は崩れた土砂の近くと決めた。
『火精の禊』を始めとした鎮魂の儀も、都市の外で命を落とした冒険家には無縁である場合が多い。その時はせめて遺体を地中に埋めて『土精の微睡み』だけを執り行うのだ。
幸い、王都に近いドゥロン山林道はミトラ教の手が届く範囲であった。
彼らに願い出ることで遺体は改めて回収され、正しく『火の禊』を含む四つの行程によって大霊園に葬られるはずだ。
死後の魂にはきっと安らぎがもたらされるはず、と信じて彼らは祈りを終える。
――ルシカが祈ろうとしなかったのが、気がかりだが。
「……そろそろ行こうか。そちらも道中、気を付けて」
祈りの後は二手に分かれることが決まっていた。
黒棺を所定の場所に運ぶという本来の役目はハルとルシカの二人で請け負い、重傷を負ったシオンとコレットの二人はキーファと共に王都へと帰還する。
「あの……ほんとに馬車を使うのが私たちでいいんでしょうか? ハルお兄さん一人で黒棺を担いで行くなんて」
「簡潔だけど滑車も作ったし大体は下り道だから。代わりと言っては悪いんだけど、シオンのこと頼む。本人が嫌だって言っても治癒師の所に連れてってくれ」
念押しするとコレットが苦笑いする。
人間嫌いの弟が大人しく治療を受ける想像がつかないし、その想いはコレット自身も共有したようだ。
「任せて下さい!」
コレットは薄い胸を張って、荷車の中に押し込まれたシオンを見やる。ぐったりと体を投げ出し精も根も尽き果てた剣士が、億劫そうに目を開けた。
「いいですか……兄さん」
ハァ、と熱い吐息を漏らして。
「帰ったら、約束通り、肉串ですから……」
「お前マジでブレねぇな」
膝の力が抜けるような弟のマイペースぶり。その不変こそが何よりハルの心を軽くする。
額に手を当てて溜息を付いていると、更に「肉串ぃ……」と亡者のように呻くので、安心させるように何度も頷いた。
「分かった。分かったよ、もういらないってぐらい腹いっぱい食わせてやる。だから先に戻って、しっかり休んでいてくれよ。約束だぞ」
頭を撫でる。
シオンは気持ちよさそうに目を細めた。
それからじぃ、と苦笑を噛み殺す兄の顔を穴が開くまで見つめた後、ひらひらと手の平を左右に揺らして。
「ばいばい、兄さん」
「ん。後でな」
それから、機械馬の手綱を握ったキーファの号令で走り去る馬車を見送ったハルは、背後で待ちくたびれた様子のルシカへと振り向いた。
しん、と静まった森の中、横倒しになった黒棺に腰を下ろしたルシカが立ち上がりつつ挑発的に目を輝かせて。
「二人旅だね、ハル」
「いや違うけどな……」
ぶっきら棒に返し、黒棺を担ぎ上げ滑車に乗せる。
二人の表情は対照的だ。
ルシカはどこか楽しそうに隣を歩きながら、俯きがちに眉を落とすハルの顔を覗き込む。
「……どうして、そんな顔をするのかな?」
「どうしてって。まだ最大の問題が残ったままだろ……」
忘れたのか? と苦渋の表情を見せるハルに、ルシカは自然体に手をひらひらと振って「分かっているとも」と返す。
「君の従令をどう成就させるか、だろう? 『A』という文言が私自身を含むとなれば、黒棺だけを差し出しても条件を満たせない」
この条件こそが最大の難敵だ。
ハルが助かるためにはルシカを差し出すしかなく、ルシカを差し出さなければハルは従令を満たすことができず龍の天罰が落ちてしまう。
二人の内、助かるのは一人だけだ。
「……お前をむざむざ奴隷商に引き渡すぐらいなら、俺は龍の罰を耐えきる方向に考えを改めるからな?」
「私のために死んでもいいとか、愛の告白じゃない?」
「茶化すなっ」
元々ルシカは自分が助かる手段は考え付いている、と言っていた。幾つかの符丁を託され、彼女自身が『小細工』と評した仕掛けもこの目で見た。
見た上で、ハルの不安は払拭されなかった。
胸に手を当てると心臓の鼓動に異物が混じる感覚があった。
ハルには分かる。
これが従令の蠢動だ。
二つ目の心臓がちらちらと微量の熱を発して存在感を主張し、土壇場で組んだ浅はかな抵抗を嘲笑っている。
「大丈夫だよ、ハル。全ての障害を私たちは踏破した。後に残る些細な問題など、私たちにとってはただの消化試合だ」
丸まった背を、労わるように撫でながらルシカが片目を瞑る。
「それよりも未来の話をしようよ。互いに虜囚の身だった我々が自由を手にした後の、楽しい未来の話」
「……未来の話」
そうだな、と自然と口元が緩んだ。
二人の道が今後交わり続けるかどうかも分からないけど、未来の展望を語り合うえるのは生きていてこそだ。
戦闘の余波で砕けた並木道を二人並んで歩きながら、ハルは楽しげに顔を覗き込んでくる少女へと苦笑するような曖昧な笑みを向けて。
「自由になった後、ルシカはどうするんだ?」
「そりゃあ世界を牛耳る大商人を目指すけど、直近での話なら水浴びがしたいな。身綺麗にしてから、ふかふかのベッドに飛び込むのさ。きっと気持ち良くて、半日は目覚めない」
想像して、ふと眠気を自覚して目を擦る。
丸一日以上起きて、命のやり取りをしてきたのだ。体は今すぐにでも休息を求めていて、それはきっとルシカも同様だろう。
だが彼らの旅路には従令という制限時間が設けられていて、今日中にドゥロン山林道を渡り切るまでは仮眠の時間も取れないのが実情だ。
あと数時間の辛抱だ、と顔を叩く。
「ルシカは眠気、大丈夫か?」
「うん。不思議と体調が良いんだ。それに疲れたら黒棺で休むから、お気遣いなく」
もちろんルシカが上に乗った黒棺を滑車で引き摺るのはハルなので、お気遣いも何もないのであった。
「それよりも君だよ、ハル。帰ったらシタイこと、あるだろ? 死にかけた冒険家は女を抱いて生きていることを実感する、なんて俗説があるよね? ふふ、別に恥ずかしがらなくてもいいよ、さあ言ってごらん?」
「お前はもうちょっと恥ずかしがっていいぞ」
「道中で我慢ならない、とかあったら困ると思って。ほら、男女の二人旅なわけだし。襲われちゃったら困るなぁ、という私の微妙な乙女心を察してほしいというか?」
「純真な男心も察しろよ? 暴発の可能性ゼロじゃないぞ?」
思い返してみれば同じ年頃の女性と二人だけ、という状況自体が経験にないのだ。
ただでさえ今のルシカは体のラインが浮き出る黒いワンピース姿が所々ほつれて大変なのだから、変に意識させてしまう方が危ないに決まっている。
顔の紅潮を抑えらず、からかわれる前にスタスタと足を速めていく。
背中へと愉しげな少女の声が飛ぶ。
「なぁなぁ、聞かせてくれよー。帰ったら何がしたいか、だよー。ちゃんと言わないとよく回る私の口がどんどん君の願いを捏造してしまうぞー怖いぞー」
何でこんなにテンションが高いんだろう――ハルはまとわりつく甘い声を振り払うものの、恐らくは無駄な抵抗に終わるだろう。
彼女に口で勝てるとは思えないのだから。
「ハルー。ハール。ふふふ」
紅潮した仏頂面を眺める。
時折返ってくる短い返事を耳にする。
ただ少年の名をを口にする。それだけで嬉しそうに笑う彼女に、やがてハルは両手を挙げて降参だ、とがっくり肩を落とす。
ふと気が付けば、暗い気持ちはどこかに霧散してしまっていた。




