36話 「弱者の咆哮」
魔弾、命中。
その一部始終を銃身は目に焼き付けた。
銃身の胸を強い充足感が満たす。
思わず慣れ親しんだ習慣に浸ろうと、震える指先で懐の紙煙草に手を伸ばそうとするほどの会心の一射であった。
「気を緩めるな……まだ一人残っている……」
狙いを剣士の眉間に合わせようと照準器を覗き込むと、相手の視線が自分のものと絡み合った。
剣士は端正な顔を苦渋に歪ませ、鬼気迫る殺意を纏わせてこちらを見つめている。
(片割れを失った動揺はあまりないようだが……)
これで観測者は始末した。
今はまだ隙を見せないが、長く一方向を警戒はできないだろう。視線の方角が変わった時が剣士の命が終わる時だ。
弾丸をもう一度精製。
こふ、と吐いた血までが白い光に昇華して銃弾の材料になっていく様にいよいよ限界を感じつつ、装填。
照準器を再び覗き込んで。
(――?)
強烈な違和感が、彼の背筋を凍らせた。
照準器越しに見た景色に、有り得ない光景が映ったような気がしたのだ。
(なんだ、何が……?)
喉奥に魚の小骨が刺さった感覚に似た、致命的な予感。
何十度とこなしてきた狙撃後の景色と、今の目の前の景色に、ほんの僅かな差異が映りこんでいた気がしてならない。
頭部から血を流して倒れる女の目は閉じたまま。
死に化粧を自らの血で彩った相貌は芸術品を思わせるほど美しい――銃身の口端が、押し寄せる不理解に引き攣った。
「――何故、顔が残っている……?」
魔弾は額に着弾すると同時に炸裂し、頭部を消し飛ばすはずだ。肉片を撒き散らし、見るも無惨な死に様を晒すのが標的の末路。こんな、綺麗な死に顔は有り得ない。
しかし銃弾は確かに命中した。
この目で見届け、この指先が手応えを示した。
ならば女が生きているはずが――
『――ふ』
起動したままの通信機から、聞こえるはずのない声がした。
思考が停止する。
心臓を鷲掴みにされるような恐怖だけが全身に駆け巡る。
本能がこの場にいてはならないと訴えているのに、殺したはずの女の死体に釘付けで。
『くふふふ……』
そんな銃身の耳に、怖気立つような笑い声が届いた。
『ふ、ははははっ、ははははははははは!!!!』
「ぎっ……!?」
恐怖に耐えられず悲鳴が口から漏れる。
耳朶を通して頭に鳴り響く女の哄笑は、ギリギリのところで保っていた集中力も精神力も、狙撃手としての矜持もへし折った。
「は、あ……撃ち殺せない相手だなんて……!?」
理解不能、理解不能。
もはや自分一人の手に負える相手ではない、とかろうじて論理的な思考が最大限の警鐘を鳴らして。
「合流を……ッ!?」
『もう遅い』
体が動かないことに気が付いたのはその時だ。
恐怖が身体を縛る、などという間の抜けた話ではなかった。
狙撃姿勢を崩そうとした銃身の背中に、ミシリ、と圧迫感のある何かが圧し掛かっていたのだ。
『私の弾丸がいま、お前に届く』
嘲りを含んだ女の短い断罪が鮮明に耳朶を震わせる。
鳴り響く耳鳴りに混ざって何かが銃身の耳を炙り、そして。
――ぐるるるる……
低く重苦しい唸り声があった。
背中を食い込み抉る爪の感触があった。
禍々しい獣気に満ちた生き物の存在感があった。
「うぁ、ぁ、ぁ」
歯の根が合わない。
恐る恐る首を回すと、黄と黒の体毛をハリネズミのように逆立たせた獣の双眸と目が合った。
体躯は人間と変わらない。
よく目を凝らせば違和感に気付けただろうが、自らに向けられる殺意と威圧感が、魔獣じみた巨体の印象を植え付ける。
「散々、一方的にやらかしてくれやがったんだ……」
爛々と輝く獣の目がくわっ、と見開かれた。
獣性を孕んだ熱い吐息が頬に吹きかかる。
それは、肉食獣が獲物に向ける残忍な行為の前触れだった。
「文句は、ねぇよなァ……!!」
「ぉ、ぉぉおおおぁあああぁあああ!!!」
渾身の力を込めて獣の拘束から逃れようと身を捩る。
銃身の長すぎる愛銃はまるで役に立たなかった。
二度三度の小競り合いの後、獣は銃を掠め取ると見せつけるように目の前でべきゃりと折り曲げた。
「あ、ああ!?」
歪な凌辱に晒された愛銃の末路は、数分後の自分を暗示していた。破滅を前にして銃弾に許されたのは、疑問を吐き出すことだけだった。
「なんだ……!? なんで、なぜっ、どうして!?」
自分は逆転したはずなのだ。
限界を超え、技術の粋を集めて勝利を収めたはずなのだ。
それがいったいどうしてこんなことになった。
恐慌に顔を引き攣らせ、意味のない疑問を断末魔代わりに叫び、そして馬乗りになった獣の腕が振り上がる。
「いつから……こんっ、な、ぁぁ、ガッ、グィギァーー!?」
逃れようと藻掻くが意味はない。
銃身の顔面に、胸部に、腹部に目掛けて手甲を填めた拳が容赦なく突き刺さった。
顎の形が凹み、骨が外れる音が響き、赦しを乞うような無様な悲鳴がその都度あがる。
咄嗟に突っ張った両腕が無造作に掴まれ、べきりと音を立てて明後日の方向へ曲がった。
悲痛な絶叫が木霊するなか、場違いな女の静謐な声音が届く。
『最初からだよ』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「最初から、君を倒すために全員で当たると決めていた。隠密行動に秀でた狙撃手の撃破こそが、私たちが生きて山を出るための最低条件だったから」
キーファの裏切りが発覚する前の話だ。
もっと言えば短剣と邂逅し人形師一座が相手と分かった時から、誰よりもルカは銃身の存在を意識し、常に排除の手段を練ってきた。
「ハルは君と相性が悪い。彼には拳の迎撃に回ってもらう一方で、君に対しては別の手を考えるしかなかった」
残るは足を撃たれ翼を撃たれ腹を裂かれ、と満身創痍の面々のみ。ルシカも含めて運動量は芳しくなく、そのままでは撃たれ放題の的になるしかない。
だから発想を変えたのだ。
憩い場で迎え撃つ際、特定の場所……精霊信仰が残るとされる丘へと、二人を伏せた。
「拠点を襲うのではなく、拠点に必殺の罠を仕込んで誘き寄せようとね。後は想像だ。何をすれば、君が何の疑いも持たずにそこに来てくれるのか。終わりから始まりにかけての逆算だ」
大事なのは、冷静な判断力を奪うこと。
敢えて迎撃戦を展開し、魔弾を撃たせて生命力を削る。
体調の悪化に伴って銃身の判断能力の低下を招き、窮地に至ってなお退却ではなく反抗に固執するよう煽り立てる。
そうした後は頭痛や吐き気に苛まれながら逆転の目を探すだろう銃身に、そっと囁いてやればいい。
『十二箇所の拠点を把握している』
狙撃位置は十三箇所あることを承知の上で。
「拠点の特徴を丁寧に一つずつ言い添えてやれば、君のほうで勝手に十三箇所目を導き出す。敵がその勝ち筋に一点賭けしているとは思わない」
土壇場で唐突に閃いた案を、その時点では名案だと信じて疑わない。
「人は逆転の希望を自分で見つけ出した、と思ったらもう疑わないし、疑えない」
客観性や俯瞰性が取り払われた先に残るのは、信じたいものに縋り付く浅ましい希望だけだ。
「……お前」
「うん?」
「お前、それを僕にも言うべきじゃないんですかね……撃たれても平気とか聞いてないんですが。なんです? それ。何で平気そうにしてるんですか? ァあ?」
殺意を膨らませにじり寄るシオン。
ルシカが撃たれた直後は青い顔を見せた剣士は、彼女の無事に安堵より憤怒の感情が沸いて出たらしい。今にも斬りかかってきそうな勢いにルシカの眉根が寄る。
「平気なものか。私個人の備えは聖絹で急所を守ることだけだった。マナで練った弾丸なら、マナを纏うもの一切を弾く聖絹の本領発揮に違いないとね……とんだ誇大広告だ。まさか衝撃を殺しきれないなんて」
額から流れる血を拭いながらぼやく。
超速度で回転しながら飛来する弾丸の勢いに押され、反り返った首骨がひりひりと痛む。当然受け身なんて取れず地面に背中を強打し、激痛で呼吸もままならなかった。
虚勢を張って笑って見せた自分を褒めたいぐらいだ。
「眉間を撃たれるって分かっていたんですねえ?」
「彼の矜持は単純明快。眉間を一撃で、だ。銃身が出してきた遺体の特徴を把握していれば、眉間狙いは容易に導き出せる」
「へええ、ふうーん、なるほどぉ、そうでしたかあ」
ふふん、と挑発的な笑みにシオンは整った顔立ちを苛立ちで歪ませ、口ぶりだけ感心したような様子のままそっと吐き捨てる。
「……そのまま死ねばよかったのに……」
「心底残念そうに言うな、君……」
ともあれ。銃身は、自身が積み上げてきた罪過を辿られ、そのツケを支払った。ルシカは額から流れる血を拭いながら、小さく息を吐いた。
溜息ではなく賛辞――あるいは感嘆の息だった。
「――心からの賛辞を贈ろう、銃身。私が唯一、危惧したのは自分に飛んでくる銃弾の精度だった」
聖絹で補える面積には限界があった。
額の他に備えが出来ていたのは心臓周辺だけ。
もし僅かでも狙撃の精度が欠けていたならば、ルシカの頭は跡形もなく消し飛んでいたはずだ。
しかも銃身が仕掛けた十三箇所目の拠点はそれまでに比べて倍近い距離があり、更には指先の震えという狙撃手として致命的な欠陥でも抱えていた。
本来、外さないほうがどうかしている。
それでも外さないだろうとルシカは予測した。
技術と精神力に長けた一流の狙撃手なら、必ず乗り越えてくると信じたのだ。
「君の狙撃は外れなかった。見事、見事だ、機械人形――皮肉にも、その絶技たる技術を支えた矜持によって、君は敗北した」
もはや立場は逆転した。
今や狙撃手は狩人にあらず。狩るはずの肉食獣に逆襲を許した哀れな獲物。
「その末路、存分に噛み締め――」
そんな言葉は唐突に打ち切られた。
通信機越しに続いていた悲鳴と打撲音は途絶えて、代わりに獣の咆哮がルシカの耳朶を強く打った。
「ッ……ぁー、ぅ」
咄嗟にルシカは通信機の電源を落とす。
耳鳴りに混ざってはるか遠くから、憩い場まで青年の雄叫びが届いていた。
ぐわんぐわんと頭を鳴らす感覚の奔流に唇を噛んで耐えるルシカを見て、ようやくシオンは機嫌を直すと皮肉の色を込めて。
「もう聴いてないみたいですね」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
機人族の一人をお前が倒せ。
託された地図の指示は、簡潔に言えばそんな内容だ。
薬草樹の鎮痛剤が効果を発揮し、キーファは精霊信仰の碑石が並ぶ丘に身を隠しながら目を皿にして女の指示の詳細を追い続けた。
読み込めば読み込むほどその緻密さに舌を巻かされる。
用意周到な積み重ねの痕跡が地図のそこら中に書かれている。
憩い場を中心とした狙撃拠点の推測。
弾道予測と注意点。
どの拠点を潰しておけば行動の阻害や誘導が可能か。
できるだけ理解しようとしたキーファだが、途中で付いていけなくなって断念した。だが十中八九、機人族はこの場所に誘導されるだろうことは理解した。
だから後は。
キーファが勇気を振り絞れるかどうかという話だった。
ここ数日で機人族という存在はキーファに耐え難いトラウマを刻み続けた。
直接手を下した拳でなくても身体の震えを抑えきれる自信がない。自尊心はとっくに粉々で、失敗した時のことばかりが脳裏をよぎる。
だが、そんな臆病者に力を貸してくれと言った男がいた。
目に物を見せてやれと言った女がいた。
キーファが失敗するとは考えず、必ず恐怖を克服してくれると信じて鼓舞し、重要な役目を託してくれた。
だとすれば、余計なことは考えないほうがいい。
自分は狙撃手を確実に仕留めるため、誘導した未来から逆算して放つ弾丸だ。そう言い聞かせて茂みに潜む。
――その時が来た。
地図に記された通り、青年は突然その場に現れた。
暗闇からゆっくりと姿が浮かび上がる頃には既に狙撃の姿勢を完了させ、引き金に指をかけていた。
ちかり、と魔力が残滓となって暗闇を照らすその瞬間、キーファは飛び掛かった。
「おぉ、おおおぉおあッ!!」
後はもう無我夢中だ。
馬乗りになったままひたすらに拳を打ち下ろす。
許しを請う声も耳に届けず、呻き声が途絶えるまで殴った。
「はぁぁぁ、はぁ、はぁッ……!!」
吊り上がった眦から滂沱の如く涙が溢れる。
それが家族同然の仲間を殺された憎しみから来るのか、機人族に対する拭いきれない恐怖から来るのか、正直言って分からない。
ひとつの感情で語ることもできない涙で視界がぼやけ、その都度にこの二日間のことを思い返す。
みっともなく生き残って。
救いようもなく足掻いて。
見事に何もかもが裏目を引いた、苦痛に満ちた二日間。
家族と呼べる者たちを奪い傷付けた者への報復をこの手で果たしながら、死んだ彼らを想う。
――マゴーとザジを思い返す。
食い詰めて追い剥ぎに手を染めた臭い餓鬼に手を差し伸べ、涙が出るほど上手い飯を振る舞ってくれた親父。一人でも生きていけるよう戦闘技術から食べられる野草の種類まで愚直に師事してくれた兄貴分。
二人がいなければ自分はとっくに死んでいた。
自分の命がどれほどの奇跡に支えられていたのか、その価値にもっと早く気が付けばよかった。
――猿顔の中年を思い返す。
彼のことはほとんど知ることが出来なかった。
口がうまく、雑事にかけては要領がいい癖に土壇場では怯える一般人。
けれど彼の無遠慮な笑い声は不思議と嫌な気持ちにならなかった。もっと時間をかけて知り合えば、仲良く肩を組む未来があったかもしれないのに。
――狗人族を思い返す。
弱くて臆病で役立たずだった彼が最期に残した遠吠えに、キーファたちは救われた。
彼は月を見上げながら息絶えた時、何を想って逝ったのだろうか。
死ぬ間際になってなおも、命を吐き出して吼えた彼は、何を。
「ぅ、ぉぉ……」
悔しかったはずだ。
頭に噛り付いてでも恨みを晴らしたかったはずだ。
無力に苛まれ、恥辱に身体を震わせたはずだ。
狗人族だけではない。
死んだ誰もが、誰かの勝手な都合で死んでいいほど軽い命ではなかった。
「うぉおおぉおおおおおぉおおおおおおおおッ!!!!」
キーファは夜の月に向けて高く高く吼えた。
どこまでも届けと喉が張り裂かんばかりの咆哮をあげ、血で汚れた両の拳も天に高く突き上げ、ドゥロン山脈にあまねく届と喉を枯らした。
勝報と呼ぶには悲嘆に満ちていた。
死者に向けた鎮魂というには荒々しい叫びが山を揺らす。
「ぉおおおぉおおぉぉおおおっ、うおおおおおおおおああああああッ!! がぁああああああああぁああああああああッ!!!!」
マゴーに、ザジに、猿顔に、狗人族に届け、弱者の咆哮。
吼えながらキーファは泣き崩れた。
ただ死んでしまいたいと心を閉ざし、仲間との別離から目を逸らしていた心がこの瞬間に息を吹き返した。
仲間の死を認めて、受け入れる。二度と言葉を交わせないまま生き続けなければいけないことと、ようやく向き合えた。
キーファは胸を引き裂かれそうな別離の痛みを堪えながら、何度でも、何度でも声を張り上げた。
咆哮は、新しい自分の産声となったのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「キーファの気持ちは分かるけどね? でもあんな音量を耳元で聞けば君だって目を回すぞ。すぐ傍にいただろうコレットも良い迷惑だろうさ。ああいうところが粗忽者の証だと思うんだよ、私は」
「兄さん、気にしないでくださいね。この女、決め台詞を遮られて拗ねてるだけですから。そんでもって酷いんですよ、この女。肝心なこと何も話さなくて!」
『お、おう。とりあえず無事でよかった、ほんとに』
ルシカたちとハルが通信機越しに互いの無事を確かめたのは、キーファの咆哮が森全土に響き渡った後のことだった。
銃身の通信機は奇跡的に壊れておらず、改めてキーファとも連絡を取り合い事の顛末の報告を受けた直後、ハルから連絡が入ったのだ。
ここぞとばかりに二人が不満を愚痴ると、通信機の向こう側で苦笑する雰囲気が返ってくる。
『しかし聞けば聞くほど無茶苦茶な手だな……ほんとに大丈夫なのか? 顔に傷とか残ったら大事だぞ』
「顔は商人の大切な看板だからね。そこの処置は怠らないとも。むしろ私は君が心配だ。一番苦しいところを任せたからね、疲れたんじゃないか?」
ハルの声にはさすがに覇気がない。
時折意識が飛んでいる節がある。お互いの無事が確認できた安堵感が、眠気を誘っているに違いなかった。
『あー……それより全部終わった後で拳を回収してほしいんだけど、こういう時って誰に頼めばいいんだ? できれば事が穏便になる相手に預けたいんだけど……』
「呆れた。まさか生け捕りにした敵の今後の心配なんてね。私でも拳の生存は計算の範囲外だぞ。一応考えてはおくけれど」
『……銃身のほうは?』
「そっちも一応生きているよ。仲間の仇の一味を生かす冷静さがキーファにあったのも意外だけど、まあ臆病な彼のことだ。命を奪うまでは躊躇ったんだろう」
ハルが安堵の溜息を吐いたのが機械越しにも分かるので、ルシカは軽く溜息をついた。同時にシオンも同じ仕草をしていたのが何とも心地悪い。
『終わったん、だよな?』
「まだ人形師が残っているけど、大勢は決したと言えるだろうね。もちろん彼自身もある意味では厄介なんだが、彼一人なら十分出し抜ける」
勝利条件は満たした。
脅威だった機人族を無力化したことで敵は攻め手を失った。
その事実をイワンナッシュはまだ認識していないはずだ。
後は黒棺を確保し、キーファらと合流して包囲網の一点突破を行えばいい。それを阻める人員はもう敵にはいない。
「とにかく合流しようか。君の居場所は大体分かるから、休んでくれていいよ」
『……』
「ハル? さすがに寝てはだめだよ? 私たちがキーファたちを回収して向かうまでは我慢して――」
『――いや、だめだ』
返ってきた声は硬かった。
弛緩していた空気が一気に張り詰める声音に、ルシカの表情から笑みが消える。
指先から二の腕にかけて鳥肌が立っている。
耳を合わせていたシオンが肩が緊張に震えたのが分かる。
「ハル?」
返答はすぐには返ってこなかった。
「うわっ……!?」
代わりに聞こえてきたのは、激しい轟音だ。
高速で何かが空気を切り裂くような飛来音と、くぐもった少年の息の音と、遅れて大木が横倒しになった音。そこに混じるような形で、苦しそうに息を吐き出す少年の、切羽詰まった返事が届く。
『絶対、こっちに来るな……!!!』
言葉を掻き消すように複数の破壊音が響いた。
何度呼びかけても返事はない。
音声はかろうじて繋がっているが、向こう側から断続的に続く内容は尋常なものではない。
――比喩でもなく、山が悲鳴を上げていた。
大地が罅割れる音。
遠方に目線をやると引き裂かれた樹木が宙を舞うような、冗談のような景色が見えた。
その凄惨な破壊の渦中に取り残されたハルの通信機が、一つの声を拾った。
『長柄型・槍斧』
通信はそれを最後に途絶えた。
ここまで物語にお付き合いいただいている皆様、本当にありがとうございます! 根気強く目を通していただけて嬉しいです! 楽しんでいただけていれば良いのですが……!( ̄▽ ̄;)
第二章『比翼の出逢う日』もここで折り返し地点……はとっくに過ぎて謝辞のタイミングを逃してしまい、キリの良いタイミングがここしかなく、ご挨拶させていただく次第です。
是非、まだの方がいらっしゃいましたらブクマや評価、一言感想などお待ちしておりますー。モチベーションに変えさせていただきます! よろしくお願い致します!




