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31話 「拳 -フィスト-」





「っ、がああああああ!!!」


 ハルが樹木アジートに拳を叩き込む。

 中ほどからへし折れた樹木を引っ掴むと、四つほど器用に積み重ねて防壁を作成。

 作られた不格好な壁に背を預け、ハルは呼吸を整えた。


「……痛ってえ」


 手の至るところに木屑が刺さって酷い状態だ。

 ゆっくり処置する時間はないので乱雑に払ってから服で血を拭う。

 ハルとしても無意味な森林破壊を繰り返すのは本意ではないのだが、剣ひとつ手元にない現状では樹木だけが武器であり盾だ。


「……やっぱ銃身バレルがいる間は、勝負にならないな」


 狙撃手に特化した――いや、特化しすぎた機人族マキナ

 高度な隠密性を保つため装備は最低限。武器は入念に整備された愛銃ひとつのみ。

 機構兵装きこうへいそうのリソースを暗視スコープや高性能照準器につぎ込む相手には、こうして盾を作って射線を塞いでしまうのが一番手っ取り早い。


 しかし。


「待ってよー!!」


 苦労して積み上げた樹木のバリケードに強い衝撃が加えられた。

 舌打ちしながらその場を離れる。

 襲撃者――フィストが姿を現したのは次の瞬間だ。

 彼女の頑丈な身体は岩石よりも遥かに硬い。

 何度目かの体当たりでせっかくの隠れ家が破壊されるなか、下手な抵抗はせずにその場を離れた。固執すると痛い目に遭うことをハルは学んでいた。


(後、どれぐらい時間を稼げばいい……? あと、どれだけ凌ぎ切れる……?)


 既に破壊されたバリケードの数は四つ目。

 ルシカに教授された情報を元手に攻撃を凌ぎ続けるのも、そろそろ限界が近い。

 二人の機人族マキナと戦って分かったのは、銃身バレルの狙撃は、ハルの頭を消し飛ばすほどの威力を持っていること――何を差し置いても、彼の動向に目を配らなければならない。


「聞いて! 聞いて、聞いてよ、私の気持ち!」


 聞けない。耳を傾ける余裕はない。

 立ち止まってしまえば魔弾がハルの脳天を撃ち貫くことになる。

 姿勢を低くしながら更に森の奥へと退避しながら、悪態が口を突いて出る。


「はぁ、はぁ……あいつの頑丈さも大概ふざけてんな……」


 ハルが時間稼ぎの間に、フィストに見舞った攻撃は三度。

 中途半端な反撃ではこちらの拳が砕けるだけだと学ぶには十分だった。フィスト自身の痛覚が薄いのか、彼女は防御の仕草すら見せようとしない。


 彼女の打倒に必要なのは破壊力だ。

 魔獣の一撃に匹敵――否、それを遥かに凌ぐほどの一撃をハルが用意できない限りは、フィストの動きを止めることなどできそうにない。


【血の――】


 愚痴るハルの耳元で男の声が囁く。

 火力が足りないなら火力をあげればいい。

 分かりやすい解決策が目の前に転がっているのに、どうして見ないふりをするのか――自分そっくりの声が、無益な思考を巡らせる自分ハルを嘲笑っている。


「引っ込んでろ……」


 耳を貸してはならない。

 この声に従うぐらいならフィストの呼びかけに応える方がまだ心の均衡が保てるはず――振り返ればバリケードを破壊し終わった女の切なそうな瞳と目が合った。


「ねえ! 私の話を聞いてよ! ねえ!」


「……分かった! 何の話だ!?」


 声を張り上げるとフィストの動きが止まる。

 ハルは丘陵や高台が近くにないことを確認し、木陰から顔を覗かせた。

 フィストはハルに近づこうとはしなかった。適切な距離を保ち、もじもじと手をすり合わせている。


「話があるなら……ここで聞く」


「……うん! うん、そこでいい! 聞いてくれるならそれでいい! あのね、あのね!」


 聞き分けの良い彼女の姿を改めて凝視する。

 月明かりに照らされて朱に染まった彼女の衣服はあちこちに解れや切り傷が散見された。

 足は太ももまで大胆に露出し、肩付近の肌も剥き出しだ。

 晒された攻撃の激しさを物語る煽情的な姿だが、本人に傷らしい傷がない異質さのほうが目を引く。


(ルシカの言う通り……)


 彼女は、自身の頑丈さを信じている。

 防御や回避などは余分な動作としか思っていない。

 無造作に手を伸ばし、掴めば凄まじい握力でその箇所を握り潰す。……一見して、そういう類の化け物に見える。


 見た目だけは可憐さな女性だ。

 その全てを血まみれな体と破滅的な言動で塗りつぶし、彼女は怪物として機能している。


 そんな彼女が、切羽詰まるような声音で。


「ねえ! あなたがオーガなんでしょ!?」


「……違う。オーガじゃない」


「嘘! 見れば分かるもの! ヒトの皮を被った鬼の姿が貴方の本性でしょう!? ああ……見れば見るほどおぞましくて心臓が裏返ってしまいそう!」


 好き勝手に言ってくれる。

 反射的に口を突いて出た否定が無為に終わるのは想像していた。

 機人族マキナの機能はオーガを見抜く。

 平常では理由なく避けられる、嫌われる程度で済んでいたが、戦時となると自分の中に巣喰う怪物の血が騒ぎ立ててしまう。


 彼女フィストも、それを感じているはずだ。

 短剣ダガーが一目見て気を失うほどの『鬼』を、彼女もまたゴーグル越しでなく爛々と輝く瞳で直接目にしている。怯えた様子がなく、むしろ興奮を隠さない様子は不気味だ。


「何が言いたいんだよ、はっきり言えよ」


「いいの!?」


 良くはない。

 良くはないが、会話を引き延ばして時間が稼げるなら御の字だ。前もって心構えをしておけばどんな罵詈雑言も受け入れられる。


 一方のフィストは目を潤ませ、胸の前で両手を組み、そして言い放った。


「だ、大好きです! 貴方に恋してますぅ!」


「そうかよこっちはそれどころじゃ―――え、なに?」


 固まった。

 受け入れ姿勢に入っていた思考が想定外の異物こくはくに停止した。

 思わず木陰から無防備に頭が出て。フィストの顔を凝視する。

 潤んだ瞳をぎゅっと瞑り、両頬に手を当てて恥じらう女の姿に、ハルの頭が混乱をきたし――


「――ぐあ!?」


 その瞬間、銃弾が飛来して左のこめかみ部分を掠めた。

 風の刃が耳の肉を引き裂き血が舞う。

 痛みより先に恐怖に喉が干上がり、手足をばたばたと無様に振り回しながら物陰に再度身を隠してへたり込むと。


「……ッ……ッ!!」


 内側から際限なく後悔が湧いて、耐えきれず地面を叩く。

 一度でも足りず二度三度と振り下ろす。拳が更に罅割れる痛み以上の猛烈な恥がハルを苛んだ。


「やられたッ……!! なんて巧妙な作戦なんだ!!」


 死んだと思った。今のは度し難い隙だった。

 弾丸が少し顔側に寄っていれば顔半分が吹き飛んでいたはずだ。発射から着弾まで全く反応できなかったのが逆に幸いした。


 利き足の右で咄嗟に回避行動を取ることを計算に入れての狙撃ショット――ハルをおびき寄せるための殺し文句が、彼らの想像を超えて効きすぎた。


「ちくしょう! 馬鹿にしやがって! 恥ずかしい!!」


銃身バレルひどい! 台無し! 人でなし!」


 何故か向こうでもフィストが憤っていた。

 ハルに背を向け銃弾が飛んできた方向に向けて鉄甲を振り上げ地団太を踏んでいる。かなり隙だらけだがこれも罠に違いない。


「今のなし! そんなつもりじゃないの、ごめんなさい!」


「……」


「き、聞いて! ねえ聞いて! 私、ほんとに貴方のこと……!」


 ここで、耳を貸してしまうから半人前なのだ。

 動揺を誘うための甘言だと分かっているのに、ハルは息を潜めて続きを待ちながら、そんな風に自分を罵倒する。


 ――ハルの対人関係は軽蔑と敵意に事欠かなかった。


 分け隔てなく接してくれる人はいたが、鬼人族オーガだと知れば多くが掌を返した。

 だからこそハルをオーガだと知ったうえで好意を口にしてくれる人物は、ハルにとって未知の存在だった。


「どきどきしてるの! こんなこと初めてなの!」


 必死の口上を虚飾なくぶつけられ、不覚にも頬が紅潮する。

 好意をぶつけられるという行為自体が生まれて初めてだ。

 身を隠したままどうしていいか分からず硬直するハルに向けてフィストはさらに言葉を重ねた。


「大好きなの! オーガの貴方に、恋してるの!!」


「う……」


 間違いない。これは愛の告白だ。

 直接的ストレートな表現での告白に誤解の余地は一切ない。

 策略や欺瞞を疑うのも心苦しいほどの、聞いているこちらが恥ずかしくなるほどの叫び。

 こんなことを隠さず口にして狙撃手バレルに背中を撃たれたりしないだろうか。そんな心配をよそにフィストの告白は熱を増していく。


「抱きしめて、頬ずりしたい! 貴方の体温をずっと感じてたい!」


 ハルの顔が耳まで紅潮する。

 彼女を倒すためにフル回転させてきた思考が真っ白に染まっている。

 まずい空白だと心のどこかが警鐘を鳴らしているのに、どくどくと脈打つ心臓の音がうるさい。


「貴方の唇に口付けて、基幹からだの芯から温まりたい!」


(ルシカ……こういうケースは聞いてねえぞ……!)



 託された助言の中に「愛の告白を受けた場合」という項目があれば良かったのだが、さすがのルシカもこの状況は想定外だろう。少なくともハルが対応できる話ではない。きっと恋愛経験豊富な相手でも照れるほどの――


「それから、貴方の血を飲み干したい!」


 ――頭の天辺まで登っていた血の気が、さっと引いた。


「え、なに?」


「だから! 貴方の血を絞って、全身に浸らせてから、一滴残さず飲み干したいの! 貴方の凄い生命力を身体に宿して温まりたいの! こんな気持ち初めて! きっと、きっときっときっと、これが恋なのね! 恋だわ! そうに違いないよね! 大好き!」


 愛の告白だと思ったら斬新な殺害予告だった。

 目の前が真っ暗になり、思わず足に力が抜ける。

 何がひどいって彼女の声に一切の邪気がない。

 怒ればいいのか悲しめばいいのかも分からず、ハルは内側でやるせない気持ちが渦巻いた。それをどう処理していいか分からず。


「わ、悪い、けど」


 正直な気持ちだけを、真正直に口にした。


「その気持ちには応えられない……」


「――――ひぐぅ」


 泣きだされた。ハルも泣きたくなった。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






「う、ぅえええん……」


 一世一代の告白を袖にされたフィストの瞳からぽろぽろと雫が流れる。

 心が痛い。張り裂けそうだ。

 幼子のように泣きじゃくる仕草をしながら、けれどフィストの心情は見た目と裏腹に喜びに満ちていた。


 胸が痛い。嬉しい。ヒトみたい。

 涙が溢れる。嬉しい。ヒトみたい。

 失恋も恋の一つ。感情の赴くまま愛の言葉を口にしたことも、その想いが実らなかったことに悲しみを覚えることも普通の人、普通の女の子らしくて嬉しい。


『気が済んだか? フィスト


 溜息交じりの銃身バレルの声。

 もう少しだけ浸りたいのが本音だったがフィストは「うん」と嗚咽の混ざった返事をしてからハルに向き直った。身を隠しながらも所在なさげな少年を見つめていると、今度は苛立ちが沸き上がってきた。


 ウレシイ。

 憎悪とか嫉妬の気持ちが自分の中に生じるなんて。


 誰にも渡したくない。

 ふつふつと独占欲が湧いてきた。

 そうだ、振られたからなんだ。

 無理やり手に入れてしまえばいい。

 彼の愛も、彼の身体も、彼の血も、凌辱し尽くすことに本人の許可なんていらないじゃないか。


 ――ヒトとは、奪い傷付け犯し、その無体を笑う生き物だったじゃないか。


「きひひ……」


 笑いながら奪え。

 笑いながら壊せ。

 笑いながら犯せ。

 ヒトにはそれが赦されている。


『目が覚めたのならちょうどいい。ここはお前に任せる』


「……銃身バレル?」


『事前に準備した狙撃箇所がいくつか潰されている。狙撃手ぼくの仕事を妨害する連中がいるようだ』


 木々を横倒しにして射線を削ったり、丘陵の土壌を崩して姿勢制御を困難にしたり、そういった破壊活動の痕跡が認められた段階で銃身バレルは警戒心を強めていた。


 鬼退治に熱を入れ過ぎて、他を自由にさせ過ぎた。

 残った標的の中でまともな戦力を発揮できるのはオーガだけだ、と踏んでいた銃身バレルは考えを改めなければならなかった。


『連中はオーガを餌に、狙撃手ぼくを炙り出すつもりだ」


 敵の手が入った場所では狙撃はできない。

 銃身バレルは狙撃手に特化した機体だ。一流の狙撃手であるという自負の一方で、接敵されれば脆いことを理解していた。


 このまま狙撃ポイントを潰されていくのはまずい。


『先に破壊工作を行っている敵を発見し、これを撃破してくる』


「だい、じょうぶ?」


『余計な気を回す必要はない』


 命令は皆殺しだが、オーガの撃破は全てに優先される。

 分断されることよりも、この広大な森の中で再びオーガを見失うことを何よりも避けるべきだと銃身バレルは考えた。


 やや思慮深さに難のあるフィストに追跡を任せるのは不安だが、一方で彼女のオーガに対する執着は異常だ。どんなことがあっても食らいつくことだろう。


『連中を始末したら戻る。お前はオーガだけに集中しろ』


「……うん! うん、うん! 任せて! 絶対にあの人を捕まえて見せるから!」


『原型が無くなるまで壊すなよ。せめて首は残せ』


 釘を刺されてフィストは少しだけ唇を尖らせた。

 まるで聞き分けのない子供への注意だ。失礼だと思う。

 恋をしてフィストは変わったのだ。今までの有象無象を壊すような雑な仕事は絶対にしない。


「くひ、くひひひひ!」


 頭の先から足の先まで丹念に愛そう。

 髪一筋、爪の一欠片を余すことなく味わおう。

 丁寧に丹念に情熱的に粘着質に。

 頬を擦りよせ、舌で味わい、その柔らかな肉に爪を立てよう。

 逞しいようでいて細い胸筋を裂き開き、その奥で暖かく脈打つ心臓を愛撫しよう。


 血の一滴残さず浴びて、肌で鼻で唇で彼の全てを味わおう。


「あいしてる……あいしてるのぉ、おーがぁ」


 その血で喉を潤そう。

 その肉で腹を満たそう。

 その魂で空虚こころを潤そう。

 命を咀嚼し、ねぶり、味わい、一生を共に生き続けよう。


 その時はきっと――


「私を」


 そうすれば、きっと。



「愛して、くれる、よねぇ?」







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