15話 「夢追い人」
「ち、がう……」
鬼人族と呼ばれた刹那、これまでの旅路の記憶が脳裏に浮かび、心臓が激しく波打った。
今すぐに否定しろ、と感情的な自分が訴える。
勘付かれた時点でお終いだ、と冷静な自分が無様に喚く。
息がうまく吸えない。
舌がうまく回らない。
単調な言葉が浮かんでは消えていく。
「ちが……違う……!」
ちがう、ちがうんだ。
そうじゃない、自分は誰も傷つけてない。
誰も。何も。本当に。
「た、確かに、人とは少し違うかもしれないけど……! でも、違うんだっ、俺は!」
悟られてはならない、その一心で叫ぶ。
身を竦ませ必死に次の言い訳を考え、それよりも早く黒尽くめの女の唇が動く。
「……いいや。君はやはり鬼人族の力を有している。そうでなければ説明がつかない。そうであれば全てが腑に落ちる」
声には迷いのない確信があった。
射貫くような視線がハルの怯えすら縫いとめ、絡めとる。
逃がさない、誤魔化しも許さない。
強く心の奥底まで踏み込まれる感覚があって、指一つ満足に動かせない体を無意識によじりながら視線を逸らすが。
「第一に君の怪力。黒繭は人間五人分を優に超える重量で、人間族が単独で抱えて山道を走るのは無理がある。怪力の逸話はオーガの伝承と一致する」
細く繊細な指がひとつ立ち、そして二つ目も間髪入れずに挙げられる。
「第二に魔導品の反応。触れただけで聖絹は燃え尽き、黒繭は私という獲物を吐き出した。いずれもな自壊反応による現象だ」
「自壊……?」
「魔導品の仕様を知らないかい?」
唇に指先をなぞらせ、ルシカは考え込む。
その態度や反応がハルを困惑させた。
ハルを鬼人族だと呼んだ者は誰も彼も恐怖に慄き、泣き叫び、忌避や憎悪といった感情を向けてきた。
彼女の態度は、そういったものとは懸け離れている。
「魔導品は魔族や魔獣と戦うために鍛冶族が産み出した道具。『魔に連なる者を討て』という基本骨子が組み込まれている」
作成段階において刻まれた至上命令は絶対。
あらゆる奇跡を道具を介して実現してきた鍛冶族はしかし、それらが鹵獲され龍と人族に向けられることを恐れた。
やがて基本理念に新たな命令が追加されるのも自然のことだった。
「魔性なる者に利用される前に自壊せよ。力の方向性が定まらない絹の一片に至るまで、魔を拒絶するよう定められているのさ」
熱と雷で抵抗した黒い柩のように。
触れた瞬間に炭化した白い絹のように。
黒繭と呼ばれたあの柩は、ハルが触れた途端に金切り声のような異音を吐き出していた。
ハルの所感に間違いはなかった。
あれは悲鳴だったのだ。
「けど……鬼人族は、魔族じゃなくて人族で、七種族の、ひとつで」
「魔導品が初めて世に出たのは、何千年も前の龍魔大戦末期。七種族の定義が定められたのは、機人族が人権を得たここ数十年の話。魔導品の基準に、後年生まれた七種族の定義は参考には……」
言葉が一度区切られる。
少女の歩みが近付いてきてハルは思わず身を固くする。
顔の前に影が差し、ひんやりとした手が額に当てられた。
「……ぁ」
「呼吸が荒い。震えている。君は、怯えているのか?」
仰向けになったハルの胸と額を、冷えた指先が撫でる。
違う。彼女の手が冷えているのではない。
ハルの体の方が異常なほど熱を発しているのだ。
「間が抜けた話だ。本来怯えるのは私のほうだと思うけど」
「……なんで、お前……怖がら、ない……?」
「愚問だよ、ハル」
ルシカの口端が吊り上がる。
嘲るというより、笑いを咄嗟に堪えるような仕草だった。
「私は商人。人を見る目が生命線だ。君がどんな怪物の出自だろうが、その根底にある善良性は疑いようがない。私に、ただのお人好しを恐れろと君は言うのかい?」
衝撃を受けた。
脳が痺れるような感覚に眩暈すら覚えた。
初めてだったのだ。ハルを異常だと見抜きながら、そんな風に接してくれる人は。
前髪を梳く白い手の感触に、緊張が解れていく。
「ねえハル。良ければ教えてくれないか?」
「……?」
「どうしてまだこの国に居る? 聖龍国は魔を好まない。君には生き辛い国のはず」
「それは」
「王都だろうが辺境の村だろうが、君の異常性が露見すれば手酷い目に会う。君の人柄なんて誰も見やしない。長い年月で凝り固まった伝説が、君を苛み続けたはずだ」
声には確信があった。
ハルが受けてきた差別や偏見を悼み、哀れむ声音だった。
「君はこの国を出るべきだった。聖龍国は国として完成されていて、異分子を受け入れる余地がない」
「……」
「潔癖な民の善意と無知に心を抉られる日々をなぜ選んだ? 紅龍国か、あるいは地龍国なら出自や事情など鑑みない。君を受け入れてくれる人々に巡り合えたはずなのに」
「……そうかも、しれない。けれど」
ゆっくりとハルが首を横に振る。
返事を待つルシカの手がハルの頭から離れ、その感触を補うように自らの手を額に当てた。
「意味がないんだ。この国じゃないとだめなんだ」
「……それは、どうして?」
「それは……それは」
喉まで飛び出かけた言葉を思わず呑み込む。
ハルの無様な夢を語って何になる?
嗤われて。
馬鹿にされて。
何も得られず恥だけを晒すだけなのに。
「答えて、ハル」
見下ろす視線から逃れようと身を捩り、けれど頬を彼女の指先が撫でて引き戻し、黒曜の瞳に吸い込まれる。
一度囚われたらもう逸らせなかった。
何度かの逡巡を経てようやくもごもごと吐き出した。
「騎士、に……この国の騎士に、なりたくて……」
「……」
「へ、変だよな。分かってる。こんなおかしな身体で、騎士になりたいだなんて、変だって分かってる……けど、それが夢だった。ずっと、その夢があったから頑張ってこれた。だから……!」
言い訳じみた言葉をつらつらと並べながら、強烈な羞恥にハルは肩を震わせた。
今までは人に馬鹿にされても笑って誤魔化せた。
今はだめだ。彼女に理解してもらいたいという欲求が抑えられなくて、聞くに堪えない未練があとからあとから零れてくる。
「一人の女の子がいたんだ……故郷の村が魔獣に焼かれて、それで。ほとんど助からなくて、俺も死ぬはずで、その時、その子がやってきた」
支離滅裂な憧れの吐露。
ハル自身、彼女に何を伝えたいのか、何を理解してほしいのかも分からない。
「嘘みたいな強さで、あっという間に魔獣を全部斬って捨てて……死ぬはずだった俺は、その時からずっと……」
恥ずかしい。
何を言おうとしているんだろう。
とてもルシカと目を合わせられない。
理知的な彼女が、呆れ果てるのは分かりきっているのに。
「ずっと、同じように誰かを守れる、騎士に……」
「……そうか」
形ばかりの肯定があった。
浅く吐かれた溜息がハルの耳にも届き、無我夢中で吐き出していた熱量が急速に冷えていく。
やはり話すべきじゃなかった。
困らせてしまった。怒らせてしまったか。あるいは笑いを堪えているのかもしれない。
頭上から薄く微笑む気配があった。
「悪くはないね」
「…………は?」
「悪くない夢だと言ったのさ。いいじゃないか、騎士。魔を宿す少年が、魔を討つ国の剣を目指すなんて……ふふ。なんだか吟遊詩人が紡ぐ物語みたいだと思わない?」
彼女の独特な感性に開いた口が塞がらない。
気を遣われたのかと訝しむ余地もない完璧な微笑み。尊いものを目にしたように輝く瞳。それらが自分の夢に向けられているのが信じられなくて、耐えきれず目を伏せる。
「そんな大層なもんじゃない……」
「さっきから何を恥ずかしがるんだ。大層な野望、じつに結構じゃないか。なぁハル、私は決して適当に話を合わせているわけじゃないんだよ? 感銘を受けているところさ。だからこそ、分からない」
「――」
「何故、胸を張らない? どうして夢を誇ろうとしない?」
何故か、なんて考えるまでもない。
否定されてきたからだ。
無理だ、無駄だ、無謀だと。
多くの人が顔をしかめ、あるいは嗤われた。
ハルは今でもその顔を思い出せる。
一番最初から一番最後の顔まで、全て記憶に刻んでいる。
お前の夢は聞いているだけで恥ずかしい、と記憶の中の彼らが口々に喚きたてるのだ。
「恥じるなよ、ハル。君の夢を、他でもない君自身が冒涜してはいけない」
「そんなつもりは……なんで、そんなに怒ってるんだ?」
「なんでかって? 見るに堪えないからさ、今の君は! まるで教会で懺悔を始める罪人のようだ!」
ルシカは柳眉を吊り上げた。
「夢を、願望を、野望を語るときの顔はそうじゃないはずだ! 善人ならもっと希望に満ちてキラキラと輝いているべきだ。悪人ならもっと我欲に塗れてギラギラと輝いているべきだ」
今のハルはどちらでもない。
夢を捨てられないくせに夢に胸を張れない。
向き合っているようで背を向けている半端者の夢追い人。
ルシカは口端を吊り上げる。
「見本だ。目を開けて、私を見ろ」
恐る恐るルシカを見る。
彼女は獰猛に笑い、黒曜の瞳を見開き、演説するように両手を掲げ、胸を張りながらハルを見下ろしていた。
「私は、世界を牛耳る大商人に成る」
大仰に手を振り、胸にもう片方の手を当てて。
黒衣の少女は高らかに歌い上げた。
「街を呑み、都市を覆い、国さえも喰らい尽くす大商人だ。あらゆる貴重品も手中に収めて嗤う悪党だ」
まるで演劇の登場人物のように華やかに。
「地位。名声。あらゆる栄誉をこの手に。有能無能、すべての人材を私の指先に従わせ頭を垂れさせる」
まるで民衆に決起を促す革命家のように苛烈に。
「王侯貴族、龍であろうとただ一人の商人を畏れ敬い! 依存する! それがルシカという女が目指す大商人の形! ああ私はやるぞ。たとえこの身一つしかなくとも!」
生き生きとした顔で。
語る内容は荒唐無稽で。
けれど笑う気持ちを欠片も起こさせない、誓いの吐露。
「誰にもこの野望を否定させやしない! はは、はははははははははははははは!!!」
笑った女の顔は自信に満ちていた。
何より欲望に満ちていた。おぞましくギラギラと光り輝いて見る者を圧倒する何かがあった。
小奇麗な理屈や常識をあっさりと吹き飛ばして、実現してしまえるのではないかと、そんな馬鹿げたことを錯覚させられるほどの、熱量。
「――ま、こんな所さ。心構えの参考にするといいよ?」
ふふん、と小気味よく少女は華やかに笑ってみせた。
彼女はきっと誰よりも夢や目標に真摯だ。
迷うことも臆すこともない。
夢を諦めきれないくせに足がかりすら掴めず途方に暮れている自分とは大違いだ。
そんな彼女がひどく眩しくて。
「……やっぱり、お前は逃げたほうがいい」
「うん?」
「そんな夢があるなら、奴隷になんかなるべきじゃない。恩義とか矜持よりも自分の人生を優先しろよ。俺なんかに付き合ったら、だめだ」
奴隷がどんな扱いを受けるのかハルは詳しく知らない。
だが若い女が奴隷に堕ちる意味を知らないほどではない。
ルシカを待つのは想像するのも恐ろしい過酷な運命で、ハルの誓約は彼女を地獄へ突き落とすことに等しい。
彼女の事情はハルは知らない。
一生を台無しにしても償えない罪を犯したかもしれない。
けれど、せっかく助かる機会があるなら助かるべきだ。ハルを色眼鏡で見ない彼女なら尚更。
「――本当にどうしようもない御人好しめ」
ルシカは肩をすくめ、首を振る。
ハルが夢を語った時より何倍も呆れの色が含まれていた。
言っておくけれど、と彼女は前置きをして。
「私はもう自分を助ける術は考えついてるんだ。君が心配することじゃない」
「……え、ほんとに?」
「あのな。そもそも私一人で山を下りて無事で済むものか。今頃、賊どもが山狩りをしてるんだろう? 私には冒険家と違って賊から身を守る術も、隠れる技術も、逃げ切る体力もないぞ」
拗ねるような早口で言って足元の石ころを蹴飛ばす。
飛んできた石の破片に思わず身を竦ませつつ、ハルは改めてルシカという少女を観察した。
(手、綺麗だな)
ハルの肉刺が潰れ凝り固まった手とは全く違う。
中身を満たした水瓶すら持ったことがないのでは、と思うほどその手は繊細でなめらかだ。冒険家のコレットと比べても違いは顕著だろう。
ひょっとしたら彼女はどこかの令嬢なのかもしれない。
「ハル。私には君が、君には私が必要だ。私が策を練り君が実行し、障害を排除する。だから……」
白い手に視線を向けてぼんやりしていたハルを見下ろし、窘めるようにルシカは言った。
「今日はもう寝なさい。盗み見も感心しないよ?」
「ぁ、いや、悪い、そんなつもりじゃ……」
「寝・ろ」
聖絹を巻いた足がピンと伸ばされ、ハルの鼻先で止まる。
「今度口を開いたら、また踏むぞ」
「……実は踏むのが癖になってたりしないか、お前」
返事の代わりに、顔のすぐ横を足が通過した。
大慌てで両手を上げて降参の意を示す。
これ以上は藪蛇だと存分に理解し、こめかみに皺が寄るほど強く目を瞑る。
「おやすみ、ハル。良い夢を」
上から降ってくる声が頭の中で妙に馴染み、染み渡る。
色の落ちた冴えない髪を手櫛で梳くように撫でられると、張り詰めた緊張が解れていく。子供扱いするな、と口にしようとして、けれど思い留まった。
喋るなと言われたことだし。
なにより、彼女の指先はとても心地よかったのだ。
(今夜は……)
悪い夢を見なくて済みそうだ。
何人斬り殺してきただろうか。
切れ味の鈍くなった剣を拭い、シオンは息を整える。
手応えから見て十人以上の首を落としてきたはずだが、生憎と二人目ぐらいから先をもう数えていない。
「は、はぁ、は……」
どうも派手にやりすぎてしまった。
山賊たちはむやみにシオンを討ちに来るのではなく、囲んで逃げ道を制限する手段に打って出た。
囮として願ってもない展開だと囲みを強行に突破することはせず、袋小路に追いやられる。
例え追い詰められても、囲みを突破してしまえばいい。
勇敢というより傲慢に近い選択だが、それを容易く為し遂げる自信がシオンにはあった。
思惑通り、袋小路まで追い詰められる。
計画通り。逃げる兄から敵の目を引き付けた。
後は踵を返し、何人か斬り捨てて包囲網を突破するだけ。
黒タイツに身を包んだ女が立ち塞がらなければ、今頃は兄の元に合流しているはずだった。
(……機人族)
樹木を伝う形の奇襲を払い落とし、襲撃者の正体を見た。
長身痩躯ですらりと長い手足を持った女性だった。
彼女の扱う長槍の穂先には血液がこびり付き、変色して真っ黒に染まっている。
その血が誰のものであるかシオンは考えなかった。
口上もなく仕掛けてくる相手に、返す無駄口もない。
(もう四十合、いや五十合?)
今まで斬ってきた相手とは一線を画す強敵だった。
長槍を生かした攻撃範囲の広さは言うに及ばず。
最速で胴を貫く刺突。
華奢な身体をへし折らんとする薙ぎ払い。
接近戦を挑めば柄を器用に取り回し殴打に切り替える。
柄に剣を走らせて指を落とそうとすれば手を離し、落ちた槍を長い脚で蹴り上げてもう一度手に戻し、迂闊な一刀に手痛い反撃を見舞おうとする。
(――本当に、苦労させられた)
その全てを、シオンは凌駕した。
「ガ、ハ……」
女の黒い鉄製帽は砕かれ、額は朱色に染まっている。
左腕の肘は明後日の方角に曲げられ、使い物にならない。
脇腹から背骨付近までを両断した腹部は致命傷だ。
片膝を突いたまま、もはや立ち上がる力もない。
それでも槍使いはしつこく食い下がり、中ほどから叩き折られ短くなった槍の穂先をシオンに向けてくる。
(面倒……)
対してシオンに目立った外傷はない。
三合ほどの打ち合いで両者の実力差は明白となった。
長槍の機人族は早々に強行を諦め、専守防衛に務めてシオンが離脱しようとすればそれを咎める戦い方に切り替えてきたのだ。
「これ以上付き合っていられない。急がないと」
勝負は決した。
とどめを刺し、後顧の憂いを断っておきたい所だったが、彼女は最後まで悪足掻きを続け時間を稼ぐだろう。
退こう、と判断して槍使いから目を離した時だった。
「ァァアアアアッ!!!」
女が血を撒き散らしながら、手に持った槍を投擲した。
血を吸って変色した鋭い切っ先がシオンの額に目掛け、真っすぐに飛来する。
死に体とは思えない鋭さ、技術。破れかぶれとは違う切り札としての一撃がシオンの不意をついた。
(剣は――間に合わない)
長剣で防ぐ動作は間に合わない。
手にした長剣の重さだけ速さが足りないと直感した。
割れた頭装飾の向こう側で女の口元が勝利を確信して吊り上がった。
けれど。
(無手でいいや)
額に突き刺さる直前で槍が急停止した。
「ア、ア……?」
槍の柄部分をシオンの手が掴み、阻んでいた。
剣の重さの分だけ間に合わなければ持っていないほう。
一秒に満たない攻防で左手を選択する感性が、槍使いの機人族には理解できない。
「返しますね」
掴まれた槍の穂先が自らに向く――次いで、衝撃。
腹部を貫通し地面に縫い付けられた姿は、数時間前の狗人族の死に様に似た。
意識が明滅する。
動作が保てない。
目の前で起きた現象に想定が追いつかない。
シオンはもはや槍使いに一瞥もくれない。
破壊した、という明確な手応えがあった。
もはや一秒たりともお前にはくれてやらないと、その背中が如実に語っていて。
「ア、ハ」
あと一手。
あとひと手間を惜しんだな、天才。
「ォ、ォ、栄光あれ、我が主――」
槍使いが顔が歪ませ左肩に右手を添えて肌をなぞる。
圧し折れたはずの骨を動かし腕を真っすぐに伸びした。
霞む視界に活を入れ、標的の背中に狙いを定める。
肩から先が槍使いの胴体から外れた。
指部分が鋭い槍の穂先に変化し、手首から肩までの腕は柄へと姿を変え、先ほどの投擲を上回る速度で、射出された。
「――?」
射出音はシオンの耳にも確かに届いた。
だが自身を支えてきた優れた感性がここでは裏目に出た。
視界の端にでも映っているなら対処ができた。
最適な動きを迅速に行うシオンの超反応は、図らずも常識と合理に縛られる。
シオンは既に槍使いに背を向けていた。
異音を胸に風穴が開いた女の仕業だと思い至らず。
故に、肉が裂ける瞬間まで背後を振り向かなかった。
「しまっ……、」
血が舞った。
華奢な身体が地面を転がった。
四方八方で囃し立てる声が耳朶を震わせる。
包囲網が狭まる。
野卑な男たちの喝采は出来の悪い子守歌のようだった。




