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08話 「善き旅仲間たち」







 三日目の正午。

 ハルたちは緩やかな傾斜の広がる山脈を仰ぎ、生い茂る木々の間を縫うように作られた林道を歩いていた。

 行儀よく並んだ茶色の木々を見やって、どこか気分を高揚させたオジキが顎ひげを撫でる。


「アジートがよく茂っとるわ。木こりには堪らんなぁ」


「森でよく見るこの樹ってアジートって名前なのか」


「知らんか? 村に建てられた家や納屋は大体アジート木材、つまりこの樹で作られとる。安価じゃが、伐採すると黒く変色するのが玉に瑕でなぁ。黒い家じゃ見栄えが悪いから、塗料で茶色く塗り直すんだわ」


「あー。そういえば村に居た頃、古くなった家の外壁がよく黒ずんでたっけ。あれって塗料が剥がれてたのか」


 オジキは過去、大工として建築業に携わっていた。

 伐採よりも運搬に苦労した話や、ナイフで削り取って綺麗な木材に加工することの面白さ。それらについて熱く語る顔は少年のように輝いていた。


「オジキさん、木が好きなんだな」


「昔は棟梁になって街中の家を建てることが夢じゃったぁ」


 昔を懐かしみながら鼻頭を掻く。

 重ねた失敗を見返すような気恥ずかしげな笑みだった。


「細かい計算や測量に躓いてな。そのうち、技術屋として木を彫っていく仕事を続けられるなら、それで充分と思い直したわ。薬草樹アグネイトを加工できれば言うことなしってな」


薬草樹アグネイト?」


「土のマナを吸い込んだアジートの変異種じゃ。葉っぱは鎮痛剤、根っこは滋養強壮に良い。どちらも煎じれば回復薬に早変わりってんで、付いたあだ名が薬草樹よ」


 魔貨幣と同じ原理で大変貴重な素材らしい。

 アジートと比べて切り倒しても変色せず、高級木材として人気が高い。石造りの王都エリュシードでは目にかかることは少ないが、他国への輸出に関しては目玉商品の一つなのだとか。


「こんだけ樹木アジートがあるなら薬草樹アグネイトもあるじゃろうなぁ」


 昔を懐かしむ感慨深げな横顔に郷愁の色合いが混ざる。

 寂しげな雰囲気にどう声を掛けたものか思い悩むうちに、オジキはがはは、と照れ臭そうに白い歯を見せてハルの頭をがしがしと撫でまわした。


「帰ったらまたノコギリを握ってみるかのぅ。もし薬草樹アグネイトが手に入ったら、雉の兄ちゃんには特別に根っこの部分を分けちゃるから楽しみにしとけよ!」


「ぉ、おぉ、助かる。回復薬の原料になるんだよな」


「そりゃもう。アッチのほうも大変になること請け合いじゃけどなぁ! 若い兄ちゃんには必要ないかもしれんけどぐふふふふ」


 気味の悪い忍び笑いに、思わずハルは周囲を見回した。

 誰も聞いてませんように、と祈りも虚しく腕一杯に木の実を抱えたコレットと目が合ってしまう。


「往来でなんて会話を……」


 口をへの字に曲げてジト目を向けてくる。

 オジキの笑みが固まりバツが悪そうにそそくさと離れ、逃げ損ねたハルは視線に耐えかね頭をぶんぶんと横に振り、もごもご、と呻きながら弁解した。


「無実だ、勘弁してほしい」


「気にしませんけど! 冒険家やってたら慣れますので!」


 べー、と舌を出してそっぽを向かれた。

 ほんのりと頬が赤い。怒りからか照れなのかは判別がつかない。まずい流れを察したハルは、話を切り替えるため彼女が抱えている数々の木の実に目を付けた。


「そ、その山菜、美味そうだな!」


「食べられません」


 即座に轟沈。

 すげなく切り捨てられがっくりと肩を落とすと、仕方がないなぁ、と気持ちを切り替えてくれたコレットが明朗な笑みを作って胸を張る。


「これ、炸裂弾イクスの材料ですから。食べたらパチンと弾けちゃいます、口の中」


「げっ、そんな無造作な持ち方して大丈夫なのか?」


「なんちゃって」


 思わず肩に抱えた車輪を取り落としそうになるハルの反応に、コレットは満足げに口元を緩めた。


「ほんとは音響弾ノイズの材料なんです。強い衝撃を与えると小さな音が鳴る木の実なんですけど、加工品を叩き付ければ、耳がキーン! ってするぐらい大きな音が出るんですよ。用途は攪乱とか誘き出しとか、あとは合図なんかに」


「な、なるほど……自分で作れるって凄いな」


 彼女の武装は弓や炸裂弾イクス等による後方支援が主だ。

 矢も弾丸も一度使えば無くなる消耗品。

 使うたびに店で購入するより、こうして森を訪れた時に材料を調達したほうが安上がりなのだろう。


「じゃあ、爆発はしない?」


森精種エルフみたいにマナを込めることができれば、こんなものでも炸裂弾イクスと遜色ない威力を出せるんですけど……私たちは魔力の代用品を用意しないと」


「代用品は森で採れないのか?」


「残念ながらー。店売りは結構高いんです。それでも炸裂弾イクスそのものを買うよりはずっとお買い得で」


 言いながらコレットは荷馬車の中へと消えていく。

 休憩時間を利用して音響弾ノイズの作成に励むのだろう、と見送っていると入れ替わりで誰かが出てきた。


「ちっ」


 挨拶代わりの舌打ち。もちろんキーファだった。不機嫌そうに鼻を鳴らし、睨み付けた顔で寄ってくる。


「ご苦労なこったな。この先は傾斜でめっちゃきついぞ」


「心配してくれるのか。ありがとう」


「うっせ、ちげえ! 皮肉も伝わらねえのかよ花畑頭!」


「ほんの数日で随分あだ名が増えたなぁ……」


 雉の兄ちゃんから始まって、ダメお兄さんに花畑頭。

 後半に行くにつれて返上したいと願う所だが、否定できない要素も増すので手に負えないな、と苦笑する。

 キーファは苛立った顔で手近の石ころを蹴飛ばした。


「なに笑ってんだよ。少しはムカつくとか思わねえのか?」


「んー、あんまり思わないんだよなぁこれが……」


 憎まれ口を叩く彼のことが、ハルは嫌いではない。

 キーファやコレットとは年齢が近く、そのためか言動や仕草が村の同世代の幼馴染たちに重なって見えるのだ。

 特にキーファはガキ大将に似ている。


「そういやキーファ、騎士学校のこと妙に詳しかったよな」


「常識だよ常識! 誰でも知ってんだよ普通は!」


「騎士学校って平民も入学できるって本当なのか? 俺なんかでも入れる可能性とかあるかな?」


「はっ、無理無理、ぜってえ無理だね!」


 キーファの口元が酷薄に吊り上がる。


「入学料だけで金貨二十枚にひゃくまんエーテル! 平民は毎年もっと金を毟り取られるって話だぜ。平民あがりは貴族とのツテが欲しい成金商人の子供ってとこだろうが、それでも従士ペイジが関の山だ。騎士はおろか従騎士エクスワイアすら夢のまた夢だね! アンタじゃスタート地点にも立てやしないっつの!」


 懇切丁寧な説明にハルの顔付きが強張った。

 怒らせてやったか、という手応えを感じ取ったキーファの得意げな顔を真っすぐに見つめて、ハルは言う。


「……詳しすぎないお前? ひょっとして騎士の大ファンだったりするのか? 騎士学校に入る手段がないかめっちゃ調べた節を所々に感じるんだけど」


「ばっ――」


「ひょっとして騎士愛好の同志なんじゃ?」


 目を輝かせるハルにキーファは絶句した。

 荷馬車の天幕の向こう側で盗み聞きしていたコレットかわ「ひー! うひー!」と女子にあるまじき笑い声をあげ、キーファはみるみると顔を赤くした。


「ばっかお前、お前っ、うっせえ死ね知るかっだらぁ!!」


 語彙力を失い顔を押さえて走り去っていく。

 脱兎のごとく距離を取っていくキーファの背を、マゴーら大人たちの愉快そうな笑い声が後押しした。


 馬車の最前列まで逃げた先には狗人族の青年がいて、慰めようとキーファの頭を無言で撫でて蹴飛ばされてしまう。

 その一連の出来事がどこか喜劇じみていて、しばらく旅路には笑みが絶えなかった。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「はーい平地まで来ました、休憩でーす!」


「うはあああ……!!」


 軽やかな少女の号令を合図に、オジキが情けない雄叫びを上げながら肩に担いでいた車輪を地面に放り投げると真っ先に倒れ伏す。


 彼以外も息を荒くしながら思い思いに腰を下ろし、登ってきた坂道を振り返りながら天を仰いだ。元気なのは空を飛んでいるコレットぐらいだ。


「じゃあキーファさん、斥候任務お願いしまーす!」


「アア!? こっちは馬車を押したり荷物を持ちながら坂道を歩いてきてんだぞ! 飛ぶのずりぃ! お前が行けよ、ひとっ飛びだろ!?」


「お兄さん実はこのキーファさん、この前のパレードでは大興奮のあまり――」


「ちくしょう覚えてやがれ!! 行ってきます!!」


 そろそろパーティの力関係も分かってきたなぁ、と良い返事で飛び出していくキーファの背中を見送りながら、ハルも息を整える。

 ハルの横で大の字に横たわるオジキは息も絶え絶えだ。


「ひい、ひい、こんな道を指定するとか、あのおっぱい馬鹿じゃねえの……」


「後ろから押さないと進みませんでしたね。馬力足りなくないですかあの駄馬」


「ふう、ふう。これでも予算ギリギリの中で何とか確保したんじゃが……ザジたちにはすまんことをしたのう」


「仕方ない。山で野営はできるだけ避けたいからナ。今日中に山を越えてしまえば後は楽な街道ダ。そこから先は楽をさせてもらおう」


 ザジはハルと共に馬車を押す重労働に従事していた。

 彼の息には少しも乱れた様子がなく、銀貨級シルバーの看板が伊達ではないことを改めて誇示する形だ。


 ちなみに一番死にかけているのは、ハルが馬車側に回ることで車輪を押し付けられたオジキ。

 狗人族は何の役にも立たなかった。いつも通りである。


「親父! 問題だ!」


 ほどなくして斥候に出ていたキーファが戻ってきた。その顔付きの険しさに気付き、何人かが表情を硬くした。


「道のど真ん中ででけぇ荷車が横転してやがる。幅道は狭くて一本道だ。やりすごすのも難しい」


「周囲には誰もおらんのか?」


「多分な。見た限りは誰もいなかった」


「……そいつは面倒じゃな」


 マゴーが、胡坐をかき腕組みを作って考え込む。

 顔を見合わせたのは雑用組だ。

 荷車ということは行商人か旅人か、いずれにしても横転となれば大事だ。親切な彼らなら手を貸しに走りに行きそうなものだが、とハルが首を傾げる一方で物怖じのしない猿顔も口を開いた。


「なんでえ? 困った時はお互い様っちゅう言葉もあるんじゃ、助けてやりゃええんじゃないか?」


「本物の行商人なら、ナ」


 間髪入れずにザジが答えた。

 コレットがその後を引き継いで補足を入れる。


「山賊の常套手段なんです。馬車を引っ繰り返して道を塞いで、手を貸しますよ、って近寄るところを囲んで襲うって」


 山賊の名前が出た途端、オジキの顔が青ざめた。いま巷で山賊と名の付く存在といえば、世間を騒がせているあの種族が絡むのだ。


「人通りの少ない旧道ってのもきな臭せぇな……」


「隠れやすい山道や森は仕掛けにおあつらえ向きですから、私たちも今回の仕事では、倒れた馬車を見つけても近寄らないようにしようって」


「でも、回り道はないんだろ? どうするんだ?」


「こういう時の判断は親父がやるんだ。そう決めただろ」


 キーファにすげなく言われて「それもそうか」とハルも頷く。事前に決めた役回りに従えば、戦闘以外の指示はマゴーの管轄だ。


「……むむ。ううむむむ」


 マゴーはしばらく俯いて思案を巡らせていた。

 唸りながら百面相を繰り返すマゴーの苦悩をしばらく眺める時間が続き、見かねたハルが遠慮がちに手を挙げる。


「おっちゃん、俺が馬車を」


「退かすとか馬鹿なこと言わないでくださいね」


 言い終わるより早くシオンが素早い叱咤が飛んだ。

 一瞬だけ兄に集まった注目を散らすように、シオンは小馬鹿にした渋面を作った。


「どんな力持ちでも普通の人間・・・・・は荷車を持ち上げるとか無理ですから。キーファさん、横倒しになっている荷馬車は大きいって何人かで持ち上げたりできそうですか?」


「無理だろ、無理。ハンマーとかで打ち壊して小さく砕くしかねえよ。手持ちにそんな道具もねえから、コレットの炸裂弾イクスで大まかに吹っ飛ばすしかねえな」


「壊していいんですね?」


「このまま誰も退けないならそうするしかねえだろ。道の真ん中にあんなデカブツ放置しておく馬鹿に遠慮してやる必要あるか?」


 けっ、とキーファが忌々しそうに鼻を鳴らす。シオンは鋭く細めた瞳でハルを射抜いた。


「そういうわけです兄さん。人並み以上程度の力自慢はお呼びじゃないので」


「いや、あの」


「やめてください。変な目で見られますよ?」


 強い剣幕で言い放ちながら、中途半端に上げかけたハルの腕を引く。

 ザジを含めた何人かはその奇妙なやり取りに不可解な視線を向けていたが、折よく思考の海に沈んでいたマゴーが口を開いた。


「決めた。元の予定通り、こちらから接触はせん。少し早いが夜営の準備を始めとくれ」


 彼は渋面を維持したままだった。

 自分の決断に会心の納得を得られていないのが周りにも分かった。キーファがやや不満げに口を曲げる。


「様子見は消極的すぎねえか、親父? 日程に余裕があるのは分かるけどよ、向こうが誰も帰ってこねえで荷車を退かさなかったらどうする? 問題の先送りにしかならないんじゃねえか?」


「分かっとる。分かっとるが、障害物を片付ける頃には日が落ちる。何にせよ、野営は避けられないじゃろう」


 切り立った崖路も散見される山道。

 疲労も雑用組を中心に広がっている。薄暗い夜闇の中を強行すれば足を踏み外すこともあり得る。

 順調な旅路に降ってわいた違和感。

 重くなる空気を払拭すべく、マゴーは強く両手を打ち合わせた。


「心配いらんよ。此処には荒事の専門家が何人も控えておる。山賊はおろか、魔獣にも後れは取らん」


「じゃが……」


 皆が表情を緩める中、猿顔のオジキが弱気を吐く。

 冒険家と一般人。日常的な命のやり取りの経験値が顕著に表れた結果だろう。持ち前の豪放磊落さを失くしたオジキが自らの体を抱き、震えを抑えながら呻く。


「オーガの山賊団なんてものが出てきたら……」


 名が出た途端、場の雰囲気が更に重みを増した。

 年若い冒険家たちは顔色を変え、ザジは険しい渋面を作り、ハルは人知れず拳を握り締め、耐えるように目を瞑る。


 ――吟遊詩人の唄に曰く。


 其は人外の巨躯を誇る、怪力無双の化生ども。

 欲深く残忍。冷酷無比なる復讐者。

 人の姿を真似た魔獣。

 人族を逆恨みした裏切りの怪物。

 おぞましき姿に変えられ、今なお恨み燻らせ生きる悪鬼。

 現代までまことしやかに囁かれる御伽噺は、悪鬼羅刹の象徴として鬼人族オーガの印象を凝り固めた。


 もし悪鬼オーガに出くわしたらどうなるのか。

 本当に人族の肉を喰うのだろうか。

 不吉と呼ぶのも生温い妄想に誰もが囚われ――


「馬鹿馬鹿しい」


「ぶげらっ」


 澱んだ空気を一蹴したのはシオンの言葉だった。

 腰が引けたオジキの尻に蹴りを見舞うと、腰に帯びた長剣をことすらゆっくりと抜きながら。


「まだ山賊の仕業と決まったわけでもないでしょうに。怖がってる暇があれば薪拾いでもしてきたらどうですか? 一回薪二十本を十セットですよーいどん」


「ほわぁああ!?」


 ヒュ、と刃が翻ったのを見てオジキが飛びあがる。

 想像上の脅威よりも身近な命の危機に怯えて、這う這うの体で薪拾いに駆り出される。その後ろ姿に憐憫を交えつつマゴーは頭痛に耐えるように額を抑えた。


「……やり方はともかく、シオンの言う通りじゃ。今夜は見張りの数を増やして夜襲にも警戒する。鳴子の準備も怠らぬように。――代わりと言ってはなんじゃが」


「なんじゃが?」


「今夜の夕食はいつもより豪華に振る舞うとしよう。たらふく食って英気を養うといい」


「……お肉料理かそうでないか。大事なのはそこですが?」


 シオンの食いつきが凄まじい。

 目元は影に隠れて見えないが、恐らくは期待と興奮に満ちて一番星のように光り輝いているのが分かる。予想以上の反応にマゴーは満足し、どんと厚い胸板を叩いた。


「牛も豚もある。狩ってくるなら鳥でもいいぞ」


「全部食べたいと言っても?」


「お代わりもいいぞ!」


「ひょっとしてあなたは天使か。ではひとつ腕を振るい森中の鳥を狩ってきますので弓と矢をお借りしますね」


 意気揚々と狩りの道具片手にシオンが森の中へと消える。

 ハルが「本当に狩り尽くしそうだから付いていくわ……」とげんなりした顔で同行し、そして小一時間が経過した。二人は両手いっぱいに鳥を抱えて帰ってきた。


「わっ、こんなにいっぱい! シオンちゃんすごい!」


「……どうも」


 目を輝かせたコレットの惜しみない賞賛。

 居心地悪そうに顔を背けたシオンは、調理の下拵えを始めるマゴーの元へと歩いて行った。コレットはそっけない態度にめげずに、その場に残ったハルの肩をばしばしと叩く。


「乾パンと野草だけの旅とか言っちゃってー! こんな技術があるならご飯に困らないじゃないですか、もう!」


「まあ文明の利器があれば、狩り自体は楽だったんだが」


 大層な言葉と共に返却された使い古しの手弓に視線を落とし、コレットは小首を傾げた。


「……お兄さんお兄さん? 弓矢これはむしろ人類の初期装備のような。その辺のアジートで作ったお手製の弓矢ですよ? 元手ゼロですよ?」


「いや……狩りはいいんだけど、そもそもの致命的な問題が」


「致命的な問題……?」


 鸚鵡返しをしながらハルの視線の先を追う。

 マゴーが二人が仕留めてきた鳥の血抜きを始めていた。

 焚き火の上で鉄網を張って作った調理スペースには水の入った鍋が乗せられ、ぐつぐつと煮えている。


 手際よく下拵えに取り掛かるマゴーを見て、ハルは溜息をついた。


「つまり、俺たちは料理ができない」


「料理が」


「知識も技術も経験も、まるで全然話にならなかった」


 肉って適当にぶつ切りにして、火を通せば美味いだろ。

 内臓もよく焼けば癖になる珍味になるとか聞いた。

 歯応えが違うだけでどの部位もちゃんと食べられるはず。


 そんな馬鹿げた謳い文句を本気で信じ、絶望的な無知に裏打ちされた忌わしき調理きおくに思いを馳せる。


「空腹に耐えながら森を駆けずり回って……ようやく仕留めた猪を、素人が解体して調理しようと試みて……地獄を見た」


 その結果、尊い命の元で饗される食事はひどく冒涜的なナニカに貶められた。

 歯応えと処理するには程遠い硬い手触り。

 果てしない食欲すら掻き消す血臭。

 生々しい躍動を失った肉塊。

 何より腹を裂いた瞬間、開かれた先で蠢く寄生虫の群れ。


 心が折れた。

 兄弟は自分たちの調理技術と真摯に向き合い、二度と狩りをするべきではないと決めた。


「あの猪を埋葬しながら俺たちは誓ったんだ。もう二度と、命を弄ぶような真似はしないんだって……!」


「別に格好良いことは言えてないですけど!?」


 絶望的に旅に向いてなんじゃないか、という言葉をコレットは飲み込む内に豪勢なパーティの準備が整い、賑やかな宴が始まった。





 その様子を照らす三日月が、嘲笑う笑みの形で不気味に瞬いていた。





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