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06話 「穏やかな旅路」






 冒険において事前準備の重要性は語るまでもない。

 命の危機に瀕した時は、その差が生死の明暗を分けるのだ。

 食料は乾パンだけ、等とその辺りを怠った経験を持つハルをして含蓄のある言葉だと心から思う。よって冒険初日の午前中は事前準備に費やされることとなった。


「八人分の食料を十日分。積んでみると結構な量だよな」


「雉の兄ちゃん、飼い葉ここに置いとくぞ」


「了解。オジキさん、車輪用の工具箱の中身は?」


「確認しとくわ」


 雑用係としてハルは忙しなく動く。

 人数分の食料と水袋の残量、荷馬車キャリッジを曳く馬に与える飼い葉を指差し確認。

 件の『怪しい荷物』はかなりの重量だ。

 馬車が動かなくなってしまうのが一番恐ろしい。

 型の古い馬車が破損した時の備えも雑用係の仕事だ。


「手を動かしながら聞いとくれ。役回りの分担じゃが」


 店主マゴーの呼びかけに飼い葉を積みながら声を上げる。

 平常時の役回りと、不測の事態が起きた場合に誰の指示を仰ぐか事前に定めておくのも大事な確認作業だ。

 道中の責任者は当然、狸人族の店主マゴー。

 ただし彼自身に戦いの心得はないため、荒事になった場合の指揮権は別に定めることが決まる。


「戦闘はザジが指揮を執る。わしも含めた非戦闘員は速やかに避難、荒事は冒険家で対処。前衛は狸亭で引き受けるとして、兄弟には後詰を頼んでよいか?」


「後詰ってことは荷を付きっ切りで守る役目だよな? 俺たちで良いのか?」


「ザジの提案でな。連携を優先させるべきじゃと」


 即席のパーティでは有事の対応に差が出ることが多い。

 狸亭は狸亭で、ハルたちはハルたちで組んだほうが互いの勝手を知る以上、迅速な行動ができると踏んでの判断だ。基本的にハルが雑用に駆り出されるため、後詰に回るのは妥当と言える。


「キーファにコレット。あの二人からよく学ぶようにナ」


「はい! 学びます!」


銅貨級ブロンズの俺たちが鉄貨級アイアンでもねえ奴らを見習え、ってか? どうかしちまったのかよ、ザジ」


 学ばなければっ、と熱い眼差しを向けてくるコレットと冗談だろ、と冷たい眼差しを突き刺してくるキーファ。態度が両極端すぎて、どちらの視線に愛想笑いを向ければいいか迷いつつ曖昧に頭を下げた。


「ええと、よろしく……?」


 ハルたちへのザジの評価がやけに高く、背筋が伸びる思いだ。果たして他人の模範になる部分が自分たちにあるのか。あるとしても反面教師的な意味では。


「ちっ」


 キーファと呼ばれた青年が苛立たしげに舌打ちする。気持ちは分かるので苦笑いを返すと、余計に眉が吊り上がった。どうやら逆効果だったようだ。


「雉の兄ちゃん、ちょいと」


 手招きを口実にそそくさとその場から避難。

 道中も雑事係の仕事は多岐に渡る。

 薪拾いに馬車に積めなかった荷物の運搬。休憩時の水源捜索と水袋の補充。野営時はテントの設営に調理の支度。幾つかは狸亭も分担で手伝ってくれるため、あまり冒険家と雑用組の間に垣根はない――が。


「これ、どうすりゃええんかと思っちょるんじゃが」


 猿面が指差すのは横倒しになった馬車の車輪だ。

 荷物のほとんどは荷馬車キャリッジに積み終わったものの、やはり例の荷が容量を圧迫したため、替えの車輪を積み込むスペースを確保できなかった。


 となれば持ち抱えて行くしか手はないのだが、車輪を運搬して何日も歩くのはもはや修行僧の苦行に近い。困難をこそ尊べと教える聖女ミトラもこれには閉口するに違いなく――


「ひとまず俺がやっとくよ」


 そんな逡巡に構わずハルは無造作に車輪を掴み、気の抜ける掛け声と共に肩に担いでみせるとオジキと狗人族わんこが目を瞠った。


「ぉ、ぉお……? じ、実は軽いんか、それ?」


「あーと……どうだろう?」


 試しに狗人族コボルトの青年に渡してみる。

 彼は珍しく腕まくりなどして勇ましく眉を吊り上げ、尻尾をピンと立てて一秒間の停止。

 あ、と誰かが声を上げた時には悲鳴一つ上げないまま横転して車輪に潰される。つぶらな瞳で助けを求めてくる姿にオジキが大仰に肩をすくめた。


「何の役に立つんじゃ、この犬」


「荷物持ちは俺がやるよ。水汲みや薪拾いを任せようか」


「すまんな雉の兄ちゃん。疲れたら言っとくれ。少しの間ならおいが代わるからよ」


 こうして狗人族の青年は誰でもできる雑事全般を。ハルが荷物運びを主に行い、オジキは雑用組のリーダーとしてあらゆる雑事の指示と補佐を行うこととなった。

 一連のやり取りを見て端正な顔立ちを険しめに歪ませていたシオンが、そそくさとハルの元に寄ってくるとその脇腹を抓る。


「痛っ」


「少し自重してください」


 じろり、と上目遣いに険を込める。

 決して大柄とは言えない体格で車輪を軽々と持ち上げる姿は、狸亭の冒険家たちの目にも留まっていた。

 若い二人が呆然とする中、ザジ一人が「あの程度のことはできる力量がある」と納得の表情で腕組みをしてみせている。


「彼らが善人ばかで良かったですね」


「お前な――」


「ほんに仲がええのう、雉の兄ちゃんの……おとう、と?」


「弟!」


 中性的、むしろ少女寄りの顔立ちを改めて直視し固まるオジキ。

 弟、と自分を指差し性別を猛アピールしつつ、その小柄な体躯がハルの背中へと隠れてしまう。まるで人見知りをする幼子じみた振る舞いに、オジキは破顔した。


「がはは! なんじゃい恥ずかしがってからに」

 

「どうでもいいですけど兄さんが雉とか配役ミスにもほどがあると思いません? 雉役ならちょうどいい子があそこにいますよ」


 指さした先で、冒険家の紅一点が飛び回っていた。

 文字通り背中に生やした翼を広げて空を舞いながら、馬車を覆う白布の補強を行っている。少女の栗色の羽毛を見つめ、オジキが長いもみあげをなぞりながら言う。


翼人族ハーピィとの混血種ハーフかあ、雉役にぴったりじゃのう」


「では兄さんはお役御免ということで。さぁ我が家来ども、とっとと仕事に戻って下さいね、しっし」


「クビにされた」


「いまこやつ、さりげなく主役を奪っていかんかった?」


 ふと何気なく狗人族コボルトに目を向ける。

 彼は車輪に潰されたまま、くりっとした瞳を勇ましく釣り上げた。

 犬役は渡さないという明確な意思表示だ。

 徹底抗戦も辞さないほど犬役への思い入れは固いらしい。

 でも別にいらない。


「そいじゃ、兄ちゃんはオーガでいくかなぁ。がっはっは」


 猿のオジキは笑いながらハルの肩を叩いた。

 残る登場人物からの消去法という、雉役と大して変わりない理由なのだろう。

 ハルは僅かに顔をひきつらせた後、笑顔を作った。


「――は?」


 シオンからは笑顔が消えた。


「うひぃ!?」


 底冷えのする眼力と、心臓を鷲掴みされるような殺意。

 だらしなく形作った笑みが凍り付く猿のオジキを見て、ハルは体を割り込ませて視線を遮る。ほんの一瞬の間が生じ、ハルの穏やかな声が沈黙を切り裂いた。


「シオン。コレットの手伝いが役目だろ? サボりはなし」


 次にオジキがシオンの顔色を窺ったとき、シオンは平時のジト目で不満げに兄を見上げ、ふん、と鼻を鳴らしてコレットがいる場所へと歩いていく。

 去っていく小柄な背中を見送り、オジキは滝の汗を流した。


「な、なんじゃあ。ありゃあ……」


「気難しい奴なんだよ。ごめんな」


「ん、んむ。無神経だったわ。兄貴をオーガのような畜生呼ばわりじゃあ、そら誰でも怒る、おいでも怒る。すまんが折を見て謝っといてくれんか?」


 申し訳なさそうな声に、ハルは苦笑いを返すのだった。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇






 渡り鳥の止まり木『ゼッダの風見鶏亭』。

 ミトラ聖龍国とプローメス紅龍国の国境沿いの検問に居を構える止まり木が今回の目的地だ。主人ゼッダに積み荷Aアルファを渡すことで運び屋としての仕事は完遂となる。


 まずは王都南門から街道へ馬車を走らせる。

 ミトラの領地は広大だ。王都の街道一つ抜けるだけで丸二日を要す計算になる。

 主だった街道は騎士団や従騎士隊による哨戒の対象であるため、盗賊や魔獣の心配がほとんどないのも特徴だ。


 長大な街道を越えると道が大きく二又に分かれる。

 左方が難所であるドゥロン山林へ続く道だ。

 最短で目的地に辿り着ける旧道で、登頂自体もさほど難しくはない。だが自然が残る土地には魔獣が棲みつきやすく、自衛手段を持たない旅人は敬遠する道でもある。


 近年は騎士団による掃討作戦が定期的に行われ、魔獣被害の頻度は格段に減り、木こりや狩人が定期的に訪れて森の恵みに預かる土地となっているらしい。


「ま、それでもツキのねえ奴は魔獣の餌になるけどな」


 とはキーファの言だ。

 乱暴な物言いに眉を顰める者もいたが、魔獣への脅威は全員が胸に刻むべきだろう。

 狸亭の冒険家は若いながらも魔獣退治の経験は豊富のようで、あまり気負った様子は見られなかった。


「徒歩で片道七日半というところじゃな」


従令ギアスの期限が十日だから日程に余裕はあるけど、やっぱり馬車に何かあった時が怖いよな」


「……ワシはお前さんの体力が心配じゃが」


「多分大丈夫。力仕事は慣れてるんだ。子供の頃からずっとやってきたから」


 一日目は予定の行程を大幅に速く消化した。

 車輪を抱え歩くハルの健脚が想定を超えた結果だ。

 座りっぱなしで御者を勤めていたマゴーのほうが腰の不調を訴え、休憩を申し出る始末だったのはご愛敬だ。


「よ、よおし、今夜はここで野営としよう」


「もう腰を痛めるとか、先が思いやられるんですが」


 街道を進む二日間は平和な道のりと言えた。

 野営ではオジキの手際の良さが光った。狗人族にテキパキ指示を飛ばして薪拾いや水汲みなどを行わせると、自身はテントの設営から獣避けの焚き火の準備までを一人で終わらせてしまった。


「お疲れ様です」


「あア」


 これまでとは対照的にハルの出番がなく、その間に冒険家たちと何度か言葉を交わす機会を得た。


「道中ご苦労だったナ。俺たちに働き場がないことを心苦しく思うほどダ」


 巨躯の冒険家ザジは、厳つい顔を心なし緩ませてハルを労ってくれた。彼は丸太のように太い腕を組むとハルの体付きを見やる。


「俺も力が自慢だガ、車輪を抱えて一日歩く持久力は身に付いていないナ。筋肉の付き方は細く見えるガ、特別な鍛錬でも?」


「あーと……重いものを持つ時のコツがあったりなかったり。でもスタミナは確かに自慢だな。小さい頃からそういうのは鍛え上げてたから」


「何か目標があったのカ?」


「ああ。夢があるんだ。それに向けて鍛えてたから」


 ザジがふむ、と口をへの字にする。その回答では納得に程遠いという顔だ。続けて何かを尋ねようとするザジの横から、今度は青年が割って入ってきた。


「そんなガキの頃から冒険家になりたいって思ってたのかよ。ちゃんと親から教わらなかったのか? 冒険家は親不孝者がなる仕事だってな!」


 自らの境遇を皮肉るように鼻を鳴らすのはキーファだ。

 何度か言葉を交わしてみたが、とにかく口が悪い。挑発的な言動を繰り返してはザジやコレットに叱られる、という姿も珍しくはない。

 当の本人は間違ったことは言ってねえだろ、と突っぱねる始末だが、ある意味一番冒険家らしい人柄だとハルは思う。


「いや。冒険家になりたかったわけじゃないぞ。俺は……」


 否定し、続く言葉が喉奥にどろりと溶け込んだ。

 口にしたい気持ちと口にした後に募る後悔が混ざり合い、吸いこむ息すら澱ませる。もう一度呑みこむ気持ちになれず、結局そのまま吐き出した。


「――騎士に、なりたいんだ」


 こぼれ落ちた憧れは、二人の冒険家の耳に届いた。

 届いたはずだが、彼らは初め何も口にしなかった。自分に向けられていた視線が、不審なものを見るものに変貌していくのがハルにも分かった。


「あ……あー。ああーなるほど?」


 初めに声をあげたのはキーファだった。

 自身のざんばら頭を掻きむしると瞳に郷愁を宿して――


「ガキの頃、俺も夢見てたことあったわ。騎士かっけー、騎士すげーって。分かるよ? 分かる分かる」


「俺にはよく分からん。スラム育ちだからナ。騎士は遠い世界の生き物だっタ」


「そうそう。ちょっと大人になってくるとさー。分かっちゃうんだよなぁ。全然違う世界の住人だってよ。あっちは貴族様、こっちは平民上がりのボンクラだって」


 なぁ? と水を向けられハルは視線を逸らす。

 改めて誰に言われなくても分かっている。多少の力自慢、少々の体力自慢で叶う目標じゃないなんて、あの美しい斬撃を目にした時から、ずっと。


「……まさか、今日までずっと騎士になりたいとか思ってるわけじゃねえよなあ?」


「……」


「世間じゃならず者の代名詞みたいな冒険家やってて? 挙句の果てには罪人扱いでこんな命懸けの労役まで押し付けられて? まさかそんな、なぁ?」


 ハルは口を噤んだまま、否定しなかった。

 否定せず、自身の大望を口にしたことを目を伏せ恥じた。記憶の底で黒い影が口々に喚く。


 ある者は笑った。なんて身の程らずだろう、と。

 ある者は叱り飛ばした。なんという不遜な願いだ、と。

 ある者は憐れんだ。その歳で現実が見えないのか、と。

 ザジは腕組みしたまま押し黙り、キーファは馬鹿にした笑みを引っ込めて肩をわなわなと震わせる。


「冗談だろ! どんなお花畑な夢に浸ってんだお前!」


「キーファ」


「夢見がちにも限度があるだろうがよ! あちこちから自分を讃える歓声でも聞こえてんのかぁ!?」


 嘲笑と呼ぶには真っすぐで感情的だ。

 窘める兄貴分ザジの声も耳に届かず、嫌悪の混ざった怒声が浴びせられるなか、ハルはやっぱり笑って見せた。

 そんな反応は聞き飽きたと言わんばかりの手慣れた愛想笑いが、キーファの癪に障った。


「騎士になるには、貴族様御用達の学園を卒業するしかねえ。入学金は平民が用意できる額じゃねえし、入れたとしても平民にチャンスなんかねぇ! 何でか分かるか?」


「いや……」


「平民じゃ競争に勝てねえからだよ!」


 ハルの無知を馬鹿にするように鼻を鳴らす。

 見かねるザジだが、ハルの方が感情を荒げる様子がないため静観せざるを得ない。もし掴み合いになるなら拳をキーファの脳天に拳を振り下ろすつもりだが。

 

「いいか、騎士候補は全員が契約者リアクターだ! 魔剣使い同士の凌ぎ合いに平民ごときが割って入る余地があると本気で思ってんなら……!」


 矢継ぎ早に言い募るキーファの口端が痙攣する。

 妙に熱くなる自分に気が付いたらしい。周囲の遠巻きの視線に晒され、舌打ちして踵を返すとちょうどコレットが小走りに駆け寄ってくるところだった。


「もう。またハルお兄さんに突っかかって。シオンちゃんに怒られても知りませんからね」


「……うっせ、うっせ。あんな女男が怖くて冒険家やってられっかよ」


「うそばっかり! 怖くて眠ってるところを起こすのも嫌がってたくせに。手が空いてるなら犬さんと一緒に薪拾いしてきてください! 多いに越したことはないですから!」


「けっ。夢見がちの相手をするよりはマシだな」


 そんな捨て台詞を放つと肩を怒らせて歩いて行く。

 その背を見送るハルは僅かに顔を俯かせた。

 気落ちしているつもりはない。

 ただ夢への道のりが遥か遠くにあると思い知らされるだけで。


「すまんナ。不快な思いをさせたようダ」


「……いや。自分でもこうなるんじゃないかって思ってたから、割と平気。むしろザジみたいに心配してくれるのが珍しいぐらいだし」


「俺は人の夢に口を出せるほど出来た人間じゃない」


 ザジは太い首を悩ましく振って重い溜息を付く。

 気遣いがありがたい反面、居心地の悪さを感じさせてしまったことに申し訳なさを覚えてしまう。キョトンとした顔で見つめるコレットに苦笑いで、なんでもない、と首を振る。


(人を不愉快にさせるぐらいなら――)


 やはりこの願いは軽々しく口にするべきではないのだ、と自らに言い聞かせ、ふと我に返って周囲を見渡す。


「あ、コレット……そういえば、シオンは?」


「シオンちゃんならマゴーの親父さんと晩御飯の準備ですよ?」


「……なんてことだ。今すぐに止めよう。あいつを厨房に立たせたらひどいぞ。断言してもいいが、死人を出す。二回は死んだ俺が保証する」


「だ、大丈夫だと思います! 親父さんはその道のプロですし、シオンちゃんのお仕事は山菜の調達が主ですので! ちょっと不器用でもなんとか!」


 一瞬絶句しつつも、すかさずフォローを入れるコレットの様子からは、シオンへの親愛が感じられた。

 僅か一日、それも決して懐かない気難しい猫のような弟に向けるにしては好意的だ。

 率直に言って新鮮だった。

 ハルにしてみればキーファの態度のほうが頷ける。


「そうだ。シオンのことで世話になったよな。ちゃんとお礼を言わないといけなかった。ほんとにありがとう」


「あ、いえいえ。泊まるところもご飯も、親父さんが用意してくれましたから。私たちなんかはほんと全然。ちょっとお話をしたぐらいで……」


 頭を下げるハルを押し留めるように、少女は両手をパタパタと振って謙遜する。

 その仕草から彼女の人柄が感じられてまなじりを緩めてしまうハルだったが、彼女の言葉に引っかかる違和感を無視できず「うん?」と声をあげてしまう。


「……あいつ、別れ際にご馳走と暖かいベッドにありつくとか言ってたような。結局マゴーのおっちゃんにたかりに行ったのか……」


「え……」


 これは今すぐにでもマゴーに謝りに行かねば、と兄貴心を出しているとコレットが神妙な顔をした。朗らかな彼女の感情が消え、剣呑な雰囲気すら漂わせていた。


「ハルお兄さん。シオンちゃんからは……?」


 迷う彼女の声音は、ハルを責めるようだった。

 温厚な少女の鋭い眼光に押され「……何も」と言い淀むと、コレットの目が更に釣り上がった。腰に両手を当て、背中から生やした翼がピーンと逆立っている。


「私たちが初めてシオンちゃんを見つけた時、路地裏の隅で小さくなって乾パンを齧ってたんです。ご馳走や暖かいベッドなんて、シオンちゃんの嘘です」


「……うそって。え、なんで」


「もう! お兄さんの借金を返すためでしょう!」


 両腕を振り上げて「怒ってますよ!」と全身で表現しているのを見て、ハルは愕然とした。喉をせりあがってくる何かに反射的に抑える。


「それって……」


「宿も美味しい物も我慢して、早くお金を貯めてお兄さんを牢から出してあげたいって思っていたと思うんです!」


 彼女を言う通りだ。

 どうしてあんな嘘を鵜呑みにしてしまったのか。


「シオンちゃんは素直じゃないから言わないかもですけど、お兄さんはそれを分かってあげないと! いつまでもダメダメなお兄さん扱いしますからね! 猛省してください!」


 天衣無縫で傍若無人の、風精の化身のように自由な弟。

 兄を放ってご馳走に舌鼓を打つ絵が、あまりにも自然すぎて。たった一人、路地裏で膝を抱える姿なんて想像もできなくて。


(気難しい弟に親切にしてくれてありがとう――?)


 そもそもの元凶がどの口で言うのか。

 弟の捻くれた気遣いに思い至らないばかりか、どうせ弟は迷惑を掛け通しだっただろうと決め付け、訳知り顔でそんな馬鹿げたことを口にして。恥ずかしさで頭が真っ白になる。 


「……コレット。それは口止めされていなかったカ?」


「ぁあっ!?」


 素っ頓狂な声で自己嫌悪に沈んでいた意識が戻る。

 やや涙目のコレットがずずいと距離を縮め、手を握りながら懇願した。


「お兄さん! 今の話シオンちゃんにはどうか内密に!」


 強い剣幕で念押しされ、ハルは首を何度も縦に振る。

 やがて夕食の完成を知らせにシオンが寝ぼけまなこでやってくる。平常の、何の気負いもない視線をハルは直視できず、それでも罪悪感から溢れるような呟きが漏れた。


「苦労かけてるよな、俺……」


「何を今更? 気持ち悪いですね、しゃんとしてダメ兄」


 肯定の切れ味が鋭すぎた。

 打ちのめされガックリと肩を落とす兄の背を凝視し、シオンは薄葉色の瞳を細めると尚も言い足りないと言わんばかりに口を開く。

 兄に決して届かせない、囁くような罵倒。



「ばーか……」






近いうちにサブタイトルに挑戦してみたいと思います。

短めのタイトルも気に入っているので本当に挑戦的な立ち位置ですが……(`・∀・´)


改めまして……

最新話を読んでいただき、ありがとうございます!

今後ともお付き合いいただけるよう、モチベーションあげて頑張って参ります!

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